19.お姫様の作り方 ークリーニング屋ー

「パレードにメリーゴーランドかあ」

 鍵で錆びついた門をあけ、いつも通り荒れた道を進みながら、奈落のネザアスがぼんやり言った。もう午後。まだ夕暮れにはならない時間。

 ネザアスは、何か小さいものを投げては、ぱしりと受け取る。

 彼の手にはビニールの袋に入った、小さな鍵。

「へえ、ドクター・オオヤギもたまには粋なことすんだなあ」

「ネザアスさんも知ってる場所なの?」

「場所自体はあるのは知っていたが、あそこは、おれの管轄じゃねーから詳しくないんだ。なんでも女の子に人気があるところだったから、確か配置されてるキャストも女だったからなあ」

「お手紙には、まだ破壊されていないかもって」

「うん。確かにあの場所なら、破壊を免れているかもな。閉鎖が早かったんだ」

 ほら、と、ネザアスがフジコに鍵を渡す。

「黒騎士の叛乱があった頃には、早々と閉めていたからな。その頃には一般客が来ることもなくなっていたし」

 と、ネザアスは付け加える。

「ついでにいうと、その辺でドクターも失脚してるし、放置されたんだろ。取り壊すのも金がかかるからな。まあ、ぶっちゃけ、こんなとこ設計してる時点で左遷されてたんだがよ」

 ネザアスの言うドクター・オオヤギの話は興味深い。彼は創造主アマツノには愛情を抱く一方、おそれや怒りも覗かせるが、オオヤギに対しては親密な気配がある。

「ドクターさんは、今もネザアスさん達の味方なんだね」

「味方っつーか、そうだなぁ」

 ネザアスは苦笑する。

「まあ、可愛げはあるやつなんだよ。あんなツラしてやがるから、ムカつくはずなんだけどなあ」

 ネザアスは、どうも男女問わず、可愛げがある人間が好きらしい。

「お、早速見えてきた」

「わ!」

 思わずフジコが声を上げたのは、赤く大きなサーカステントのような形の構築物が見えたからだ。流石に雨に打たれた影響で色がはげてはいるが、損傷は少なく見える。

 周りは荒れてはいるが、ピンクやオレンジのパステルカラーでかわいらしい印象の建物が並んでいたらしいことがみてとれた。

「屋内なの?」

「そうさ。屋内小型娯楽施設ってやつ。だから、破壊を免れているかもしれない、って話。おいで、お嬢レディ

 ネザアスが案内した先は、正面玄関だった。しかし、中は真っ暗だ。確かに何か大型の機械装置がありそうだが、不気味である。

鍵で装飾の多い可愛い扉を開けると、中に入る。そばの管理センターの室内に入り、落としていたブレーカーを引き上げると、難なく電気系統が復活した。

 向こう側で七色の光が走る。ぱっと明るくなった室内には、大型のメリーゴーランドが色とりどりのイルミネーションに彩られ、音楽を鳴らしながら回り始めた。

 白や黒のユニコーンやペガサス、ピンク色の馬車が、輝きながら回り始める。

「すごい!」

 どこかしらメルヘンで乙女チックで、ほんの少し懐かしい。それはフジコと、そしてどうやらスワロの気持ちを楽しくさせる。スワロが、ピルピルと珍しく鳴いている。

「ふむ、アイツらの侵入の形跡ないし、大体の機能はそのままか。えーと、そんで、施設とイベント発生時間はーと」

 ネザアスがコントロールパネルを確認している間、フジコとスワロははしゃぎながら回るメリーゴーランドを見ている。

 中で動いている遊具は、そのほかにも小さな屋内型観覧車や建物内を一周する汽車。回転しないローラーコースター。くるくる回る、パステルカラーのコーヒーカップ。

 どちらかと言うと低年齢層向けなのだろう、あまり過激な乗り物はないが、この荒廃した奈落においてはその光景は、かつての娯楽施設の賑わいと楽しさを思い起こさせる。

「ま、腐ってもドクター・オオヤギ。やはり有能な技術者だな。流石に質がいい」

 ネザアスが奇妙な褒め方をする。

「ネザアスさん、遊んできてもいい?」

 いてもたってもいられず、うずうずしていたフジコがそう尋ねる。

「ああ。敵もいなさそうだしいいぜ。あ、でも、ちょっと後にしねえか。オオヤギのやつから、どうももう一つプレゼントがあるみたいだぜ? ウィス、こっちに」

 きょとんとしたフジコを、ネザアスは奥に案内した。

「ここ、何?」

 フジコが尋ねるのももっともで、先程までの夢の園とはほど遠く、そこは無機質な事務所か工場のようなところだ。

「ここの隣に壊れた建物あったろ? あれは変身写真館つーやつなのさ。お姫様や海賊なんかになれるやつ。えっと、なんだっけ、こす?」

「コスプレ?」

「あ、そんな感じのやつだ!」

 ネザアスはにこりとする。

「でも、お隣の建物は壊れてたみたいだよ。中に衣装があっても、雨で泥に塗れちゃってると思う」

「ああ、そっちはな。ただ、ここは丈夫で広いから倉庫や備品庫も兼ねてて、そのせいで衣装のクリーニング施設があったらしいんだ。でかいクリーニング屋といったところ。クリーニング中の衣装が大量に残ってる筈なんだとか。あ、ほら、ここ」

 自動で扉が開くと、そこは確かに中に衣装がたくさんかけてある大きな部屋。

 ビニールに丁寧に包まれたそれは表面こそほこりを被っているが、まだ色とりどりの綺麗な色を保っていた。

 フジコがまず目についたのは、さまざまなドレスだ。おとぎ話の絵本で見るような、ふんわりした可愛いドレス達。

「わあ! 凄い!」

「へへ、遊ぶ前にここで好きなのに着替えてけよ。パレード始まるまでまだ時間がある」

「着てもいいの?」

「当たり前だろ。ドクターは、ここにも連れてきてやれってさ。ここの衣装、今、全部お前のものみたいなもんだぞ」

「本当! 嬉しい!」

「好きなだけお姫様になればいい」

 衣装は、それこそお姫様から妖精まで、かなりなんでも残っている。サイズも小さな子供から大人まで。本来はもっと膨大な量の衣装があったのだろう。

 フジコは、お姫様風のふんわりしたドレスを手に取ってスワロに話しかけながら合わせていたが、ふとそろそろとネザアスの方に歩み寄った。

 そうだ、ここに残された衣装は子供用と女性用だけではない。成人男性用のものもあるのだ。

 ぼんやり立って待っているネザアスは、退屈そうだった。

「あ、あのね」

「なんだ?」

「ネザアスさんも、着替えない?」

「おれ?」

 奈落のネザアスは苦笑する。

「おれなんか着替えても、面白いことないぜ?」

「そ、そんなことないよ」

「でも、おれじゃ、王子様にはなれねえよ? そんな優男なツラしてねえし」

「でっ、でも、騎士様にはなれるでしょ? あの、軍服似合ってた」

 フジコはちょっと食い下がりつつ、あの夢の中の彼を思い出した。上層アストラルの上級将校の制定服。普段は荒っぽさもあり、正規所属している風もない彼だが、あの時の彼は紛れもなく中央所属衛士だったのだ。

 正直、格好良かった。

「ダメかな?」

「うーん、しょうがねえなあ。おれなんかの見ても、何にも楽しくなさそうだけどな。大体、似合わねえし、おれに隣に立たれてもお前だって……まあいいか」

 とごにゃごにゃ言っていたが、フジコが頼むのでネザアスは同意することにしたようだ。フジコはぱっと表情を明るくする。

「それじゃあ、こういうのがいい。ねえ、これを着てみて!」

「え、これ?」

 フジコは、あらかじめ見繕ってあった衣装一式をネザアスに押し付ける。

「それじゃあ、あたしも着替えてくるね。着替えにくかったら、後で手伝うから」

「お、おう」

 困惑気味のネザアスを置いて、フジコとスワロは更衣室がわりの衣装の壁の向こうに向かった。



「結構ドレスって重いんだね」

 スワロにそんな話をしつつ、フジコはドレスに着替える。ふんわりしたパフスリーブが手のあたりに絡む。

 せっかくなので髪はふんわりおろして、リボンで結び、幸い小道具のティアラが少しだけあったので箱から出して乗せてみる。

 数少ない持ち込み荷物の色付きリップでおしゃれをすれば、簡単だがお姫様の出来上がりだ。

 それだけで気持ちが明るくなる。

(まあ、あたしはお姫様ってガラじゃないんだろうけどなあ)

 フジコの脳裏には、魔女養成所で出会った本物のお姫様である、あのヤヨイの魔女、人魚姫がなぜか思い浮かぶ。

 彼女なら、もっと着こなせてしまうのだろうな。

「スワロちゃんもよく似合うよ」

 可愛いリボンとペンダントトップで飾り付けられたスワロが、きゅ、と鳴く。飛ぶのに邪魔にならないものを選ぶのは大変だったが、本人も満足そうだ。

「ネザアスさん、お待たせ!」

「ん?」

 あの服は、右手の使えない彼には着替えるのに苦労しそうな部分はあったが、流石にネザアスはやることが早い。すでにピシッとした黒系統の軍服風のジャケットに身を包んでいる。内側の赤いシャツがなんだか彼らしい。

「お、可愛いな!」

 ネザアスは手放しに褒める。

「やっぱり、娘っ子はお姫様のドレスが似合う! スワロもオシャレしてもらったのか。そうか、これから、スワロもそうやってやればいいんだ! はは、着飾るっていいな!」

 ネザアスは、無邪気にそんなことを言いながら満足そうににこにこしていたが、ふとフジコが無反応に自分をみつめているのに気づいて不安そうになった。

「え、と、お、おれは、こ、これでいいのか。ちょっとおかしくないか?」

 右肩にだけ片マントがついており、剣帯を帯びて、左手には白い手袋をはめていた。

 普段は強面の男である奈落のネザアスだが、長身痩躯の彼はこういう服装をすると何かと映える。軍人風なら彼の強面もマイナス要因になりにくい。

「かっこいい」

 ぽつりとフジコはつぶやいて、ほんのりと頬を赤くする。

「え? なんだ? その、やっぱ、おれ、こういうの、変だろ? いやその、上層の制定軍服だって大して似合っては……」

 自信がないらしい彼が、そういう間にフジコはたっと距離を詰めて、ネザアスの手を取った。

「十分だよ! ねえ、早く、乗り物に乗ろう! メリーゴーランドがいいなあ!」

「えっ、あ! おい!」

 ネザアスの袖を引っ張って、はしゃぐフジコは率先してメリーゴーランドを目指そうとした。

「ま、待てよ! ドレス着て走ったら転ぶぞ! あ、あと、こういう服着たんだし、ちゃんとエスコートさせろ!」

 焦ったようにネザアスが、フジコを止めて、ちょっと衣服をつくろう。

「い、一応、おれも作法はわかってるからな。それくらいはちゃんとするぜ」

 そして、ほら、と手袋をはめた左手を出して手のひらを向けた。

「お手を。レディ・ウィステリア」

 どきりとした。

 思わず目の前がくらっとする。真っ赤になりながら、フジコはそっと手を伸ばした。

「お、お願いします」


 向かう先は七色のイルミネーションが、点滅しながら回っている。

 まるで幻の中の夢の世界だ。

 その中を本当に騎士みたいな奈落のネザアスにエスコートされて歩くと、フジコは本当にお姫様になれた気がした。

 メリーゴーランドが幻燈のように回り、やがて全てが機械仕掛けのパレードが始まる。

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