第8話 本領発揮(後編)

「小鳥遊さんはどこから来たの?」

「小鳥遊さんって、なんか動きがお嬢様っぽいよね!」

「学校案内してあげようか?」


 海斗の背後では沢山の女子だけが集まって、寄ってたかって千春へと質問していた。ニコニコと笑いながら女子と談笑している姿から、男子は疎外感を感じて、遠くから羨ましそうに見ていた。


「TAKANASI女子からですよ」


 千春が一言そう言うと、女子達は驚愕の声を上げる。


「小鳥遊さんってTAKA女だったの!?」


 後ろでは先程以上の盛り上がりを見せる。そんな後ろの状況とは裏腹に海斗は、気持ちが地の底まで落ちていた。


 海斗は大きく溜息を吐いて立ち上がる。


(ここに居たら何をさせられるか分からない…とりあえずトイレで引き籠るか)


 そう言って海斗は廊下へ出る。


「……」


 後ろからの、何かを企む様な怪しい視線に気づかずに。




 *


「じゃあ、あとは皆自由に運動始めろー。あ、グラウンドも使ってもいいからなー、サボんなよー」


 そして昼休みが終わった後の授業、自由に運動しろとグラウンドではサッカー、体育館では器械体操が行われていた。


 男子は普通ならサッカーだが、海斗は違った。大の運動音痴である海斗がサッカーをやると、周りに迷惑を掛けてしまうのだ。


(いつもなら器械体操一択だけど…いや、隅の方でやってれば大丈夫か…)


 海斗は一抹の不安を抱えながら1人で壁の近くにマットを敷いて、壁倒立の練習を始める。


「…っと」

「え! 小鳥遊さん宙返りできるの!?」

「すごーい!!」

「そんな事ないですよ」


 そんな中、千春はマットの上で皆に囲まれ、尊敬の眼差しを向けられていた。


(アイツ……運動神経良かったんだな)


 それを横目に見ながらしばらく練習していると、1人近づく者がいた。


「良かったら練習お付き合いしましょうか?」


 千春だ。


 千春は髪を耳に掛け、Tシャツをパタパタさせながら、ちょうど壁倒立を成功させていた海斗へと話しかける。


 海斗は少し頭に血を昇らせながら、答える。


「い、いらない……」

「えー、私結構教えるの得意ですよ?」

「い、いらない。そ、それよりいいのか? あっちで待ってる人達がいるぞ?」


 海斗は話を逸らさせる為、先程まで千春がいた所に目を向ける。そこでは此方を心配そうに見つめて来る女子達。


「あぁ、大丈夫です。運動が出来ない可哀想な男子の手助けをする、優しい美少女の態で来てますから」


 眩しくなるほどに明るい笑顔で真っ黒な事を言う千春に、海斗は顔を引き攣らせる。


「それよりも手伝いますよ~」


 海斗の足を掴む千春。しかしその掴んでいる手からは力が入ってなく、強いて言うなら海斗の足を少し支えてやるような形だった。


「…何のつもりだ」

「何って…本当に手伝ってるんですよう」


 失礼だなーっと、口を窄める様に拗ねた顔を見せる千春。


 何が目的であれ、関わりあいたくない海斗は、壁倒立をやめる様に腹筋に力を入れて足を地面に着けようとする。


 グッ


「…何で!!」

「ほら、いつも家に引き篭もりなんですから、少しは運動しないと!」


 何故か頑なに足を離そうとしない笑顔の千春。腕をプルプルと振るわせながら海斗は耐える。


「な、何を考えてるんだ!?」

「えー? 何だと思います?」


 話す気がない千春に対して、いつも家に引き篭もってゲームをしている貧弱な海斗は、そのまま腕の力を抜いてそのまま頭から落ちようと考えた。


「お…っと…危ない危ない。逃がしませんよ♡」


 海斗の軽い体重は、いとも簡単に千春に支えられる。


「も、もう止めてくれ…」

「もうちょっと頑張りましょう?」


 そう言われて絶望する海斗は、顔を真っ赤にさせながら力を入れる。


「~っ♡」


 そんな海斗の頑張っている顔を見ながら恍惚の表情を見せる千春。目にはハートマークが浮かび、頬を赤らめている。


 しかし千春が恍惚の表情で海斗を見ているとはつゆ知らず、海斗の腕の力は限界を迎えようとしていた。


(も、もう…ダメだ…こうなったら一か八か最後に思いっきり…!)


 海斗は最後の力を振り絞って全身の力を使って足を地面に着けようとした。


「…あぁっ!?」


 少し間が空いて千春から驚きの声が上がる。


 すると掴まれていた足から、唖然とする程簡単に手が離れる。良かった、海斗は思った。


 しかし足を捕まえていた千春は、最後の海斗が振り絞った力で身体の下敷きになる。


(え!? やばい!!)


 海斗は急いで避けようと転がろうとする。


 ガッ


「…」

「はぁ! 良い!! 良い匂いです!!」


 海斗はその光景に絶句した。


 千春は、大量に汗をかいた海斗の濃厚な匂いがする体操服、脚周辺に顔をうずめていたのだ。


「お、おま、お前…」

「「小鳥遊さん!? 大丈夫!?」」


 たどたどしく千春に声を掛ける途中で、心配そうに見ていた女子達が駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫です。少し失敗しちゃいましたね」


 来た瞬間表情を変え、テヘへと可愛く笑う千春。


「ちょっと難波、危ないじゃん!」

「倒立やめるなら言ってあげれば良かったのに!!」

「そうだよ、ひど…」


 海斗はクラスの女子から非難される。


「い、いや、私が上手く避ければ良かったんだよ」


 そして海斗を擁護する千春。

 そんな千春を見て、良い人だと人達。


 海斗と千春が昨日、校門で話していた所はクラスの者でも見た者は居た。

 しかし、その時の千春と今の千春では、声のトーンも、表情、髪型さえ違った。


 千春の演技は高いレベルを誇っていたのだった。


 早くもクラスの女子から高い支持率を誇る千春は、海斗よりも信頼を得ていたのだった。

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