21.フード・トレジャー・ハンティング ー缶詰ー

 黒騎士、奈落のネザアス曰くは、休憩所探索は、奈落探検の基本……らしい。

「だってよ、結構、いろいろ見つかるんだぜ。だんだん楽しくなってきたよな」

 屋内遊園地を出てしばらく、新たな休憩所を見つけたので、とりあえずいろいろ探索してみる二人だ。

 大体、こういうところには土産物やコンビニなどが併設されている。ということで、いろいろ在庫が出てくる。ここが放置された時、ほかの人たちはよほど急いで撤退したらしい。ネザアスはその辺のことを詳しくは話さないが、おそらく、彼ら黒騎士を置いてさっさと自分たちだけ逃げて行ってしまったのだろう。

「あれ、でも、ネザアスさんって、長いことここに住んでいるんでしょう?」

「ああ、もちろんそうだ」

「それじゃあ、別に目新しいものなんてないんじゃないの? 普段から探索してたんじゃ……」

「そりゃあ、おれだってあちらこちらに住処が欲しいから、こういう住めるところはチェックしているんだけどな。大体、ポータルスポットさえ確保してりゃあ、生活には困らねえからよ」

 と、ネザアスはいう。

「おれみたいな黒騎士は、配給されたメシさえ食ってれば、さほど困ることはない。ここには、例のどんぐりも落ちてるしな。サプリメントまであるんだし、取り立てて今まで探索しようって気にはならなかったんだよな。あ、でも、書籍類は結構集めたな。探すの楽しい」

 無邪気にそう答えるネザアスだ。探し物は、肩のスワロも手伝っているが、スワロもあまり食べ物を探すのは得意ではないらしい。スワロも普通の食事を必要としない。

「そっか。ネザアスさんは、普段はあんまり食べないから、食糧を探すとかなかったんだ」

「そういうことだ。ということで、お前を案内するならいろいろなもの食べさせなきゃって、思ったからよ。でも、探してみると意外と楽しいな。はまってきた!」

 ネザアスはこういうところは、無邪気でかわいらしい。

 ネザアスの言う通り、荒野や黒い雨、雨により変質した森の続くこのテーマパーク奈落において、この食糧調達は宝探し風で、気分が晴れて楽しいのであった。

 大体、冷蔵庫や段ボールの中から、レトルトパックや冷凍食品が出てくるのがいつものパターンだが、この日はちょっと違った。

 フジコが段ボール箱を開封すると、何やら缶が大量に入っていたのだ。

「これ? なに?」

「おお、すげー! 缶詰の山が発見されちまった」

 ひょこ、とネザアスが隣から覗き込んで、面白そうな声を上げる。

「缶詰の宝箱って感じだな!」

「缶詰? ああ」

 フジコだって、そりゃあ、缶詰くらいは知っている。が、上層アストラルでは今やあまり缶詰は使われない。他の保存技術も発達している中、金属のゴミも出るせいか、缶詰はあんまり見かけないのだ。養成所や引き取られた家庭でも、そんなに見なかった。

「なんだっけ。これ、風邪ひいたときにいいやつだ!」

 ネザアスはどうせ風邪なんか引かないだろうが、意外と読書家なせいなのか、彼は変な知識が豊富である。

 といって、ネザアスが摘んだのは桃の缶詰だった。

「これ、美味しいらしいよな?」

「んー、あたし、食べたことないなあ。シロップ漬けなら食べたよ?」

「そうか。あ、みかんとチェリーもある。なんだ、果物の缶詰は見かけが可愛い感じなんだな」

 こんな渋い顔をしているくせに、ネザアスは可愛いものが好きだ。

「こっちは、魚と焼き鳥の缶詰だね。これは、鯖缶って書いてある。鯖の水煮?」

「鯖缶って美味いのか?」

「えっ、美味しい……かな。食べたことないし」

「いや、そういう缶詰の、酒に合うって、オオヤギが言ってた」

「うーん、どうだろう?」

 他に美味しいものはたくさんありそうだし。きっとチープな味わいそうなのだが。

 子供のフジコには、酒の肴的な美味しさはまだ理解できない。

「でも、そもそも、缶詰なんて、最近あんまり売ってないよ。レトルトのパックとか色々あるもん」

「そう言われるとなあ。まだしも、下層ゲヘナの市場では現役っぽかったが、でも少ないかあ。おれは戦場で食ったことあるけど」

「ちょっと味とか違う?」

「んー、おれはその辺わかんねーからなあ。ただ他のやつが、ちょっと金属の味がするとかなんとか言ってたような」

 ネザアスはちょっと小首を傾げる。

 金属の味か。フジコは眉根を寄せる。

「それって美味しいのかな?」

「さあ、でも、独特な良さとかあるんじゃねえかな? 好きなやついたぜ。おれも、味がわかるようになったら、色々試してみようかなと思うんだよな」

 ネザアスは、あどけなく微笑む。

「お前が食ってるの見てて思ったんだけど、味覚わかるようになる訓練って、人の食ってるの見て、話聞いて自分でも考えたりすることかなーって思ってだな。色々試す方がいいんじゃねえかな」

 ネザアスがこう言うことに前向きなのは、フジコとしてもちょっと嬉しい。

「それじゃあ、とりあえず、これ開けてみるか?」

「開ける?」

 みかんの缶詰。

 フジコは缶詰をぐるりと回してみた。

 プルトップがついているのはみたことがある。あれならパキンと引っ張れば開く。が、これはないのだ。

「どうやって開けるんだろ」

 ふふん、とネザアスが得意げになる。

「ここは年の功だぞ! おれに任せろ。缶切りを使う」

「でも、それ、あるのかな? 見かけないよ?」

「そこは、おれ、一応長く生きてる、古いニンゲンだからな。準備はできてるぜ。ま、正確にはちょっとニンゲンとは違うかもだが」

 と言って、ネザアスが手持ちの荷物から出してきたのは、フジコがあまり見かけない、ちょっと厚めの棒みたいなものだ。

「何? それ?」

「十徳ナイフってやつだ」

 ネザアスは缶切りらしいものを押し出してくる。

「骨董品だけど、ドクターにもらったんだぞ。これならワインのコルクも、缶も開け放題だからな」

「すごいね!」

 単純なアナログな道具だけれど、こういう場面ではないと困る。

「でも、開けにくいね」

 貸してもらって、みかんの缶詰を開けてみようとしたが、フジコではなかなか開かない。

「ま、じゃあ、おれが手本を見せてやるよ」

 ネザアスが代わると簡単に缶に刃物が通った。シロップが出てくる。ぐいとそれを回していくと、蓋がギザギザになる。それを、開く様子はちょっと楽しい。

「ほら、開いたぜ!」

「じゃあ、いただきます」

 オレンジのそれをひとつ摘んで口に入れる。

「甘くて美味しいね。生のみかんとちょっと違うけど、食べやすい」

「そうか。元のやつより甘いのか。白いやつがついてないと食感てやつ変わるんだな」

 ネザアスがまじめに考察しつつ、スワロに見せながら、それを大きな口に放り込んでいた。

「美味しいのはわかったけど、こんなに缶詰あったら、食べ切れなさそうだね」

 実はレトルト食材をたくさん持っているので、しばらく食料には困らないのだ。それなのに、目の前の段ボール一箱、いや、他の箱もそれっぽい。本当に缶詰の山を引き当てている。

 さすがにそんなにいらない。

「大丈夫だよ」

 ネザアスが言った。

「缶詰って、すげえ保つんだぜ? 特に、上層アストラルの工場製だろ? 賞味期限は100年単位って噂だ」

「え、そんなに」

「だから、コイツらもあと何十年は全然余裕さ。だから、こうしようぜ」

 と、ネザアスが上機嫌にいう。

「おれがこれ、隠れ家に埋めておくから、ウィスが将来またここに来たときに一緒に食うってのはどうだ?」

 フジコが、きょとんとする。

「タイムカプセルみたいなこと?」

「そういうやつだ! それに、なんかでここに来たときに、食べ物ないとウィスだって困るかもしれないしな。そのとき役に立つかも。残してて損はないぜ」

 あと、と奈落のネザアスは、屈託のない笑みを浮かべた。

「おれも、それまでには俺も味がわかる男になっているし、スワロもみかん食えるようになるから」

 ぴぴー、とスワロが返事をする。

「うん! それはいいね。楽しみ!」

 フジコは楽しくなって、頷いた。

 そういう未来が来るかもしれないなら、そういう約束をするのも良い。

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