第18話 英語の授業(後編)

「…」

「な、難波君?」


 侑人は心配そうに海斗を見つめる。


「は、は、はぁ? 俺が小鳥遊さんと? 付き合ってる訳ないよ」


 海斗は激しく目を右往左往させながらそれを否定する。その姿は、陰キャでコミュ障の真中でさえ分かる、動揺のさせ方だった。


「あ、い、いや、あの、隠してるなら、いいんだ…」


 そう言って真中は申し訳なさそうに目を背ける。


「あ、あの、なんで真中君は俺が小鳥遊さんと付き合ってると思ったの?」


 海斗は侑人に小声で聞く。すると侑人はチラチラと海斗の方を見ながら、オドオドと答える。


「い、あ、あの、2人が一緒に居る所を見たんだ…」


(い、一緒に居る所!? てことは昨日のゲームセンターの時か!? いや、それとも下校途中、電車で見られたのか!?)


 海斗は思い当たりがありすぎて、黙り込んでしまう。


「な、難波君?」


 そして侑人に話しかけられ、付き合っている所を否定しようとした所でクラスの2人での読み合いが終わる。


「あ、じゃ、じゃあね」


 侑人はそう言うと、自分の席へと戻って行った。


 これはタイミングを見計らって付き合っていない事を否定しなければ…、そう思った海斗は引っ込み事案ながらどうにか話そうと企むのだった。




「あ、あの、真中君」


 授業が終わった後、海斗は気合を入れて廊下で侑人に話しかけていた。


「あ、あ、難波君」

「い、今ちょっと時間良い? さっきの話で言いたい事があるんだ…」

「ご、ごめん、俺、次の授業の係だから先生の所に行かないと…」

「い、いや、なるべく早く

「何をしてるんですか」


 そこで、海斗の後ろから、凛とした声が響く。


 後ろを振り返ると、そこに居たのは…


「あ、あぁ、凪ちゃん…って何かゲッソリしてない?」

「…別にしてません」


 どうやら、英語の勉強が相当答えたのだろう。頬がこけ、さっき会った時よりも小さく見える凪の姿だった。


「私の事は良いです…それよりも1人で何をしてるんですか」

「え?」


 振り返った先には侑人の姿はすでになかった。


「あ、あれ?」

「…誰かと話してたんですか?」

「べ、別に…」


 聞いてくる凪に知られたくなかった海斗は、口笛を吹きながらそっぽを向く。

 あまりの白々しさに凪は目を細めたが、それ以上は聞かずに教室へと戻った。




 昼休み。海斗はどうにか千春の追跡を振り切り、侑人に話しかけようとしていた。


「か、海斗、何処に行くんですか?」

「ど、何処でもいいだろう! と、トイレだよ!!」

「なら私も


 海斗はそれを聞いた瞬間、全速力で廊下を走って千春を撒く。

 そして撒いた後に海斗は自分の教室に戻り、侑人に話しかけた。


「真中君、ちょ、ちょっと良い?」

「え? う、うん」

「じゃあ、こっち来て!!」


 海斗は侑人の手を取り、ある所へ走った。




「ここなら…大丈夫だ…」

「はぁ、はぁ、はぁ、な、何?」


 侑人は息切れしながら聞き返す。


「え、英語の時間の…」

「あ、あれ、別に、本当に誰にも言わないよ? 人には色々な性癖があると思うし…」

「ちが、違うくて、って、今何て…?」


 侑人の話から目を見開き、海斗は侑人の肩を掴んだ。


「え、駅員室で言われてた事聞いたんだよ、その、そういうプレイをしてんのかな…って」


 その事を言われた海斗は思考を一度停止させる。そして、


「ち、違うけど、良かった!!」

「え?」

「お、俺を助けてくれ!!」


 情けなくも、侑人に懇願する海斗であった。




 一方その頃、千春と凪は誰もいない空き教室で机をくっつけて売店で買ってきた物で食事をしていた。


「これが売店の食事…中々のクオリティですね」

「お気に召したようで良かったです」


 昨日、売店の存在を知った千春は嬉しそうに頬に手を置いて笑う。そんな中、凪が千春へと話しかける。


「お嬢様。あの者、何かを隠している様に思えます。お気を付けてください」

「ふふっ! 大丈夫ですよ、海斗は素直な人ですから」

「…お嬢様がそう言うなら良いですが、それよりもお嬢様、最近何かハマっている音楽でもあるのですか?」

「ふふふ…そうね、とても気分が上がる音楽を少し…ね」


 千春は耳元のイヤホンを触って、不敵に笑う。



 千春の追跡を振り切ったと思っている海斗。実に、実に不憫であった。

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