25.鏡文字のアミュレット ーステッキー
魔女とは言うものの、フジコ達、魔女には魔法の杖なんて当然与えられない。アニメの魔法少女の使う、奇跡を起こすステッキなんて度外無理な話。
与えられるのは、魔法を使う為の
永遠に美しい、理想的な女性として生きる。
それを素晴らしいことだと教育されたけれど、魔女はみんな知っている。魔女になったら、人としては幸せになれない。
子供ももてない。戦いには駆り出される。そもそも人として扱われない。
身を守る能力である、それがくれる特殊能力だって、そうとは限らない。あの人魚姫のように、自分の能力で心が不安定になる子もいる。スワロのように、その物質を使われるものも。
魔法を使う為の灰色物質は、決して可愛い魔法少女のステッキの代わりにならない。
身を守るお守りがわりにもならない。
身を守るためには、別のお守りが必要だ。
*
「霜月エリアの鬼?」
ドクター・オオヤギの治療もあって、すっかり復調した奈落のネザアスとフジコは、旅を再開していた。
霜月エリアの行程はかなり進み、もうすぐ神無月エリアへとの接続部というところ。
さほど強くない泥の獣との戦闘後、休憩所のベンチで生きていた自動販売機から缶の飲み物を調達し、一息入れていたところで、黒騎士、静寂のドレイクから通信が入ったのだ。
『そうなの。霜月と神無月の境目に陣取っているわ。あなたたちはちょうどその手前の休憩所にいるはずだけど』
「ちッ、霜月エリアの鬼っていうと、昔はおれのことだったんだぜ」
ネザアスは不満げに舌打ちする。
「花札の鬼はジョーカー。どう動くのも自由。敵役も助っ人もするって、おれがそういうのやってたのに。なんなんだよ、今更」
ネザアスは、そんなところに腹を立てている。
『そう名乗ったわけではないけれど、鬼の姿をしているのよ』
ネザアスは、このミナヅキの魔女ビーティアの操る音や声が苦手だが、彼とて、いつもダメというわけではないらしい。影響をもろに受けるのは、彼自身の体調が良くない時に限る。
が、この間幻肢痛の発作を起こした引き金になったのが、彼女の音だった為、流石に普段から無茶をするネザアスも用心している。
スワロに音を調整させることもできなくはないのだが、そもそもスワロは音に関することはそんなに得意ではないらしい。多分、スワロは元々視覚に関する力を持つ魔女だったのだろう。残されたものも目だったのだから。
ということで、ネザアスは特に感度の鋭い右耳にインカムをつけていた。これで苦手な音を減退させているらしい。それもあってか、ビーティアと話すときはいつもなんとなくしかめ面のネザアスも、今日はさほど機嫌が悪くない。
(それ、普段から使った方がいいんじゃないのかな)
とフジコは思うのだが、ネザアスの側にも面倒だとか事情はそれなりにあるのだろう。
『その鬼。泥の獣だけれど、様子がおかしいわ。今までの獣より行動が格段に人間的らしいみたいでね』
「アイツら、取り込んだ人間の情報を参照することかあるから、多少は別におかしくないけどな。ああ、それとも、この間からチョロチョロしているアイツらの悪影響かな」
『新しい黒物質投与兵のことね』
「オオヤギからも情報もらったぜ。アンタらも聞いているよな。俺の方は、この間、ちょっと手酷くやられちまってな。武器を使えるから、粗悪でも気をつけた方がいいな」
『聞いている』
と割り込んだのは、タイブル・ドレイクの声だ。
『我々も注意しているところだ。あれ以降は、見かけていないが、しかし、お前の言う通り、強く影響している可能性があるな。ショートカット上にも、強い獣が増えてきた』
「ああ。そうだろうな」
と、ふいにドレイクが無言に落ちる。不自然なタイミングなので、ネザアスがちょっと眉根を寄せた。
「なんだよ。いきなりだんまりか?」
と、また無言。ネザアスがやや困惑気味になった。
「なんだよ。だんまりなら切るぞ」
と、ふいに通信がちょっと不安定になった。
『ネザアス』
雑音まじりになったあと、ドレイクの声が響く。
「だから、なんだよ?」
『ビーティーと一時的に接続を切った。直接通信機で話している』
ドレイクが小声で言う。つまり会話においてビーティアを排除したということだ。
「あァん、何だよ? アンタと秘密の会話するようなことなんておれにないぞ」
『発作を起こしたのだろう。ネザアス。ビーティーの音が遠因になっているはず』
ネザアスがどきりとする。
「ん? ドクターに聞いたのか? いや、ちょっとな」
『……
見透かされて、ネザアスが、む、と困った顔になる。
「いや、そういうんじゃ……」
『ビーティーの能力はおれ以外の黒騎士にも発動していた。おれは制作側の初号機だったせいか少し体質が特殊。耳は良いがあの女の音の力に鈍感だ。むしろ、彼女の声や音には心地よく感じられる。だが、お前を含む黒騎士にはそうではなかろう』
「うーん、まあ、そうだな。きょ、今日は、その、ちゃんと変換器つけてるから大丈夫だ。いや、その、アンタの嫁のせいにするつもりはおれには……」
ドレイクが兄らしい言動をするものだから、珍しくネザアスが、ちょっと弱い返事をする。
『無意識に魔女の力というものは、相手に影響を与えることがあるものだ。それに相性がある。そこな娘のように、力の方向が相手の治癒に向いているのならまだしも幸せだが、中にはそうでない魔女もいる。ビーティーや、おれの知る限り、ヤヨイの魔女がそうだ』
「ああ、あの人魚姫みたいな子か?」
『そうだ。ヤヨイの魔女、ヤヨイ・マルチア。あの娘の涙は、すべての黒物質の保有情報を初期化してしまう。つまり、”壊す”。それゆえにあの娘は不安定になっているのだろう。ビーティーもそうだが、破壊的な力を無意識に向けてしまう魔女は全般的にな』
ドレイクから、あの人魚姫と呼ばれていた娘の名前が出て、フジコははっとする。
確かに、彼女は十二人の魔女のうち正式に認定されているのに、いまだに養成所に保護されていた。力の扱い方が不安定だときいていたが、おそらく精神的にも不安定なところがあるのだろう。
『そして、”彼”、アマツノ・マヒトは、それらの魔女の力を一部兵器転用する研究をしている。これは、おれが彼から聞いた話。正義感の強いおまえにはしていないと思う』
ネザアスは黙っている。黙っているということは、肯定と同義だ。
『おれがビーティーを保護しているのもそうした理由がひとつ。今のアマツノは、聞くところによれば、キサラギの魔女の黒物質を操作し、簡易にプログラミングする力を得ようとしているというが。その興味がどこに向くかはわからない。例えば、そのウヅキの魔女の娘。今は見習いで実績がないゆえに、彼は興味がないだろうが、お前との行動で実績が認められた場合、彼の興味が向くことがあるだろう』
フジコはどきりとした。
自分の力を兵器転用? そんなことを考えたことはなかった。そんな余裕もなかったが、自分の力をそんな風に扱われる可能性があるなんて。
しかし、事実、金属との相性の良さから、スワロの本体だったものの灰色物質はネザアスの剣に使われてしまっている。
「ああ。それはそうかもしれない。おれが知る限り、ウィスの能力もかなり特殊だ。しかし、兵器転用にするには向かねえかと思って……。でも、安心できないって?」
『……気を許さないほうが良い。……彼は昔の彼とは違っている。何かしら、守る方法を考えてやるとよい』
「守る方法? だが、おれたちはアマツノには面と向かって逆らえないぜ。それどころか、当局が”人間”として登録している相手に対して危害を加えるにも制限がかかる。アマツノに対しては特に、命令されると動けなくなるだろう」
ネザアスは、こういう交渉事が得意ではないのだろう。
「アンタはどうしているんだよ?」
『いわば、護符を用意する』
「護符? お守りってことか?」
『左様。言い換えれば対価。我々だけが知る、彼についての記述などが良いかな。おまえはもっとアマツノのことを知っているはずだ。良い対価を準備できる』
と、ふいにドレイクの通信が乱れた。
『ふむ、妨害が入った。盗聴される前に切る』
「ああ、気を遣わせて悪かったな。ビーティー姐さんにもよろしく」
ふつりと音が途切れる。
ネザアスは、肩のスワロをなでやりながら、うーんと唸った。
「対価かあ。まあ、材料はあるには”ある”んだけど」
ネザアスはちょっと難しい顔になる。
「どうやって仕込むかだなあ」
魔女の力は相手や自分を守るための力だけではない。それは望んで与えられたものではないのだけれど、誰かを傷つけることもある。
(ヤヨイの人魚姫も、自分の力が嫌なのかな)
水槽の溶けた花を、うっとりとしかし哀しげに見ていた彼女の姿を思い出す。
ネザアスに綺麗だといわれて彼女が喜んだのも、当然な気がした。フジコだって、自分の力はどちらかというと疎ましげに思っていたから、お前の歌声が良いといわれてとてもうれしかった。
ネザアスがベンチで考え込んでいるところで、気晴らしに施設の中をちょっと見て回る。
やたらカエルをモチーフにした家具やモニュメントが残っていた。ちょっとゆるいかわいいものもある。キャラクターなのだろうか。
「あ、これ可愛い」
土産物コーナーには、いろいろなもの。フジコくらいの女の子の好きそうなアクセサリーもあり、魔法少女のステッキのような形のペンダントトップが目を引いた。杖の柄の部分が瓶になっているらしく、おまじないの文字を書いた紙を丸めて入れるものらしい。
「これ、貰っていこう」
フジコはパッケージごとそれを手にした。
壁には芸術的な感じの文字が一面にかかれた壁紙が張られていた。一部は削れているが大部分は残っている。しかし、難しい文字だらけでフジコには読めない。
「これ、何だろうね。スワロちゃん」
肩のスワロと小首をかしげていると、後ろからネザアスの声が聞こえた。
「それは、詩。ま、ポエムってやつだな」
「ぽえむ?」
ベンチに座って何やら手元でペンを走らせていたネザアスが、気怠そうに言った。
「ん。白楽天ってやつの詩だと思うぜ。玉泉ナントカってとこから始まってるだろ。小野道風って文字の名人の作品を壁紙にしたやつ。ここは霜月エリアの入口の施設だからな。十一月の花札に、そいつと蛙がかかれていたから、それをモチーフにした施設なんだ。もともとは柳が植わってたんだが、枯れてるな」
「カエル? そういえば、この間の獣、カエルだったね?」
「あいつが、昔、霜月エリアにいた、ボスみたいな敵のデータを取り込んだ泥の獣だったと思うぜ。ほかにも増えていたが、多分な」
ふん、とネザアスが苦笑する。
「鬼なんて、おれ以外いなかったのに、いつの間にか勝手に増やしやがって。気に食わねえな」
この奈落、特に霜月エリアを管理していたネザアスにとっては、勝手に自分の管轄外のものが増えるのが許せないらしい。彼はそういうところが几帳面なのだ。
フジコはネザアスのそばに戻る。
「何を書いているの?」
「ああ、これか。ちょっとな」
とネザアスの手元を覗き込んで、フジコは、わ、と声をあげる。
「これ、すごいね」
ネザアスの手にあるのは、A共通語らしいアルファベットのびっしり書かれたメモらしいが、サラッと読めない。フジコは歌の勉強で、少しは読めるのだが。
「これ、鏡文字?」
「よく気づいたな。俺は左利きだから、鏡文字も書きやすいんだ」
ネザアスはにやと笑う。
「でも、なんで鏡文字なんか?」
「いや、小野道風の文字見てて考えててな。お前の為の、ちょっとした、お守りを作れるかもなって思ったんだぜ」
「お守り?」
「うん。お、ちょうどいいもん持ってるな」
ネザアスはフジコが手にしていた魔法のステッキのペンダントトップに目をつけた。
「それ、蓋開けて貸してみろ」
「うん」
フジコが言う通り、瓶の蓋になっているステッキの装飾を回してあける。ネザアスはそれを受け取り、手元の鏡文字のメモをびっと破って丸めて中に入れる。
「おまじないだ」
「おまじない?」
ネザアスがちょっと悪戯っぽく笑う。
「これ。持ってな。
「え、これ? あ、ありがとう」
唐突なネザアスのプレゼントに、フジコはちょっと混乱する。何故、いきなりこんなものをくれたのだろう。大体、あの鏡文字はなんなんだろうか。
そんなことを考えていたら、外で雨が降り出したらしく、大きな雨音がした。
そして、少し遠くから、何かの咆哮のような声が。
ネザアスが、はっと立ち上がる。
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