第6話 2人のルール(後編)

「…2人きり以外の時?」


 海斗の言葉に眉を顰め、首を傾げる千春。


「あ、あぁ。学校の者が居る時、母さんが居る時、まぁ、その他にも…つまり誰かが居る時だけの彼氏彼女だ…」

「う~ん…」


 その少し悩んだ顔を見たら可愛いと思ってしまうであろう海斗は、上手く理性が働き、そっぽを向く。


 それに対して千春は、先程とは同じ様に悩む。しかし、先程より悩んでいるようで中々の手応えを感じた海斗は心の中で笑う。


(これなら平日は学校で俺とはほぼ会えない。だから会えたとしても放課後、人がいる時だけ。休日となれば、俺が図書館にでも行って姿を眩ませれば良い)


 海斗は海斗なりにこのルールの対応策を思いついていた。

 余りの良い作戦に海斗の口角が上がる。


「…良いですね。そうしますか」


 そして海斗を見て、ニコッと笑う千春。


「じゃあ…今は恋人ですよね」

「え…」


 何か言う前に千春は海斗の腕へと飛びついた。咄嗟に反応出来ずに、春夜の大きな双丘が海斗の腕で大きく変化する。


(うっ…!や、やばいぃぃ!?)


 双丘の柔らかさから意識が遠のく。


「はぁ…はぁ…海斗ぉ♡」


 しかし、隣からの大きな息遣いで少し理性が戻る。


「あまり、その、近づかなくても…」

「えー? でもルールはのっとていますよ♡」

「そ、そうだったとしても…母さんの近くでそんなに触れてこなくても…」

「ふふふっ! ダメでーす♡」


 此処は、キッチンからは見えない画角ではあるが、あまりに騒げば由美子に気づかれる距離であった。


 海斗の腕には、一層双丘が押し付けられる。そして海斗の頭の中で自然と2つの水風船の様に柔らかい物体を想像してしまう。


 彼女が出来ず、この方早16年。先程まで理性的な行動をしていた海斗だったが、美少女のおっぱいが腕に思いっきり押し付けられている余りの状況に本能がむき出しになる。


「じゃ、じゃあ! もっと近づかないとなぁ!!?」

「えっ!?」


 ぎゅっ


 海斗は気が狂った様に、強く千春の肩を抱き寄せる。海斗の本能、それは陰キャ童貞の精一杯の攻撃だった。


「……」


 そして先程まで元気だった千春が黙り込む。


 今まで千春は、海斗の腕に抱き着きおっぱいを押し付けていたのだから、海斗の片腕は自由が利かない。

 その状況で、千春の肩を抱き寄せたのだ。


 つまり、2人は真正面から抱き合っていた。


「ははっ! は、ははははっ!!」


 海斗は天上を仰ぎ見ながら高笑いをする。それは部屋中に響き渡り、先程まで聞こえていた調理音がなくなる。


「何よ~楽しそうな事して〜! 私も入れ…」


 由美子がエプロンで手を拭きながら出て来るが、視界に入ってきた物を見て一瞬動きを止める。頭の中で即座に邪魔をしているか、それとも何かしら困っている状況なのか、色々な思惑が交錯する。


 しかし、由美子はここら一帯のママ友会の頭。すぐさま2人の異変に気付く。


「ちょ、ちょっとアンタ達!?」


 由美子は走って近づき2人の間へと入る。


「こらっ! 海斗!! アンタは千春ちゃんに何してんだい!?」


 由美子は、海斗の頭をそれなりの強さでぶっ叩くが。海斗はずっと壊れた人形の様に笑っていた。それを見た由美子が、笑顔でもう一度頭を叩こうと手を掲げるが、後ろから服の裾を引っ張られ、それは止まる。


「あ、あの…お、おば様…」

「大丈夫だったかい!? 安心しな!! 千春ちゃんに代わって私が海斗に天誅を下してやるよ!!」


 目をキョロキョロする千春に、とんでもな事をさせられたと思った由美子は安心させるかのように力コブを作ってアピールする。


「ち、違うんです…その、あ、いや…」

「ん? 千春ちゃん…?」


 いつもと違い過ぎる千春の態度に訝し気な視線を送る。


「きょ、今日はこれでひ…い、いえ、失礼します」


 そう言って千春はリビングから出て行った。由美子の視界からは見えないながらも、聞こえてくる音からどれだけ急いでいるのかが分かった由美子は、


「はぁ………海斗!! さっさと正気に戻りな!! これで千春ちゃんが来なくなったらアンタの所為だからね!!」


 海斗の頭からは、凄まじい程の轟音が鳴り響いた。

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