18.ペルセポネの果実 ー旬ー
フジコがザクロという果物を知ったのは、確か仮の家庭でのこと。
不思議な果物が目の前に出されて、フジコが目を瞬かせると、"ママ"が言った。
ママは上品で優しい女性で、おしゃれだ。
「フジコちゃんは、食べたことない? それは柘榴なの」
「ざくろ? お名前は知っているわ」
しかし、見た目がちょっとグロい。つぶつぶが入っているし、果汁も血の色に見えるし、美味しいのだろうか。
「柘榴は栄養も豊富で美容にもいいの。特に女性にはね」
ママはそういって、フジコの目の前にジュースを差し出した。
「フジコちゃんにはジュースの方が飲みやすいかしら。少し甘くしておいたわ。フジコちゃんは、きっと将来綺麗になるから、今から磨いておきましょうね」
「お、なんだ、ワインか?」
後ろからにゅっと"パパ"が現れる。
「なんだ、ザクロジュースかあ」
「当たり前よ。フジコちゃんにそんなものを飲ませるわけないでしょ」
「そうだなあ、でも、いつかみんなで飲みたいもんだ」
パパは苦笑しながらそう答える。
「でも、フジコちゃん。もし
「どうして?」
「昔、あるお姫様が地下の王様にさらわれてね。帰る時にザクロを半分食べてしまった。で、お姫様は、一年の半分を地下にいなければならなくなったのさ」
「それって怖い話だね」
「そうだぞ。まあ男からのプレゼントには気をつけなきゃなってことだ」
「あらあなた、何言ってるの? フジコちゃんに、変なこと教えないでよね」
「悪い悪い」
そうして笑い合う光景は、ただの幸せな家族の風景だった。
フジコを再び中央に売り戻した両親は、けれどフジコに優しい大人達だった。
なんで自分は魔女だったんだろう。
ザクロはそんなことをフジコに思い出させる。
けれど、ほんのりと。
奈落に来てからの彼女は、そんな二人を許せるような気がしている。
*
「レトルト食品ばかりだなー」
と、奈落のネザアスが似合わぬ思案に暮れている。
スワロを肩に、夕飯の準備をしようと、いつも持っているバックパックをあけて、レトルト食材を取り出したフジコは手を止める。
「ネザアスさん、飽きちゃった?」
フジコは眉根を寄せる。
「あたしが、もっとお料理できたらよかったんだけど」
「そうじゃねえよ。大体、おれはいい。おれは元から、こーいう固形食料食っててなんの不満もねえんだ」
黒騎士ネザアスは、かえすがえすも味覚が鈍いから食にはほとんどこだわりがない。ということで、彼は別に食事がレトルトだろうが、チョコレートだけだろうが、どうでもいい男なのである。
彼が悩むのは、ホストとして客であるフジコに、まともなおもてなしの料理を食べさせていないということらしい。
ネザアスは変なところでプロ意識が高い。
「本当ならここのエリアは、それなりに食材豊富なんだ。そりゃ、神無月のが美味いもの多かったけどな」
「秋の味覚っていうやつ?」
「うん。まあ、おれには味の良し悪しはわからねえけど、松茸ってやつはいい匂いがしたな。あと米も新米のがいいだろ。あとは果物も、葡萄とか梨とか、あと栗ご飯が出てきたり、それから秋刀魚焼いたり」
椅子にもたれかかって、長い足を机に乗せながらネザアスは顎を撫でて唸る。
「昔はその辺に畑があって、果物なってたんだが、今はあっても変質してて、汚染されてるだろうから、ウィスに食わせられねえからなあ」
「そうだね」
「生の魚は流石にドクターに頼んでも、送ってくれねえんだよな。ま、送られても困るが」
ネザアスは足を下ろして、椅子から立ち上がる。
「なんか旬のもん送れって言ったんだけど、送ってくれたかな」
この小屋はポータルスポット。金属製のダクトのパネルを確認する。
「お、なんか来てる。なんか気の利いたもん入ってないかな」
ネザアスは、パネルを操作する。
「ドクターって、ネザアスさんに協力してくれる人?」
「そうだぞ。藪医者なんだが、
「偉い人なんだね」
「今現在も偉いかどうかはわかんねえな。性格だっていい加減だし。でも、元々はアマツノの友達らしいぜ。学友ってやつだとかなんとか。お、来た!」
ぼん、と音を立ててダクトから段ボールが排出される。
あまり取り扱いは丁寧でないので、壊れ物は入れられなさそうだ。
ふふーん、となんとなく鼻歌を歌いつつ、ネザアスがガムテープをはぐ。
「何かいいの入ってる?」
フジコがスワロと覗き込むと、メモが一枚入っていた。
花札柄の粋なメモ帳は、柳に小野道風と蛙、つまり十一月の光札の絵柄である。
「えと、『十一月の旬とか難しいので、それっぽいものと普通の食料を集めました』って書いてある」
「それっぽいってなんだよ?」
ネザアスは何かのパックを出してくる。
「うーん、秋刀魚じゃねえけど、なんか魚の開きを焼いたやつの真空パックだな。魚と肉はあるな。あと、これはー」
「あ、ザクロね、これ」
「なんでザクロなんだよ?」
ネザアスは不審な顔だ。
「でも、ザクロって、多分晩秋が旬なんだよ。昔、家の人がそういってたの」
「はァ? 奈落でザクロはねえだろ」
センスがねえなあ! と、ネザアスは肩をすくめた。
「どうして? ザクロ好きじゃないの?」
「別に好き嫌いはねえが、いやでも、おれがザクロ食うとイメージが悪い。だって、あれ、人喰いの鬼女が人の代わりに食ってるやつじゃねーか。なんか果実の色も血の色っぽいしよ」
ネザアスは、しかめ面をする。
「おれは、そういう血に飢えたキャラ付けだし、実際そうなんで、シャレにならねえんだよ」
変なところを気にする。ふふっとフジコは笑う。
「大丈夫だよ。そんなことないよ」
「そうかあ?」
ネザアスは唸る。
「でもよ、奈落でザクロだろ。やっぱりねえな!」
「なんで?」
「いや、まあ、なんつーか、奈落って地獄みたいな意味だし……そういう話が確か」
ネザアスはぼんやり言ったところで、ふと何か見つけたらしくそれを引き出した。
「なんだこれ?」
と出てきたのはボトル。赤い液体が入ってある。しかし、あの荒っぽい扱いでよく割れなかったものだ。
「ワイン?」
同じようなメモが、ボトルに貼ってある。
『十一月の旬っていったら、正確にはこれしか思いつなかったので新酒送ります。あまり飲みすぎないようにね。君はアルコールにはあんまり強くないから』
「あ、今年の新酒って書いてある。ヌーヴォーってやつかしら」
確かに、あれは十一月発売。旬のものには違いない。その辺は、仮の家庭でパパがワインを好きだったのでフジコもなんとなくわかる。
「なんだ、オオヤギのジジイ! 子供がいるっていうのに、こんなもん送りつけやがって!」
むむー、とネザアスは顔をしかめる。
「ネザアスさんは、お酒嫌い?」
「いやっ、そりゃ、嫌いじゃねえけど、寧ろ好きだが。本当は嬉しくもあるけど」
ネザアスは微妙な表情になりつつ、
「おれが酒に弱いとか余計なこと書きやがって! わかってんなら送ってくるなっつーの」
「大丈夫だよ。酔わないように、一杯だけにすれば」
「んー、そう言われるとー、いやいや」
ネザアスはそわそわしつつ、
「あ、生ハムとチーズもあるよ」
「くそっ、これは罠だ!」
奈落のネザアスは、苛立たしげに言ったものの、ちょっと嬉しそうだった。
夕飯が終わって早々。
ネザアスはソファでほぼ空のワインのボトルを抱えて、幸せそうにふわふわ寝落ちしている。
「ネザアスさん、寝ちゃったね」
きゅーとスワロが返事をする。
まあ、一杯では済まなかったのだ。ネザアスはつまみがあるのが悪い! と言い訳していたが、段々呂律が回らなくなっていった。
「お酒、意外と弱いんだね。パパの方が飲んでたなあ」
ぴーとスワロが呆れたように鳴く。
「風邪ひいちゃうと悪いから、毛布かけてあげようか」
フジコはそういうと、ネザアスに毛布をかけてやる。なんだか上機嫌なネザアスは、寝言で何か言ってえへへと笑っている。
平穏だ。
(意外と幸せそうだし、たまにはいいのかも)
しかし、不思議だ。
ネザアスは黒騎士である。黒騎士の彼は毒物に強いらしく、自分で毒を盛られても平気だし、腐ったものを食っても調子をあまり崩さないとも言っている。そんな彼が、アルコール程度のものにはなぜ弱いのか。
(もしかして、わざとなのかなあ。お酒に弱くしてあるとか?)
まだ子供のフジコには、酒の魅力も効能もよくわからないけれど。
しかし、味覚もなく食事を楽しむという感覚のないネザアスにとって、酒だけは香りだけでなく、ふんわり楽しく酔える感覚まで味わえて楽しめるものなのだ。それに、彼は本来、黒騎士の常として、いつも敵の気配に反応していて心が休まらない。たまにこうしてリラックスできるなら、酒も悪いものではないのかもしれない。
それをわかっていて、わざわざワインを調達してきて箱に入れたのだとしたら。
(ドクターさんは、本当にいい人なのかも)
そう思いながら、食器を片付ける。
ネザアスにも、そういう協力者がいるのは意外だが、ちょっと安心した。
食器を洗ってから、箱の中の他の食材なんかを整理する。中には別に旬でもなんでもない、ただの食料も入っていた。チョコレートやクッキー、林檎やみかんなど。
「ネザアスさんがザクロ好きじゃないなら、あたしが食べちゃおうかな」
フジコはそう言ってザクロを取り出す。
と、その時、箱の中に透明の小分けのビニール袋が入っているのを見つけた。小さな鍵がある。最初、秘密の花園に入った時の鍵のような、ちょっと可愛い形。
メモが貼り付けてあった。
『お嬢ちゃんと旅をしているらしいので、僕が昔携わったメリーゴーランド付近のエリアに入る鍵を入れておきます。多分、そんなに破壊されていないと思う。運が良ければ、パレードが見られるよ。せっかくだから、楽しく過ごしてね』
「パレードだって!」
肩でメモを覗いてるスワロに話しかける。ぴ、とスワロが鳴いた。
「ドクターさん、優しい人みたいだね」
ぴぴ、とスワロが同意するように鳴く。信用しても良いみたいだ。
「目が覚めたら、ネザアスさんに相談しよう」
段ボールを片付けてから、フジコはザクロを洗って四つに切り、中の粒を洗ってお皿に盛った。
まだすやすや寝ているネザアスの向かいに座って、フジコはザクロを口にする。
酸味もあるけどなかなか甘い。仮の家庭にいるときは、酸っぱいと思ったが自分も大人になってきたかも、と思いつつ、もうひとつまみする。
「結構美味しいな。ヨーグルトとかあれば良かったね」
フジコがスワロと雑談しながらザクロに手をのばした時、いきなり、その手をネザアスの手が掴んだ。
びっくりしてフジコは固まる。
「ダメだ!」
「ネ、ネザアスさん?」
「ウィス、ダメだぞ! ザクロは全部食べちゃダメだ!」
まだ酔いが残っているらしいネザアスは、妙にまじめだ。
「え、え? ど、どうして?」
戸惑うフジコの手を痛いくらいに掴んでいたことに気付いたらしく、ネザアスは手を解いたが、
「奈落でザクロを食べると、上に戻れなくなっちゃったらどうすんだ! そういう話あるんだぞ?」
「え? 何?」
「昔、ペルセポネってお姫様がー」
寝ぼけ気味のネザアスが、そんなことを真剣な顔で語るものだから、フジコは思わず笑い出す。
("パパ"と同じこと言ってる)
「な、なんだよ。笑い事じゃないんだぞ! 縁起でもないんだからっ!」
縁起を担ぐタイプでもないくせに。笑われて、ネザアスがちょっとムッとした顔になる。
「ごめんなさい。でも、あたし、ここにいなきゃならなくなるなら、別にザクロ全部食べてもいいかなって思っちゃった」
「え、なんでだよ」
フジコはくすりとわらう。
「ネザアスさんが、そんなこと言うから余計だよ」
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