小石が家にやってきた話

小学生の頃、よく石蹴りをしながら通学路を歩いたものだった。

脇道に逸れたり、草むらに入ってしまったりしながら学校まで蹴っていくのだ。

石はどんな形でもいいわけではなくて、石蹴りに適した石というのがあった。

まず大きすぎないこと、他の石とは違うんだぞと気合いが入っていること、そして蹴られてもいい準備ができている、分かりやすく言い換えれば、こちらにお尻を突き出している石であること。

そうした石こそが『蹴られるために生まれてきた石』といえる。

そんな石と目が合った日は暑かろうが雪が降ろうが石蹴りをした。




成長するにしたがって石蹴りよりも楽しいものが増え、逆にいつまでも石蹴りしながら歩くなんて子ども染みたことはしなくなっていった。


ただ、大学生になってイライラしたことがあった日の帰り道、久しぶりに石蹴りしながら歩くことがあった。


子どもの頃はあっちにいったりこっちにいったりしていた石蹴りも、大学生ともなればそんなに大袈裟に蹴らなくなるので、割とまっすぐに転がっていった。

それが逆につまらなく感じたのか、やはり子どもの遊びだからか、はたまたイライラした気持ちがぶり返したのか、最後は「この石ころっ!」と力まかせに思いっきり蹴った。

カツンカツツンと跳ねながら転がった石はコンビニの近くの側溝に落ちた。




その日の夜、下宿先のインターホンが鳴った。

玄関のドアを開けるとそこには「石」がいた。


「えっと……」


「石です。」


「どちらの石でしたか。」


「側溝に落ちた、石です。」


「あ」


その石は、昼間石蹴りをしてコンビニの近くの側溝に落ちた石だった。


「今日はお昼の件で伺いました。」


間違いない。

思いっきり蹴った件だ。


「私たちも蹴られるために生まれてきた身です。ある程度の事は許容するつもりです。ですが、あの侮辱はどうでしょうか。」


「その、あれは偶然の範疇で起きた事だと思っています。」


「では私を『ころ』呼ばわりしたことも?」


「……そんなことしました?」


すると石はノートPCを取り出した。

そこには映像が記録されていた。

コンビニの駐車場に設置された監視カメラの映像だった。

石は再生ボタンをクリックした。


『この石ころっ!』


停止ボタンをクリックすると石はこっちに向き直った。


「これ、侮辱罪にあたると思いませんか?」


「あの、それは勢いというか。」


「勢いだったら『ころ』呼ばわりしても良いというお考えですか。なるほど。しかも侮辱した上に強く蹴った。これは傷害罪、いや、側溝に突き落とした事を考慮するならば殺人未遂も十分あり得る。」


「そんなこと言うけど、強く蹴ることなんて過去にもあったでしょう。」


「あなたね、小学生の時の話を大人がしますか?こっちは小学生の頃の罪は水に流そうとしているのですよ。側溝だけにね。」


「じゃあ逆に聞きますけど、大人は石蹴りしちゃいけないんですか?」


「わかりました、もう一度見てみましょうか。」


石は再び再生ボタンをクリックした。


『この石ころっ!』


「はい、ストップ。ここです。よく見てください。私、お尻突き出してます?映像が遠くて申し訳ないですが、あの時のあなたの方が近くで良く見えていたはずですよね。明らかに突き出してません。むしろ手で『ちょっと待って』のポーズをしている。」


僕は何も言い返せなかった。


「では、あなたの出方次第ですが、この映像が私の手元にあること、お忘れなく。」


そして石はドアを閉めた。


あれ以来、僕は石を蹴らずに生きている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る