15.チーズケーキ・マジック ーおやつー
テーマパーク奈落を巡る旅は、基本的には食糧には困らない。
「ははー、やった! 冷凍庫がいきてるぜ!」
ネザアスが嬉しそうに声を上げる。
山を越え切ったところにある、おそらく何かの販売店だった建物。
テーブルと椅子があるから、カフェだったのかもしれない。他にも部屋があり、寝室もあったので、今日はここで泊まれそうだ。
というのは、うろこ雲を見てネザアスが言った通り、数日後の今日は雨が降っているのである。
「色々あるな、ここ! 他の電化製品も使えそうだし、メシには困らないぜ」
基本的に配給される固形食料を口にしていれば、別に生存にはなんの困ることもないという黒騎士のネザアスではあるが、彼はフジコには配慮してくれる。
ネザアス自体は、相変わらず味覚がうまく働いていない。フジコを通して、甘いだの苦いだの、なんとなく把握しつつあるようだが、まだよくわからないらしいのだ。
「訓練次第ではいけるらしいんだけどなあ」
と彼はぼやく。
「フルタイプメイドの黒騎士でも、甘いもの好きなやつとかいたし……」
つまり、まだまだ訓練が足りないということだろう。
そんな彼が食料確保に熱心なのは、彼が食事を美味そうに食べる他人を見るのが好きだということもあるようだった。
「おれは味がわからねえけど、だからこそ、美味そうに食ってるの見ると気分がいいんだよな」
そういうことを言う時の、奈落のネザアスは、妙に無邪気であどけない感じがする。
黒騎士がなんなのか、フジコはまだ全て知らないけれど、なんとなくわかってきたこともある。
多分、彼らは人工的に作られた存在で、しかし、アンドロイドというわけでもなく、非常に人間に近い性質だ。見かけで区別することはできない。そして、彼らを構成するのは、おそらく
今だって窓の外を見ると、向こうの空で滝のように降り注ぐ黒い液体のようなものが見えるが、あれの材料と同じもので彼らは作られている。
そうなのだとしたら、大崩壊の時の黒騎士の発狂と叛乱は、彼らが汚染に強いが悪意に影響されやすい物質で作られているからかもしれない。
奈落のネザアスは、自分でフルタイプと言っているので、おそらく純度が高い黒物質を持つ黒騎士で、元々人だったわけではないのだろう。それゆえに、まだちょっと人間になりたてのようなあどけなさがあるのかもしれない。
ただ、味覚が削がれたのは、そういう理由からだけではないと思われた。
(夢の中のことが本当なら、ネザアスさんを作った人は、多分怖い人なんだ……。わかってて、わざとネザアスさんに味覚を与えてない)
フジコには、この間の夢がひっかかっている。足の捻挫はすっかり良くなったのに、夢だけが心のどこかで重く居座る。
あれがもし本当のことなら、スワロが魔女というのも確かなこと。しかし、
あれが本当のことかなんて、ネザアスにもスワロにも聞けないけれど。
あの青年は、彼が絶対に自分に逆らわないようにした上で、彼の優しさだけを自分に向けるようにした。おそらく子供を愛するようにしたのも、自分に逆らわせないためだ。青年も、かつては子供だったのだから。
そして、そうまでして縛ったくせに、きっと古いおもちゃに飽きてしまうようにして、彼らをここに捨て置いてしまったのだ。
「どうした? 最近また元気がないな」
冷凍庫から箱を持ち出したまま、ネザアスがそばに来てそう言った。
「ううん、大丈夫」
「そうか。それならいい」
ネザアスは目を伏せて笑う。
「そうそう、今日発見した冷凍庫の中な、ケーキとか菓子類が入ってたぜ。こういうの好きだろ!」
とネザアスは持っていた箱をテーブルの上に置いた。冷凍チーズケーキだ。
「わ、本当だ! 美味しそうだね!」
しかも、このタイプ、多少は凍ったままでも美味しく食べられるのだ。つまり、長い時間、解凍を待たなくても良い。
「へへ、だろ! ここ、多分ケーキ屋かなんかだったんだよな。もうちょっとで三時だし、おやつの時間ってやつだろ!」
「ええ、お茶の準備するね! その間に溶けてくると思うよ」
フジコは、心に沈んだ暗い気持ちを払い除けようと、あえて明るく返事をした。
お茶と珈琲の香りが室内に漂っていた。
ネザアスは味覚が効かない分、香りには敏感だ。彼は珈琲の方が好きらしいが、そのじっとりと芳醇な香りが好きなのだと言う。
「珈琲があって良かったね」
「だな。珈琲は結構貴重なんだぜ。なんでか残ってないんだよなァ」
ネザアスはぼんやり言いながら、長い足を組んで珈琲を啜る。
「お茶はたくさんあるけど、あたし、あまり詳しくないんだ。これだって、適当に一つ選んだけど、なんなのかわからないの」
肩にスワロがやってきている。スワロにも香りは認識できるのか、となりで小首を傾げていた。
「ふふーん、おれはわかるぜー」
急にネザアスが得意げになる。
「わかるの?」
「昔、船で別の国を旅していたことがあってな。そこの国は珈琲のが多かったけど、紅茶にもそこそこ詳しいぜ。船の中にいろんな国のやつがいたし。お前の紅茶は、アールグレイってやつで、フレーバーがついてるんだ」
「そうなんだ。香りだけで良くわかるね」
「紅茶は香りでわかるぜ。特にそいつは香り付けしてあるから」
ネザアスはそういう。
そういえば、意外とネザアスは博識だ。そういうキャラクターでもなさそうな、どちらかというと粗暴な感じなのに、変なところでインテリ風。フジコより長い時間生きているせいも、多少あるのかもしれないが。
チーズケーキを食べる。まだとけきっていないそれは、シャリっとして濃厚で甘い。冷たくて、それでいて舌先で柔らかく溶けていく。
「これ、美味しいね」
「それなら良かった。おれとしても、冷たくてシャリっとしてて、美味い気がするぜ」
ネザアスも、多少は楽しみ方がわかってきたらしい。
「うん、それなら良かったな」
フジコが嬉しそうに笑う。
「最初にくれたドーナツも可愛くて美味しかった。あれ、今度ネザアスさんも一緒に食べてみよう」
「それもそうだな。今なら違う感想が湧くかもな。この仕事終わったら、一緒に買いに行こうな」
「楽しみだね」
その返答に、フジコが機嫌をよくする。
その顔を見てようやくネザアスが、安心したような顔になった。
「へへ、やっぱ甘いもん食うと娘っ子は元気出るんだな」
ネザアスはしみじみと言う。
「三時のおやつっていいな」
「そうだね」
フジコは、ふとあの夢のことを忘れて、ふわっとした軽い気持ちになった。
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