第2話 お届け先1つ目 石井杏


はじめはこのアパートの住人でいいか。いきなり、全く顔も知らない女性宅を訪れる勇気はないし。


そんなわけで、お届け人としての活動初日の今日、アパートのひとつ上の階に住む女性宅を訪れることに決めた。


部屋の主は石井杏いしいあんず、同い年ということもあってそこまでハードルが高くないだろうという、俺の希望的観測によって最初の相手に決めたのだ。


幸いなことに、今日は休日。大学生ならば恐らく、寝てるか、遊びに行くか、バイトに行くかのどれかだ。寝てることに賭けて、早速インターホンを鳴らす。



「はい?」


「こんにちは、としてお邪魔させていただきたいんですが…」


ドアチェーンをつけたまま開いたドアから、顔の半分ほどが見えた。明るく染められた金髪が目立つ彼女に挨拶をしてみる。



「…他所を当たってください。私は3次元に興味無いんで」


「は?」


そう言ってあっさりとドアを閉めようとした瞬間に、自らの足を隙間に入れて防ぐ。


「ちょっと待って、2次元を理由にお届け人を拒否するのは法律に引っかかる、これがどういうことかわかるか?」


「なっ…じゃあ、今から3次元の男の人を家に呼ぶつもりなので」


「さっきの発言は録音済みだ。諦めろ」


「用意周到すぎでしょ。キモっ」


捨て台詞を吐いたものの、法律には勝てないようで、溜息をつきながらも、渋々ドアチェーンを外した。


「というわけで失礼します」


ちなみに、「2次元を理由にお届け人を断ってはいけない」という法律なんてない。でまかせ、嘘だ。そもそも、いくら自国の法律と言えども隅々まで目を通して、内容を覚えている人間がそんじょそこらにいるわけがない。

そういった仕事に携わる人間ならともかく、俺と同じ大学生が知っているわけないのだ。


法律とは違うが、ゲームの利用規約の同意。

あれも、サーっとスクロールして中身なんて見てやいない。だから、このゲーム実は有料です、なんて言われたら信じてしまうものだ。




「それで、アタシに何の用?」


「とりあえず自己紹介でもしないか?そんな刺々しい態度をとるのはやめて欲しいんだが…」


「私の部屋に、3次元の男とかいらないのよ。ほら、見なさい壁に佇む等身大の城ヶ崎様を!」


そう言って指を指された先を見ると、等身大パネルの男性キャラクターが壁に支えられているように立っていた。2次元のものを無理に3次元に持ってきているので、等身大といえども厚さ10cmくらいでペラペラだった。



「石井さんって、2次元にしか興味無い感じ?」


「当然でしょ?3次元なんて自分の理想は作れないし、王子様みたいな男なんていないんだから」


「そっか、まぁ気持ちは分からなくないけど」


「何よ、アンタも2次元好きなの?というか、3次元に興味ある人の方が珍しいし」


「一応バーチャル世界に2人ほど恋人を作ってるぞ」


「ふーん、でも何2人も作ってんのよ。推しは1人で十分でしょうに」


言われてこの部屋を見回す。

何ジロジロ見てんだと言わんばかりの視線を浴びたが、少ししか気にせず意識的に部屋を眺めた。


「たしかに、城ヶ崎?だっけそのキャラクターのグッズしかないな」


「当たり前でしょ?私は城ヶ崎様と結婚するんだから」


さも当然と言うように強気な口調で言い放った。


「知ってるか?2次元のキャラクターとは結婚できないってことを」


だが、現実というものを教えてやらなければならない。


「今はそうだけどね、数年後には変わってるんじゃない?」


「未来のことは分からないから、もしかしたらそうなるかもしれない。だが、その頃にはお前が死んでるかもしれない」


「別にそれでもいいわよ。私は一生城ヶ崎様と一緒に添い遂げるのだから」


世の中の人間は、こんな考え方を持っているのだろうか。そして、それが当たり前なのだろうか。

俺も現実世界で恋愛こそしたことないが、そんなのつまらないと思う。バーチャル世界にいる恋人と話すのもつまらないわけではないが、こちらの意思に反することはない。

でも、人間ならきっと抵抗する場面もあるだろう。現に、今俺は目の前にいる彼女に抵抗されているが、それがつまらないとは思えない。


「お前さ、城ヶ崎様?と喧嘩とかしたことある?」


そして、俺は今から間違いなく抵抗される言葉を紡ぎ続けようとする。


「何よ突然、あるわけないでしょ。城ヶ崎様は全部私に自分の思いだけを伝えてくれて…それに私が応えるの。二人の仲は完全無欠なの」


「それって楽しいか?」


「なによ、文句あんの?」


「どうせなら自分の思い通りにいかない方が楽しいんじゃないか?俺、友達と喧嘩したことあるけどさ、仲直りしたあとの方がより仲良くなれたし」



「何が言いたいの?ストレートに伝えなさいよ。城ヶ崎様もストレートに伝えてくれるのよ」


元々不機嫌そうに俺を部屋に入れた彼女は、今にも俺を追い出さんばかりの表情にレベルアップしていた。


「喧嘩もしないような相手とのやりとりってクソほどつまんないし、そんな相手と一生を添い遂げるのってバカみたいだよな」


ただ、俺はそれを煽る。燃えさかる炎に、ガソリンをさらに投下するような危険行為だ。


「…アンタ、言って良い事と悪い事があるのよ?」


「今のは言って良い事だったろ?」


「悪い事に決まってんじゃない!そもそもね、2次元は絶対なの!揺るがないの!裏切らないの!喧嘩なんてしても辛いだけで良い事なんて一欠片もないの!」


「なんでそう思うんだ?人間なら喧嘩だってするだろう。あ、喧嘩を肯定したが、暴力を肯定するわけじゃないぞ」


暴力はよくない。口喧嘩はよい。

ただ、口喧嘩も内容によるが。言葉のナイフと言われるように、あくまでも配慮は必要だ。

…一応、彼女に向けての発言は配慮しているつもりではある。


「アンタはね、喧嘩して仲良くなった人がいるのかもしれないけど、アタシはそうじゃない。喧嘩して向こうから一方的に嫌われて、虐められて、一人ぼっちになって…」


「そうか。お前も色々大変だったんだな」


「なに分かった口聞いてんのよ。私が言いたいこと、つまり、3次元のクソみたいな関係性を求めるよりも、好意しかない2次元に骨を埋める方がいいのよ」


うだうだクダまき、口を開き続けて述べた言葉。俺が今言った話は同性の友人との喧嘩の話で、彼女も恐らく同性の友人との喧嘩の話で。

結局、現実世界で喧嘩が、異性との恋愛を避ける理由にはならないわけだ。つまり、彼女は落ち込んだ気持ちを2次元に向けて、それが昇華して城ヶ崎様ガチ恋勢になったわけだ。

それならば、現実世界での恋愛の目もあるのではないか。俺は、彼女と恋愛したいわけではないが、あまり塞ぎ込んでしまって欲しくはないと思う。


「お前さ、今の会話どう思った?」


「は?最悪よ?」


「俺との会話って喧嘩みたいだったか?」


「そうね」


「俺は楽しかったけどな」


「は?キモっ」


本日2回目のキモっ…俺はマゾヒストじゃないから少しばかり心が傷むことに気づいて欲しいが。


「でも、俺はお前との喧嘩楽しかったんだよ」


「アンタって変人なの?それとも変態?」


「変態ではない。まぁ変人ではあるかもしれない。現に、3次元での恋愛にちょっと興味があるからな」



「ふーん…アンタって私のこと好きだったりする?」


「いや?」


どこにお前のことを好きになる要素があった?普通好きならもっと腰の低い態度をとるだろう。


「それなら、とりあえず1ヶ月はウチ来ていいわよ。お届け人としてこれからも他の女の家を訪問するのも面倒でしょ?」


「お前、もしかして俺のこと好きなの?」


もしかして初日して報酬獲得できる?俺ってお届け人として優秀なのでは。


「アンタ馬鹿じゃないの?私は城ヶ崎様しか考えてないから。でも、私友だちいないし、アンタみたいなヤツなら私なんかでも友だちになれそうだから」


違ったみたいだ。というか、しれっと現在友だちがいないことを暴露された。



「あ、ツンデレってやつか?」


代わりに別の部分に突っ込んだ。


「違うわ!」


違うのか。2次元だとツンデレってメジャーで人気ある部類が、現実には存在しないらしいと噂に聞いていたが…やはり存在しないようだ。


「俺としてはありがたいから、お言葉に甘えてしばらくココに来ることにする。それに、友だちいないんなら俺が友だちになるよ。3次元も恋愛だけじゃなくて、普通に過ごすのも結構いいぞって知ってほしいからな」


「アンタって私と結婚したいとか思ってる?私のこと落とそうとしてる?」


「いや?別にお前のことがタイプってわけでもないし。お前が寂しそうだったからな。友だちいないみたいだし可哀想だなって。お前の友だちとしてほら、弁当についてる緑のびらびらくらいの役目になれたらなと」


「アンタ中々辛辣ね。でも、私もアンタのこと全然タイプじゃないからお相子ね。

てか、弁当のアレって結構地味じゃない?

まぁリアルで恋愛する気ないから、とりあえずアンタをキープしておけば、今後面倒なお届け人も来ないでしょうし」


「なるほど、お前も俺をここに置く理由があって、俺もわざわざ他所様を訪ねる必要も無い、win-winの関係ってことか」



「そういうこと。とりあえず、今からこれに付き合いなさい」


そう言って数センチほどの長方形の物をこちらに見せてきた。


「…なにこれ?」


「城ヶ崎様のバーチャルライブよ。約3時間に及ぶ、25曲とMCの大ボリュームBlu-ray」


へぇ…コイツそんなに城ヶ崎様とやらが好きなのか。


「まあいいけど」


ある意味興味が湧いたので、軽く受け入れる。


「いいんだ?てっきり否定されるものかなと…」


「さっき俺が言ったのは、3次元もクソみたいなこともあるけど良いぞってことで、2次元を否定するつもりは毛頭ないぞ」


「アンタって結構変わり者よね」


「そうかもな」


約3時間の視聴後、感想を1時間ほど求められ、さらに1つ前のBlu-rayの鑑賞会にも付き合わされることになった。

ただ、興奮したように画面を眺める彼女が、時折嬉しそうに話しかけてくる姿は嬉しかった。

現在友だちがいないってことは、楽しみを共有できる相手もいなかったんだろう。弁当についてる緑のびらびらも役に立てるんだぞ、リアルもいいだろうって伝えることができただろうか。





あとがき

本作を読んでいただきありがとうございます。

弁当についている、緑のびらびらの正式名称は「バラン」といいます。

食べる時、食品にくっついて邪魔に思うときもあるかもしれませんが、食品の保存性を高めたり、味が混ざるのを防いだりする役目があるらしいです。

主人公にもそんな役目を…。

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