第17話 英語の授業(前編)

「じゃあ、夕原さん。この問題を解いて貰ってもいいですか?」

「はい」


 ホームルームが終わってすぐの授業。転校生、更に一番前に座り、撫でまわされている可愛い女の子だと言う事もあり、凪は先生に早速指名され、席から立ち上がって黒板の前へと向かった。


 黒板の前へと立ち、チョークを持つ。そして、


「? どうしたんですか?」


 先生が、立ち尽くしている凪へと話しかける。

 凪はチョークを片手に、プルプルと身体を震わしながら俯く。


「…すみません先生。分かりません」

「あ、あぁ…そうですか! 流石に転校初日にいきなりは緊張してしまいますからね!」


 先生は額から汗を垂らし苦笑いをしながら、凪に声を掛ける。

 凪の黒板を前にしての後ろ姿からは、小動物の様な可愛さを見せていた。


「…海斗、あれが凪の可愛さです」

「す、凄いな」


 2人の視線の先には思っていた以上な光景が広がっていた。


 凪が席に戻らされると、周りの人達が凪の元に集まって話し掛けていた。


「だ、大丈夫だって! そう言う事もあるよな!」

「難しい問題だったよね~!?」

「う、うん!! あれが解けるのなんてこのクラスに居ないんじゃない!?」


 凪の事を皆が励ましていた。

 励まされている事が分かって一層顔を赤らめて俯かせていた凪に、周りの人が胸を抑えて励ましを加速させている。


「凪ってクールを気取ってるんですけど、意外にバカなんですよね…」


 転校生だから気を遣って励ましを言っている者も居るだろう。しかし、凪を励ましている言葉の節々にはその者の色んな思いが籠っていた。


「ま、まぁ? お、俺達は解けるけどなぁ~?」


 チラッ


「う…」


 凪は呻き声の様な声を上げて、もっと深く顔を俯かせる。


 先程まで無表情だった顔の口元が少し歪む。

 いつも完璧に振舞っている様な人が見せる弱さ、それに人は嗜虐心を煽られる。しかも可愛い小動物の様な見た目。


(なるほど…ギャップってやつか)


 すると唐突に、それを見ている海斗と、恥ずかしがっている凪の視線が合わさった。


 キッ


 凪は海斗の方を向いて、睨む。


 しかし見た目は子供。眉が顰められているが、顔は赤らみ、よく見ると目元が潤んでいる。


「これが、ギャップ萌

「海斗???」

「…」


 その表情に一瞬惹かれるが、後ろから掛けられた低い声で現実に引き戻される海斗であった。






「じゃあ、今日は2人組を作って読みあいして貰うぞー」


 先生から言われ、皆動き出す。先程の授業が無事終わり、今は英語の時間。


 この時だけが今の海斗の安息の時間となっていた。


 なぜなら、


「せ、先生。相手が居ません」


 海斗は教卓まで行って先生に話しかける。


 海斗の学校の英語、数学では、レベルごとにクラスが分けられる。

 千春は学校では表面上では優等生。体育の授業同様に他の科目でも最高の成績を残している。その為、千春は一番レベルが高いクラス。凪は1番下のクラス。比べて海斗は千春の1つ下の中間のクラス。つまり英語と数学だけが、海斗の安心出来る1人の授業だった。


(ふぅ、やっぱり精神的に楽だなぁ)


 大きく息を吐くと、先生が他に残っている者がいないか、海斗の相手を探す。


「せ、先生、自分も、居ません」


 そこで1人の生徒が海斗と同様先生に話しかけた。


 その男子生徒は眼鏡を掛けており、見た目からしてオタクの様な雰囲気が醸し出されていた。背筋は海斗と同じ猫背で、何処か自信なさげな表情をしていた。


「おぉ、真中まなかか。じゃあ、難波と真中がペアだな」

「よ、よろしくね」

「よ、よろ、しく…」


 海斗よりも自信なさげに言う真中 侑人ゆうと


 そんな時だった。


「な、難波君!」


 読んでいる途中、唐突に海斗の名前が大きめな声で呼ばれる。


「え、ど、どうかした?」

「あの、さ、君って…小鳥遊さんと付き合ってるの?」


 侑人の口から放たれた言葉に、海斗は動きを止めた。






「…ふふっ!」

「小鳥遊さん、この問題を解いて貰っても良いですか?」

「あ、はい」


 千春は席から立ち上がる前に、耳元からバレない様に何かを取る。そしてポケットに入れると、優雅に黒板へと向かった。

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