少し浮いていたクラスメイトの話

「お父さん、風船とんでっちゃったー」


風船が木に引っ掛かっている。

娘が手を離したのだ。

よくある光景といえばそうなのだが、これを見ると決まって小学生の頃を思い出す。




小学校の高学年だった。

僕のクラスには少し変わった子がいた。

浮田(うきた)、といった。

浮田は少しだけ浮いていた。

風船を持って、少しだけ浮いていた。

ただ、浮いているのは本当に少しだけだったので、みんなあまり気にしていなかった。


いつの時代もクラスで浮いてしまう子というのは少なからずいると思う。

浮いているのが悪いわけじゃないが、1度浮き始めると「あぁ、あの子は浮いている子なんだな」という先入観が、その子をさらに浮かせる。


小学校の低学年などはまだ幼く、言ってしまえばみんな浮いているようなものなので、たいして問題にならない。

それがだんだん学年が上がるにつれて「浮くのって何かイヤだな」と思い始め、そう感じた子から順番に地に足をつけていく。


ところが、浮田は違った。

クラスのみんなが地に足をつけている中で、いつまでも浮いていた。


僕はそこまで仲が良いほうではなかったので、当たり障りなく接していたのだが、そんな時にターニングポイントがあった。


課外授業として、海岸で勉強することになった。

僕らは裸足で砂浜を歩くことになったのだが、その日はとても暑く砂浜も焼けるように熱かった。

素足では到底歩けず、次々と靴の上に避難する。

しかし、浮田だけは違った。

浮田は少しだけ浮いていた。


「少し熱いけどね。」


浮田はそう言って笑っていたが、僕らは「やっぱり浮田は浮いている。」と再認識をした。


そして、課外授業から戻ってきたときである。


「浮田くん。ちょっと話があるんだけど、いい?」


学級委員長の桐谷さんが声をかけた。

桐谷さんは可愛いわりに意見をハキハキ言う元気な女の子だった。


「な、なに?話って。」


この時の浮田は何を勘違いしていたのか、頬を赤らめ確実に浮き足立っていた。

もう、足は空をかくばかりでちっとも前に進んでいなかった。


「浮田くんってさ、浮いてるよね。」


僕らは「ついに言ってしまった」と思った。


「え」


「気づいてないの?みんな何となく言わなかったけど、この前砂浜歩いたとき、みんな足元見てたわよ。フィーンって音して、砂も舞ってたじゃない。あれはもはやミステリーサークルよ。」


「あ、ホバリングしてた事は言わない方がいいんじゃ……」


僕がそう言ったときには遅かった。

浮田は明らかに動揺していた。

ショックのあまり、うつむき、今にも膝から崩れ落ちそうだった。


「あ!浮田が!」


クラスの大半が見ている中での公開処刑は、彼をさらに浮かすに違いなかった。


が、そうはならなかった。


「浮田が落ち込んだ!」


浮くどころか、浮田は床に「落ち込んだ」。

それも予想以上に。

れんこんの収穫で、田んぼに腰まで浸かった人を想像してもらうとイメージしやすいだろう。

下半身が腰まで床の下に落ち込んでしまったのだ。

下の階の教室では下級生が大騒ぎだったとか。

そのとき手に持っていた風船が割れたのだが、偶然かそうではないのか、浮田にしか分からない。




「また新しいの買ってやるから、な。」


僕は娘の手をひいて、また歩く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る