「醜い王子」

 十一番目に産まれた王子はとても醜い姿をしていた。

 彼はその醜さゆえに生き延びたと言っても過言ではない。

 

「王子さまの右足はなんて短いのかしら。杖なしで歩くには四つん這いにならないといけませんね?」

「いやいや、四つん這いにもなれまいよ。なぜなら右足は膝をつける必要がないのだから。三つ足の……三つん這い?」


 物陰で交わされていた会話を聞いてしまったとき、五歳の王子はストンと納得した。

 そうか、ぼくは四つん這いができない。

 

「王子さまの目はとても不気味ね。右目はぎょろりと大きくて飛び出してきそうなのに、左目は逆に小さすぎて眠っているかのよう」

「お顔が崩れていらっしゃるんだ。顔も体も、右と左で別の人間をくっつけたようなお姿だ」

「きっとそうなんだよ、十一番目の王子は双子だったっていうじゃないか。でも片割れは人の姿すらしていなかったとか」

「じゃあ本当に、二人の体を半分ずつくっつけてお生まれになったのか」

「まるで怪談話だな」

 

 七歳の誕生会の最中にそんな会話を耳にした王子は、しげしげと自分の体を眺めた。左右非対称の両手を握ったり開いたりしてみる。

 右手は親指と人さし指がくっついていてうまく曲げられず、中指が小指と同じ長さ。けれど左手はほかのひとたちと同じ形だった。右手より指が太いものの、動かすのに問題はない。

 右手がぼくの、左手がかたわれの。

 右手がかたわれの? 左手がぼくの?

 どっちだっていい。どっちも同じことだと、王子は納得した。

 

「十一番目の王子さま。新国王陛下にご挨拶を」

 

 醜い王子が十一歳のとき、六番目の王子が王様になった。国の重鎮たちが見守るなか、王子は左の膝を床につけて頭を垂れた。

 

「不敬な」

 

 声がひとつ聞こえた。

 

「主君への敬礼とは、右膝を床につけるのですぞ」

「逆の足とは……逆心ありと主張するようなものだ」

 

 声がふたつ聞こえた。

 王子は動かなかった。うろたえなかった。じっと頭を垂れて、王の言葉を待っていた。声がかかるまで顔を上げてはならないし、口上を述べてもいけない。それがしきたりだから。

 みっつめの声が聞こえた。

 

「弟よ。おまえの右足は、膝が曲がらないのか?」

「いいえ、陛下」

「では、右膝も床に」

「はい」

 

 王子は左膝を完全に折り曲げて座り、体をちょっと右に傾けて、右膝を床につけた。

 どことなく妙な空気が流れたことに王子は気づいたが、気づかないふりをした。

 六番目の王子と十一番目の王子。直系の王子で生き残っていたのはこの二人だけだった。けれど二人はろくに話をしたこともない。そしてこの日が、最後の会話となった。

 王のいる城は落ちた。

 即位から三年後に起きた戦争で、隣国の侵入を許した。寝返った貴族たちに取り囲まれた王は、敵国に連行された。王都侵攻から王城が落ちるまで、わずか半日の出来事だった。

 十一番目の王子は城内の騒がしさを耳にしながらも、動かなかった。誰も王子を連れて逃げようとせず、誰も王子を護るために残らなかった。

 彼の部屋に隣国の将軍が供を連れて押し入ってきたとき、醜い王子は先に口を開いた。

 

「残念ながら、わたしは四つん這いができない。だからあなたに跪くこともない。この右手は剣どころかペンも握れない。左目は半分閉じているから、ものがよく見えない。つまりわたしはあなたに勝てないし、もとより刃向かう気持ちもない。ただ、わたしは跪かない。殺すなら立ったまま、この腹を貫け」

 

 敵国の将軍は驚いたように目を瞠り、ゆっくりと剣を鞘に収めた。どこにも歪みのない、精悍な顔をした男だった。

 

「噂は聞いていたが……まさか本当に……」

「噂? どのような噂だろうか」

 

 隣国の将軍はためらうように黙り、醜い王子をひたと見据えた。敗北の王となった兄王とは似ても似つかない弟王子をじっくりと観察し、おもむろに唇を割った。

 

「――十一番目の王子は醜い姿で生まれた。双子の片割れを殺して、足りない体を手に入れた怪物だ、と」

 

 杖で体を支えながら、それでもまっすぐに立っている王子は、けっして正面の男から目をそらさなかった。

 将軍はよどみなく言葉を続けた。

 

「王位継承権争いにおいて、その欠陥ゆえに脅威とは見なされず、放置された。ほかの王子たちと違って、城から一歩も外に出たことがない。あとは――兄王の前で奴隷のように膝を折り曲げて座った恥ずべき王子だとも」

 

 どう返したらいいだろう、と王子はつかのま考えた。

 この男はぼくに座れと言っているのだろうか。臣従ではなく屈服の姿勢を取れと。だけど、それはしない。しないとすでに伝えた。ぼくは跪かない。絶対に、敵に対しては。

 王子は敵を見つめた。力強い目、引き結んだ口元、剣の柄から手を離し、堂々と佇む姿。嘲りもせず、侮りもしない、雰囲気。

 だから王子は告げた。

 

「噂とは、事実と想像とがごちゃまぜになったものだ」

 

 隣国の将軍は破顔した。なにかに納得したような、憂いが取れたような笑顔だった。

 

「失礼をお許しください、十一番目の王子さま。この城に最後まで残った唯一の、気高き王子よ。あなたにお願いがあります」

 

 

 十一番目に生まれ、醜いと遠ざけられ、悪意と嘲笑と憐れみのなかで生きてきた王子は、和平条約を結ぶ席に出るよう求められた。こうして初めて、彼は表舞台に立った。

 協議の結果、彼は王となった。世継ぎが生まれなければ隣国の王族が国を継承するという条件付きであり、彼の身体上、それはほぼ間違いなく達成されるだろうと思われていた。

 大方の予想に反して、彼には子供が生まれた。健康な男児だった。外見は父親に似なかったが、肝の据わった性格だけは父親そっくりに育った。

 成人した嫡男に王位を譲ってから十一年後、醜い王子だった男はこの世を去った。庭園を散策中に誤って転び、頭を打ったのが原因だった。死の間際、意識の戻った彼はかすれ声で呟いた。

 

「この体は、なにも不都合が、なかった」


 ゆえに彼は生き延びてきたのだった。

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