第7話

 「えー、昨今は非常に物騒となっておりまして、また新しい事件が舞い込んできました。」「中継です!」

 「こちら東東寺署前に来ています。ああ、いま、たった今出てきました!礒橋有容疑者です。」

 「まー、怖いですね。だって、人、襲ったんでしょ?しかも女性を。えー、確か被害者の名前は、」

 「久見木くみき海名さん。」

 歪んでしまった。

 まっとうだったはずなのに、いつの間にかこうなっていた。この言葉が全てを物語っているように感じるのだ。

 「久見木さん。」

 久見木海名は振り向く。「あら、片瀬さんじゃない。」そして、そう答える。幾ばくも抗いようのない不安を覚えながら、懸命に口を動かす。「そういえば最近、あの子見なくなったね。」片瀬さんは聡い人だ。いつも的確に言葉をあてがう。だが、それは私にとっては毒になる。

 「そうだね。なんだか不穏だったものね。」あの子とは、最近姿を見せない私たちの友達である。友達なのに、疎外する。「久見木さん、絶対あの子のこと嫌ってたよね。だって、全然しゃべってなかったじゃん!」片瀬さんの言うことに間違いはない。はっきりいって、苦手だった。

 道木瑠香みちきるかは、つまりあの子ということだ。25歳になってすら、子供じみている。だが、私たち3人は大学生の頃から、お互いのたったこれだけの友人ということで、気も会わないのだが、付き合っている。

 私は、久見木海名になっていた。星本海名という名を捨てたくて、夫、久見木多朗くみきたろうと婚姻するに至る。24歳だった。

 「瑠香のこと、もう気にすることないよね。だってあの子、私たちを裏切ったんだもの。そうよ。」片瀬は語る、自らの悪意を正当化するために。「そうだね、瑠香、もう連絡してこないものね。やっぱりもう会いたくないってことなのかもしれないし…。」私もこうやって同意する。

 道木瑠香は、非常に不安定な女だ。

 一言言葉を発するたびに、場が凍り付く。「何だコイツ。」この一言に尽きるのだ。私もそう思った。だが、私は周りの人とは別種の感覚を抱いたと思う、それは「あれ、久しぶりに見たな、変な子。」という感慨。

 高校生までの頃は、幾らかおかしな子を目撃していたけれど、年を重ねるごとに割と皆まともになっていったように感じる。だが、道木瑠香は異様だった。

 「おはようございます。」これはただのあいさつ。だが、声がボリューム機能を失ったように、安定しない。聞くものは、異世界の音を察知したような顔をする。そのくらい、変。

 だが、私と片瀬は、一人だった。

 学生生活を円滑にするためには、友人を作らなくてはという使命感を私たちは共通して抱いていた、だから、道木瑠香を含んで、私たちは安定した。

 「何でなのかな、いつも失敗ばかりしていて、うまくいかないの。」

 そんな話ばかりを繰り返す瑠香に、片瀬と私はあきれていた。なんというか、女性同士というのは本当に永遠に話していて楽しいという感情を抱くことはきっとないのだろう。もしかしたらあるのかもしれないが、私は知らない。

 「ねえ、片瀬は何で私の悪口を言っているの?」

 ある日瑠香が言い放った。これは全くの事実で、最近他の友達ができ私たちと会う必要のなくなった片瀬が、瑠香のことを貶めていた。もう節操もなく、瑠香の前でも平気で悪態をつき、ぞんざいに扱う。だから、当然のことをあの子は言ったのだが、「は?え?だってしょうがないじゃん。大体瑠香が悪いでしょ。私たち別に楽しくもないのに一緒にいたんだから。」片瀬は全く悪びれもしない。

 ああ、これで私たちの関係も終わるんだなと、実は少しほっとしていたのだが、

 「あ。」

 泣かせてしまった。瑠香は、号泣していた。そしてその場を立ち去る。

 思い出した。そうだ、瑠香はよく泣く子だった。そして、え。片瀬も泣いていた。瑠香とは違う、悔しそうな涙を流している。なぜ?

 「どうしたの?」片瀬に聞く。「本当は、あの子のせいなのよ。私の好きだった男を奪ったの。」と、私の全くあずかり知らないことを口にする。

 なんだ、そういうことか。私は完全に蚊帳の外だったというわけか。

 でもいいじゃないか、とふと思いつく。

 私はそんなこんなも全部がどうでもよかったから。日常の中で起きるいさかいなど、完全にスルー出来るらしい。だからかな、きっと誰とも本当の意味で親しくなれないのは。

 片瀬と瑠香のことは、もうどうでもいい。だって、私にはそんなこと、どうでもいいから。かきむしるように心を砕く、そんなことをしていた頃がある、私にも。だがもう辟易してしまって、いつも空虚なままいたたまれないから。

 生い立ちってあるよね、私の場合はすごく空虚なのだ。だから何も語れないし、語ろうとすると自分の中身のなさを露呈するだけ。

 私は、一人だった。ずっと一人きり。絶え間なく、絶え間なくずっと。

 「あれ?」

 ああ、違う。そうだ。中学生の頃に、礒橋という同級生と仲が良かった。

 あの子はいったいどうしているのだろうか。今、こんなになんとなく虚しい気持ちを抱えてみて、少し会いたくなってしまった。


 「久見木海名とは、同級生だった。」

 礒橋有は語る。

 「僕はあの子に手紙を書いていて、知ったんだ。生きていることを。片瀬という女が知らせてきた。インターネットにアップしたから、そこで通じたんだ。」

 「最初はただ単純に会いたかっただけで、実際に会うことになって嬉しかった。」

 「あの子を傷つけたのには、間違いない。罪を、認めます。」

 そう陳述し、刑に服することになる。

 真実は、きっと遠いもやの先にあって、掴もうと思っても辿り着けないということらしい。だが、僕は黙っている。必ず、あの子を幸せにして見せる、そう、そう儚い決意を胸に自らの青春を砕いていく。

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