6.サプリメントナッツ ーどんぐりー

 雨が降り続く。

 そうなると無理に進めないので、すみかに引きこもることになる。


 ネザアスは、戦闘以外の時はやる気がないところもあって、真っ昼間からソファで寝倒している。

 そんな彼を尻目に、フジコはお部屋の掃除をしていた。

「ネザアスさん、結構、ぐうたらなんだなあ」

 きゅ、と小鳥のスワロが肩で鳴く。同意しているらしい。

 こうしているとネザアスは、ただのダラシない、ちょっと強面のにーちゃんと言った風だが、たまに格好が良いのは悪質だ。

「スワロちゃんは、ネザアスさんとずっと一緒にいるんでしょ?」

 ぴ、とスワロが鳴く。

「だったら、ネザアスさんのこと、よく知ってるんだろうな」

 スワロに仕込まれた人工知能がどれほどヒトに近いレベルはわからないが、ある程度スワロには感情があるらしい。ただ会話はできるが、反応は大体機械的だ。

 掃除を続けていると、戸棚の前に、どんぐりでできたヤジロベーがいくつか揺れているのが見えた。

 ここは、秋の、特に晩秋のエリア。森のようになっている場所に、どんぐりが落ちているのは時々見かけていた。

 それを使った工作らしい。

「これ、ここが遊び場だった時の、子供たちの工作なのかな?」

 そのうちのひとつ、うまくバランスが取れているけれど、右側の腕が壊れているものがある。

 ふと、フジコはそれに目を留めた。

 実は気になることがある。


「スワロは魔女なんだ」

 ネザアスが午前中にそんなことを言った。

「前にも言ったろ。構成要件は果たしてるはずなんだぜ」

 ネザアスは、スワロを非常に良く可愛がっている。その時もネザアスは、ソファにもたれかかって左手でスワロを撫でていた。

 黒騎士、奈落のネザアスは、なぜか右手を使わない。彼の右手はいつも着物の袖に飲まれたままだ。

 そのことがフジコは気になるものの、どうも触れられていない。

 それと同じぐらい、スワロがなぜ魔女なのに、機械仕掛けの小鳥なのかも触れづらい。

「魔女って大変だよな。中央の奴ら、なんでお前らみたいな娘っ子に、こんなことさせてんだろう」

 ネザアスがそんなことを言う。

「あの化け物なんとかしてえなら、本当は俺みてえな黒騎士量産すりゃあいいんだよ。"アイツ"だってわかってるはずだ」

 ネザアスが時々いう、"アイツ"は、多分偉い人のことなのだと、フジコは勝手に思っている。


「魔女ってことは、多分、あたしの喉とスワロちゃんは同じのでできているのよね」

 それを思い出し、フジコはぽつんとそう言った。

「魔女の構成要件って、確か灰色物質アッシュ・マテリアルってナノマシンの有無だってきいたの。他にもいろいろややこしい決まりがあるらしいけれど」

 フジコは箒で掃除しながら、箒の先にとまったスワロを見やる。

「スワロちゃんも、本当は女の子だったりするのかな」

 それは素朴な疑問だ。

 フジコが知っている限り、魔女になるのはもっぱら少女だった。養成所でも、男の子は見かけなかった。理由はわからない。ナノマシンとの相性が体質的に良くないのかもしれない。

 とはいえ、絶対に女性でないといけないというわけでもないだろうから、魔女と名のつけられた少年もいるのかもしれない。わからない。

 ただ、もし、目の前のスワロが少女だったのだとしたら、なぜこの姿をしているのか。

多分だけれど、そこには悲しい理由があるのかも。

 魔女の、まだ見習いだけれど、複製の九番目のフジコには、それがなんとなく予想されるのだ。

 スワロはその質問に答えてくれるほどには、人に近い反応は示さない。

「スワロちゃんともっとおしゃべりできたらいいのにね」

 玄関には落ち葉に紛れて、どんぐりが入り込んでいた。

 外から雨の音がする。



「お、なんだ。掃除してくれてんのか?」

 台所をお掃除していると、リビングで寝ていたはずのネザアスが、ふらっと玄関から歩いてきていた。

「おれ、そんなに汚してねえと思うけどな」

「ええ。でも、留守にしていたからか、結構、埃の溜まっているところがあったの。それに、落ち葉がたくさん玄関に入り込んでたから玄関と思って」

「そうか。ありがとうな」

 ネザアスの肩が濡れている。

「あれ? ネザアスさん、外に出ていたの?」

「んー、寝覚の散歩と雨の確認に、ちょっとだけな。雨な、明日くらいにはこやみになりそうだ」

 そういうネザアスがなにかにぎっている。

「なに?」

「ああ、拾いもんだ」

 ネザアスはそういうと、握っていた手を開いた。そこにはどんぐりがいくつかある。

「あれ、これ、どんぐり?」

「そこの森で落ちていた。ここ、秋のエリアだからな。えんえんと落ち葉だのどんぐりだのが落ちてくる」

「え、それ、なんだかこわい」

「こわくねーよ。秋の風物詩だろ。紅葉だってありがたがられたし、どんぐりはそれ使って昔ガキどもが工作したりしてた。そこにヤジロベーが飾ってあるだろ。まあ、今日拾ってきたどんぐりは、確かに用途が違うが」

「用途? 溜まっていかないの?」

「たまらねえよ。撤去されんのも早いぞ。こいつは、あの化けもんどもの好物だからな。特にあの猪のやつ。いうだろ、どんぐりで豚育てるとうまいとかなんとか。そういや、これ食ってるし、あいつもなんかするとうまい豚肉になるのかな」

 どんぐりで育てた豚の肉、聞いたことはあるけれど、あのどろどろのケモノをみてうまい豚肉を連想する気にはなれない。

「アイツらがガッツリ食ってくれるから、最近、道にこいつは残ってなかったんだが、俺がこれを拾ったってことは、アイツらが引き上げたってこと。だから雨が止むってことな」

「雨の時しか獣は出ないの?」

「そういうわけじゃねえが、あいつら、乾くのは苦手なのさ。強い雨が降るとより活動的になる。だから、雨の日に食いだめしてるというわけだ。うまくいけば、明日は出発できそうだぜ」

「それは良かった」

 けれど、ネザアスが何故どんぐりなど拾ってきたのだろう。

 と思っていると、ネザアスはそれをキッチンで軽く水洗いして、歯でパキンと殻を割る。

「え、食べられるの?」

「俺にはな」

 ネザアスはそうことわる。

「あの雨の影響もあってか、今のあの木は変質している。その木の実は特別な栄養素が詰まっていてな、泥の獣のアイツらがそうであるように、黒騎士の俺には定期的に補給しなきゃならんやつがある」

 ネザアスは言った。

「ま。おれにとってはちょっとしたサプリメントみてえなものだ。おれは味がわからねえが、多分、苦い、ってやつだと思うし、お前らにはお勧めしないぞ」

 黒騎士は、やはり不思議な存在だ。一体、どうして彼らはあの泥と同じ物質で作られてしまったのだろう。

「でも、それ、生より煎ったほうが美味しいし、食べやすくないかな?」

 フジコはせめてそう提案する。

「ああ、それはそうかもな。上層アストラルの基地では茹でたやつが出てた。ここじゃ、こういう強化サプリメントは現地調達だったから生しか食べてねえな」

 いくらなんでも、あの獣達と同じ扱いはあんまりだ。もしかして、中央からは最低限の補給しか、彼にはされていないのかもしれない。

(ネザアスさん、中央でどういう立場の人なんだろう)

 フジコの視線の先で、右側の壊れたヤジロベーが微かに揺れていた。

 彼が壊れたまま放置されているのでないことを、フジコは無意識に祈っていた。

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