第5話 2人のルール(中編)
「な、ななな、何で…」
「おば様、本当にお手伝いはしなくても良いんですか?」
「良いのよ!! 遠慮しないで!!」
千春の目の前のテーブルの上には、恐らく由美子が出したであろうティーカップが置かれていた。
「母さん! どう言う事だよ!?」
「あら、海斗。もう来たの?」
非難する様に話しかけるが、由美子は何とも思っていないのか、料理を続けながら海斗と会話する。
ハッキリ言ってあの女を家に上げるなんて狂っている。そう思った海斗は由美子に叫んだ。
「もう来たのって…何でコイツを家に上げたんだよ!?」
「え、海斗! 千春ちゃんと知り合いだったの!?」
由美子はパスタを茹でている鍋に入れていた菜箸を床へと落とす。そして菜箸に付いていた水滴が足にかかり、足を持ち上げて熱がっている。
そんな由美子に呆れるが、海斗は今の由美子の発言に不安を掻き立てられ、由美子の近くまで寄る。
海斗は由美子の熱がっている姿を見たお陰か、少し心を落ち着かせた。そして由美子の両肩を掴むと質問した。
「母さん! …今の反応…どう言う事?」
「どう言う事って…千春ちゃんは私の友達だもの。ねぇ~! 千春ちゃん!」
「はい! まだ会ってから3ヶ月ですけどとてもお世話になっています! まさかおば様の息子さんが海斗だったなんて!」
由美子は海斗の手から逃れ、座っている千春の下へ行くと2人は両手を繋ぎはしゃいでいる。千春はいかにも以前から海斗を知っていたかの様に名前を出して、由美子とそれについて盛り上がっている。
40間際の母親と、自分と同じ位の美少女が手を繋いでいるだけでもキツイ。
しかもその美少女は自分の好きだった人で、痴漢冤罪を掛けられた人で、自分のストーカー。
(いや…どんな状況…!?)
海斗は余りの事態に脳の処理速度が着いていけずショートし、硬直する。顔は2人を見て皺だらけになり、手は先程まで由美子の肩に手を置いていた場所で固まっていた。
「ちょっと海斗~! 千春ちゃんと付き合っているなら言いなさいよ~!! 水臭いわねー!!」
由美子は堪え切れないと言った風に、にやけた口を手で抑えながら海斗の背中を強く叩いた。そのお陰で正気に戻った海斗は、由美子の言葉を聞き千春に目を向ける。
「ふふっ…!」
そこにも由美子と同じ様に笑った千春の姿があった。
「お、お前…!!」
先程まで幻だった事や、幻聴だったと思っていた事が現実だと悟ると、海斗は眉間に皺を寄せて千春へと近づく。
そして千春に手を伸ばし、腕を引っ張って無理矢理外へ連れ出そうとする。
しかし、千春はそれを予想していたかのように避けると、海斗の懐へと潜り込む。そして海斗の事を上目遣いで見ると言った。
「いいんですか~? おば様に痴漢された事バラしても♡」
千春の吹き出す様な笑いが、海斗の髪を揺らす。
その言葉に思わず、近づいた千春の腕を掴もうと、差し伸べてた手を止める。
「この近所には学校の知り合いはいません…海斗と私が黙っていれば、痴漢の事はおば様にバレることはありませんよ?」
小悪魔の様な微笑みが、海斗の脳を揺さぶる。
(ど、どうする…!? ここは大人しくしとくか…? いや、でもこいつと付き合ってる事を認めることに…!!)
数瞬の内に海斗の頭の中で何通りもの選択肢が出され、厳選され、答えが導かれる。
「…分かった」
「ふふっ!! そうですよね? そうするしかありませんよね? では早速これからデートしに行きましょう! まぁ私はそのまま
「た、ただし!!」
海斗は、テンションが上がり舞い上がってる千春に対し、由美子には聞こえない大声で無理矢理言葉を遮った。
「ん? 何ですか? ダーリン♡」
千春は小首を傾け聞いてくる。その何気ない声が海斗の心を揺さぶる。
見た目は過去に類を見ない程の美少女。それが目の前、それ以上に近い距離でダーリンと自分を慕ってくれる。しかもいつもの制服姿ではない可愛い私服姿。白い清楚な見た目のワンピースを着ている。それは見た目との相乗効果で聖女の様に思える程。
(中身はストーカー、中身はヤンデレ…)
頭の中で反芻しながら、海斗は言う。
「こ、恋人として接するのは…か、母さんの前だけだ…」
そう言うと千春は一瞬動きを止めて俯き、手を口に添えて考える。その2秒後には笑顔で顔を上げる千春。
その反応に対し、海斗は胸を撫で下ろすが…
「おば様ー!! 実は今日海斗がー
「うおぉいしょぉ!!」
海斗は、由美子に呼びかける千春の口を思わず手で塞ぐ。
「な、何するんだよ!?」
海斗は千春の口を抑えていた手を放し、千春へと迫る。
「え、えっと、そ、それだけでは納得できません…」
千春は何故かしどろもどろになりながら海斗へ答える。
海斗にとっては譲歩した提案だったが、千春にはお気に召さなかった様で、提案は否定される。
それもそうである。元々彼方にはメリットがない話。このまま脅して付き合っても問題はない。
それなのに千春は、最後の選択を海斗へ委ねている。
海斗にとって、千春は得体が知れない人物であったがそれほど理不尽な人間ではないのかもしれない。
そんな事を少し思った海斗は心の中で、ほんの少しだけ譲歩した。
「じ、じゃあ…2人きりの時…以外の関係だ!」
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