『龍馬が月夜に跳んだ』

大河内健志

第1話 風呂上がりの土方歳三

齊藤一は、不動堂村の新選組の屯所に着いた。


未だに木の香りが漂う大名御殿と見間違えるほどの立派な造り。齊藤はこの屯所に駐在したことはなかった。


この屯所に移る前の西本願寺に間借りしている時に、高台寺に移った。だから、馴染みはなかった。


どこか余所余所しい感じがする。


隊士の中にも、新しく募集された顔を知らない者も、混じっている。


「局長は、おられるか。急用、すぐに会いたい」


「不在です。二条城へ登城されています。今日は、もう戻られません」


また例の妾宅だな。


不動堂村へ移って同時にこれもまた立派な大名屋敷を構えた。新選組の者が「分所」と呼んでいる屋敷は、近藤が祇園の芸子を水揚げしてそこに住まわしているものである。


近藤はそこに入り浸っている。


今や大名の身分となった近藤としてもごく自然なことなのだが、壬生の頃を知っているだけにどうも違和感がある。近藤は何か用事があると、この妾宅に隊士呼びつける。


齊藤も何回か言ったことがあるが、馴染めないでいた。


「では、副長はおられるか。監察の山崎さんも呼んでほしい」


見知らぬ隊士であるが、名乗らなくても通じるのであろうか。不安になったが、控えの間に通してくれた。


「齊藤さん、ご苦労様。今日は、急用とのこと、どうされた」


髪結いを終えたばかりのような小ざっぱりした顔で、土方が入ってきた。光沢があり如何にも高そうな羽織に身を包んだ土方は、まるで役者のように見える。


河原町通りの路地裏で、猛禽類のように獲物を狙っている大石鍬次郎や寒さと恐怖で震えている平隊士たちがいるというのに気楽なものだ。


続いて山崎丞が入ってきた。


目で挨拶をする。


この人は察しがいい。


多くを語らなくても、的確に指示を出してくれる。


何事においても、「近藤さんが」「近藤さんが」と言って、自分の意見を言わない土方とは対照的である。


手短に状況を説明した。


問題は、大石隊に下されている中岡慎太郎暗殺指令に対して高台寺組は支援するのか、しないのかということである。


「それは当然だろう。近藤さんが、中岡慎太郎を消すように命令しているのだろう、伊東隊としても協力してやってくれよ」


剃り残しの髭がないのを確かめるように、顎を撫でながら土方は答えた。


「齊藤さん、中岡を殺るというのは、永井尚志さんから出ている。中岡は土佐藩の身でありながら倒幕一辺倒で、公家の力を借りて薩摩、長州などの藩の枠組みを抜きにした、新しい軍隊を作ろうとしている。最も危険だ。それで、捕縛していた宮川助五郎の釈放を餌にして、福岡孝弟の屋敷に呼び出した。その途中で仕留めることにしていた。永井さんの意志を局長と後藤象二郎が計画して仕組んだものだ。齊藤さんにだけには、伝えておけばよかったのだが、伊東さんに知られると漏れる恐れがあったので、伏せていた。途中で仕留められなかったのですね。まだ、福岡の屋敷に入ったままですね。必ず出てくるその時を狙うように伝えて下さい。大石さんに伝えて下さい。そして、斎藤さんら高台寺の者も大石さんを支援して下さい」


「な、山崎君も言っているだろ、協力してやってくれ。ただし、あの界隈で大立ち回りだけは避けてくれよ。大石のことだからそれだけが心配なんだ。奴は所かまわず暴れ回るからな。後々面倒なことになる。出来るだけ人目に付かない先斗町の路地裏でずぶりと頼むよ」


「分かりました。しかし、中岡は二人の腕が立ちそうな若者を連れています。三人組です」


「なあに、新選組としては相手にならんよ。三人組だろ。大石さんの手槍でぶすり、斎藤さんの諸手突きでずぶり、最後は、服部さんの二刀流でばっさりだよ。手分けすれば訳ないよ」


土方は、三人の斬るさまをそれぞれ手真似する。この人の剣は、いつも芝居がかっている。道場で稽古しているのを見ていてそう思う。


かたちを気にし過ぎるので、全く豪快さがない。神楽の舞台の太刀回りのように見える。


最後の服部さんの二刀流の真似に至っては、祇園の芸子の踊りのようにしか見えない。


この人は、実戦では使い物にならないなと思う。


「一番永井さんが気にされているのは、坂本龍馬のことだ。彼は有用な人物だ。幕府としても随分支援してきたそうだ。その見返りとして、彼は鉄砲を内密に融通してくれていた。それが、いろは丸の件で、横流しが暴露されそうな気配だ。彼は、土佐藩おろか、薩摩長州まで疑いの目で見られている。彼が消されると武器の調達の経路が立たれる。いろは丸で分捕った武器が奴らに渡ってしまう。くれぐれも、守るように言われている。我々新選組は、あの界隈で大手を振って歩けない。その分、高台寺隊がしっかり動いてくれ。齊藤さん、宜しく頼みます。それと、大石さんらも夜遅くまでかかりそうだから、握り飯でも作らせますので渡して頂けませんか」


「分かりました」


山崎丞さんという人は、本当によく気が付く人だ。新選組では、どんなに剣の腕前が良くても人柄の良い人、気配りで出来る人は長生きが出来ないと言われている。それに加えて山崎さんは、知り過ぎている。


この人も、山南敬介さん同様に長生きできないなと思った。


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『龍馬が月夜に跳んだ』 大河内健志 @okouchi19

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