カタツムリと呼ばれた友人

中学生の頃、僕には少し変わった巻野という友人がいた。

彼は家を背負っているのだ。

家というのは何かの比喩ではなく、正真正銘、彼の住む家だ。

学校へ行くときも、公園で遊ぶときも、修学旅行に行ったときだって背負いっぱなしだったのだ。

重くないのかと聞いたときも「自分の家だからね」と笑顔で返された。

そんな風貌だったこともあり、彼のことを「カタツムリ」と呼ぶ心ないクラスメイトもいた。

近くにいながら何も言い返せない僕も情けない男だったのだが、彼に「まぁいい、まぁいい」と逆に慰められてしまうことすらあった。


ある日の帰り道、右巻きと左巻きどっちがモテるかで盛り上がっているときのことだ。

突然石が飛んできて巻野の家に直撃した。


「あぁ!ぼ、僕の家の窓ガラスが!」


僕にはどこが窓ガラスなのかよく分からなかったのだが、破片が飛び散っていたので窓ガラスなのだろう。

彼はその場でうずくまってしまった。

僕は石の飛んできた方角へ目をやると、いつも彼のことを「カタツムリ」と揶揄する奴らがニヤニヤ笑っていた。


「おぅ、歩くのが遅いもんだから本物のカタツムリと間違ちゃったぜ」


普段は当事者である巻野が怒らないため僕もその感情を抑えていたが、その時ばかりは怒りにまかせて彼らに飛び掛かっていった。


「巻野のことを、素敵な家をメチャクチャにしやがって!絶対に許さないぞ!」


だが、慣れない喧嘩で敵うはずもなく、あっという間にコテンパンに返り討ちにあい、気付いたら空を見上げていた。




次の日、巻野は学校に来なかった。

僕は昨日のことが原因だとすぐに分かったし、すでに捜索願いも出されていた。

彼のご両親が言うには、どうやら家出したらしかったのだ。

あんなに大事に家を背負っていた彼が家出をするなんて信じられなかった。

きっと昨日のことが相当ショックだったのだろう。

中学生で家を持つなんて、なかなかできることじゃない。その家が傷つけられたのだ。


「たまには家に招待してくれよな。」


「でもうちワンルームだからなぁ。散らかってるしさ。」


そんな会話をしたことを思い出していた。

自分の家の話をするときの彼は照れくさそうにしていたが、どこか誇らしげでもあった。

僕は2人で通った学校の帰り道で彼を探した。岩場の陰、葉っぱの裏っ側、植木鉢の裏っ側、そんなとこにいるはずもないのに……。

毎日毎日探したが、梅雨になっても彼が現れることはなかった。

ツノでもヤリでも目玉でもいいから出してくれと願ったが、ひょっこり出てくる、なんてことはなかった。

しとしとと降る雨に濡れたアジサイが、深く深くうなだれていた。




そんな出来事から1週間くらい経ったある日、僕の家に1通の手紙が届いていた。

差出人は彼だった。

手紙にはこう書かれていた。


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鈴木へ

こんなお別れになって本当にゴメン。

あの日、君が彼らに飛び掛かっていったにも関わらず、目を瞑ってしまった。そのうえ怖くて逃げ出してしまった。僕のためにしてくれたのに、だ。だからもう1度君と顔を合わせるなんてできなくて、姿を消したんだ。

僕は逃げたんだ。

ごめん。


もし許してくれるのであれば、君に会うのはもう少し勇気が湧いてきてからにさせてくれ。少し潮風にあたってこれからのことを考えようと思う。

君が許してくれる頃にまた会えるかな。

君の友人、巻野より

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でんでんむしむしかたつむりー


その年の梅雨はいつもより少し長く感じた。

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