「さっきのカッコよかった」

「私動画撮ったよ」

「ちょっと見直したわ」

周りはさっきの体育教師の話題で持ちきりだった。元々よく知らないがあまり好かれている方の教師では無かったと思う。たださっきの動画が出回ればその評価も一転するだろう。

学校に入るとテレビとかでよく見るブルーシートが箱形にかけてあった。その周りには警察官が2.3人いて、その中に出たり入ったりしていた。

さっきまで体育教師のことを誉めていた生徒も下駄箱近くまで来るとほとんど無言になっていた。全員あのブルーシートを見て何か察したようだった。私も芽衣も何も言わず階段を登る。私たちの教室2年3組は3階だ。

「ちょっとトイレ行くね」

3階に着いた時に芽衣が言った。

私はゆっくりと頷いてから1人教室に向かった。1組の前を通り、2組の前も通る。誰1人として喋らず、教壇には椅子に腰掛けた教師がいた。

3組の前に着いた。後ろのドアを開ける。クラスのほぼ全員が揃っていた。みんなが私をチラリと見てまたやや俯き加減に戻った。私も俯きながら自分席に着いた。何か声を発してはいけない雰囲気。重い。副担任の音楽教師も何も言わない。ただ地面の1点をずっと見つめている。私の後に何人か入ってきたがその度に教室にいる全員がチラリと見てまた俯く。それだけだった。

キーンコーンカーンコーン

間の抜けたようなチャイムが沈黙を破る。チャイムとほぼ同時に芽衣が入ってきた。少し慌てるように私の隣の席に着いた。

「大丈夫?」

小声で聞くと芽衣は小さく頷いた。


それまで1点を見つめていた音楽教師がゆっくりと立ち上がった。

「全員揃いましたか」

全員が少しだけ首を動かして教室を見る。1人を除いて全員が揃っていた。

「皆さんにお伝えしなければいけないことがあります」

多分この先は予想通りだと思う。でも実際にそう告げられるのと思っているのでは全然違う。状況が99%そうだとしてもそれを誰かに事実として伝えられるまでは1%違う可能性がある。

「このクラスの佐武陽子さんが亡くなりました」

その瞬間クラスあちこちからシュンと鼻を啜る音が響く。主に女子を中心に泣いていた。音楽教師も泣いていた。男子も何人か泣いている人もいたがさっきと変わらず俯いたままだった。私は泣けなかった。芽衣の方をチラッと見たけど俯いたまま泣いてはいなかった。

ドラマでよくあるクラスメイトが亡くなって教室で泣くシーン。多分1度はみんな見たことがあるのだろう。正直なんでそうやって泣けるのかが分からなかった。だって佐武陽子のことをこのクラスの人間はほとんど知らないはず。だから今泣いているのは悲しいからではなくて、クラスメイトが亡くなったら泣かなくてはいけないとドラマで学んでいたからだろうと思った。

佐武陽子はいじめられていたわけではなかった。ただいるかいないかわからないほど存在感が無かった。絵に描いたような地味な女の子だった。誰かと一緒にいるのを見たことがない。恐らくこのクラスでも佐武陽子と話したことがある人数の方が少ないのではないかと思う。私も2.3回しか話したことはなかったがその内の1回が昨日だった。

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