第7話 本領発揮(前編)

 ガタンゴトン ガタンゴトン


「…」


 海斗は一人でいつもの電車に乗っていた。前にはサラリーマンの様な30代ぐらいの男性が立っている。


 何も異常はない。


 ところが、海斗にはとんでもない異常だった。


(何でアイツが居ないんだ!? アイツの事だから人がいっぱい居るのを利用して近づいてくる筈…!!)


 頭の中ではとんでもない動揺を見せていた。


 電車で身体を揺らすと同時に、不安から来る貧乏ゆすりでも自分の身体を揺らす。


 隣にいる人から睨まれるが、今の海斗にとってはそんな事どうでもよかった。


(いつアイツが来るか分からない…警戒…そうだ! 辺りを警戒して先にアイツを見つければ、避けて行ける…!!)


 名案を思いついたと言わんばかりに、ガッツポーズを決める海斗。


「何あの人…」

「あれ? あの人昨日痴漢した…」


 近くにいる女子校生から見られ、ガッツポーズしていた手を静かに下し、駅に着くと同時に女子高生へと目を合わせない様にそそくさと降りる。海斗は少し速足で学校へと向かった。




 教室に着くと、窓際にある自分の席へと座る。


 鞄から教科書を取り出して、横に掛ける。そして机に突っ伏す。


 海斗はこの学校に友達と言える様な者はいない。中学なら少し話せる人は居たが、その人とは余りうまく行かずに縁が切れた。陽キャになり、友達を増やしたかったが、どうしても海斗には話しかける度胸が足りなかった。


 その為、休み時間は基本寝ていた。


(早く家に帰りたい…)


 海斗は小さく溜息を吐いた。


 そのまま時間は過ぎ、チャイムが鳴ってホームルームの時間。


 机に突っ伏していた海斗は姿勢を正して、今日の連絡事項を聞く。


「~で、~だから気をつけろよー。それでだな…」


 流暢に話していた先生が言葉を切り、突然もったいぶる様に言葉を溜める。


 何だ何だと周囲が騒めき、1人が大きく声を上げる。


「誰か扉の前にいるぞ!」


 それを切っ掛けに、皆が声を大にして盛り上がり始める。


「え、本当だ!!」

「何何っ!?」

「も、もしかしてぇ!?」


 クラスでもトップカーストの陽キャが、先生へとノリ良く振ると、


「そう…急遽だが転校生だ!!」

「うおぉぉぉ!?」

「マジか!?」

「え~!! 男子? 女子?」


 そう聞かれた先生が見開いて目を一層開く。


(転校生…今は5月…ちょっと中途半端だな)


 海斗は少し疑問に思う。


「女子だ! しかも相当可愛い!!」

「「「うおぉぉぉぉぉっ!!!」」」


 それを言われると同時に男子のボルテージが上がる。海斗も少しテンションを上がながら、転校生が居る少しガラスで靄が掛かっているシルエットを見つめる。


(え…)


 それは何処かで見たようなシルエットだった。何故か海斗の背筋が震え、頬がピクピクと動く。


「じゃあ、いつまでも待ってて貰うのも悪いからな…入ってきてくれ!」


 ガラッと扉が開かれる。


 すると騒がしかった教室が静まり返り、その者の足音だけが鳴り響く。


「じゃあ、自己紹介してくれ」

「はい」


 優しい声音が響いた。


「小鳥遊 千春と言います。皆さん仲良くしてくださいね?」


 千春の満面の笑顔がクラス中の者へ向けられる。


「「「はぅ…!!」」」

「「「わぁ…!!」」」


 男子と女子とで反応が分かれ、男子は悶え、女子は感嘆の声を上げる。


 皆の反応が2つに分かれている中、海斗は眉を八の字に変え、唇を震わせていた。


(う、嘘だろ…)


 海斗は甘く見ていた。このルールなら時間は取れない。会うとしても学校の外だけだと思っていた。


 しかしそれは違った。


「じゃあ、とりあえず……窓際の一番後ろに席を作るか」


 そう言うと、男子達は我先にと動き出して机、椅子を設置する。


「どうぞ!」

「座ってください!」


 陽キャ達が片膝を着き、ふざけた様にして千春へと話しかける。


「ありがとうございます」


 そう返事をされた男子は、ハイタッチをして盛り上がる。

 礼を言った千春は海斗の横を通り抜け、すぐ後ろの席へと座った。


「「「…」」」


 千春の一挙手一投足が注目を浴びる。その容姿から羨望の眼差しが向けられるのは仕方が無い事だった。


「おら、お前らー、前向けー」


 そう言われ、皆は渋々先生の方を向く。


 海斗も勿論、先生の方を向いていた。いや、向かざるを得なかったのだ。目が合えば何を言われるのか分からない。ましてや皆んなの前で。

 海斗の額からは大量の汗が流れ落ちる。


「海斗……イチャイチャしましょうね♡」


 そんな海斗の顔を見て、背後から小さく小悪魔の様な声が掛けられた。


 学校と言う、千春から逃げられる安息の地がなくなった瞬間だった。

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