5.夜長の白蛇 ー秋灯ー
このテーマパーク奈落には、いくつかのコンセプトがあるらしいのだが、この周辺のエリアは花札に沿っているのだとかなんとか。
そういえば、魔女だって十二の月に沿っていて、フジコはウヅキの魔女の候補である。中央のエライヒトは、そういうのが好きなのだろうか。
黒騎士ネザアスと彼女が出会ったのは、霜月のエリアだった。
そのせいか、個別管理されている花園の花畑などのもの以外は、基本的には周辺は秋の気配に支配されていた。なんでも、エリアによって気温などが違うのだとかいう。
そんなこともあってか、この周辺は夕暮れが早い。
その日は強い雨が降っていて、フジコとネザアスは、ネザアスが普段暮らしている住処の一つという場所に逃げ込んでいた。
普通の一軒家に見えるそこは、廃墟というほどには荒れていない。やはり人が住むのと住まないのでは大違いだ。
「あーだめだ。こんだけ降ると、お前連れて移動は無理だな。感染リスクが高すぎる」
外から帰ってきたネザアスが、傘の水滴を振り、フジコが用意したタオルで肩のあたりをふく。
「雨が止むまでこの住処で待機だぜ」
「あの、ごめんなさい」
フジコは思わず謝るが、ネザアスはきょとんとした。
「
「だって、あたし、足手まといだから」
フジコは目を伏せた。
「あたしがいなかったら、もっと早く進めて、ネザアスさんも任務を済ませられたんでしょう?」
「変なこと気にするな、ウィステリアは」
ネザアスは苦笑する。
「足手まといって? おれはアイツらを叩き潰すことはできるけど、浄化するのは無理だぜ。お前がいなきゃ意味がねえよ。あとな、おれに与えられた命令は、お前を守って案内することだ。それは、お前が無事じゃなきゃだめだ」
ネザアスは言った。
「それにおれはどうせ暇だし。黒騎士のおれにまともな仕事は回ってこないんだからよー。黒騎士って、本当はフリーランスのことなんだぜ」
皮肉っぽく笑って彼はいう。
「一応、おれは中央直属。おれに命令できる奴は一人しかいない。だが、それは他のやつから仕事が来ねえってこと。俺の時間のことは気にしなくていい。ゆっくり行けば良いんだよ」
「はい」
「へへ、それにお前は久々の客だ。だから、お前の都合が第一なんだ。わかったな?」
くしゃっと頭を撫でられて、フジコは思わず赤くなる。
ネザアスは、これで命令に忠実な黒騎士だ。命令で優しくしてくれているだけで、フジコが特別なわけじゃない。
とは思うのだけれど、時々、ネザアスは卑怯なまでにあどけなく優しい。本当は暴力的で冷酷な黒騎士だということを、フジコはわかっているのだが。
ネザアスと軽い夕食を済ませる。ネザアスはソファにばさっと座って、長い足をオットマンに伸ばす。
「しかし、あっという間に夜になるよな。もう外、真っ暗だぞ。秋のつるべ落としって本当だよな?」
「それって、ここが秋だからってことなの?」
尋ねると、ネザアスは頷く。
「壊れてるところもあるから、一定じゃねえんだけどな。気候や日照時間の調整は、エリアごとになされている。そのシステムはまだ壊れていない」
ネザアスは、機械仕掛けの小鳥のスワロに何かしら食べさせているらしい。燃料になる餌のようなものらしいが、フジコには何なのか良くわからなかった。見かけは豆みたいなもので、はた目には小鳥に餌をあげている姿そのものだ。
「しかし、暗くなるってのは、俺たちにはあまり都合が良くない。夜はアイツらの活発に動く時間。今日は雨も降ってるから、早めに休むのが良いんだよな。ああ、そうこうしているうちに眠くなってきた」
あくびをひとつ。夕食後の奈落のネザアスはそのまま寝落ちしてしまいそうだ。
フジコはそんな話をききながら皿洗いをすませると、ちょっと視線をリビングの本棚に向ける。
ここは、意外にもたくさん本がある。ネザアスの住処の一つのここは、もとから本がある家だったのだろう。とはいえ、彼の趣向はある程度反映されているらしく、本を読んだ形跡がある。
本は小説や図鑑に言語の本。とにかく、いろんな種類。フジコが歌の勉強でならっただけの、異国の言葉で書かれたものなどもある。
(こんなに本読むんだ)
ちょっとフジコが失礼な感想を抱きかけた時、
「何だ。ウィス。本でも読んで欲しいのか?」
寝そうになっていたネザアスが、ちらりとフジコを見やった。
「いやあの、えっと」
(ネザアスさん、意外と難しい本読むんだなーとか言ったら、怒るかな)
フジコが言い淀んでいると、ネザアスがあくびをして起き上がってきた。
「霜月のエリアは、昔から秋の夜長でな。今から寝ても、夜更けに目が覚めてしまう。おれも退屈だし、せっかくだから、何か読んでやろう。何がいい?」
ときかれて、フジコはちょっと困った。
(あたしは、ロマンティックなおはなしがいいんだけど)
だが、ネザアスは恋物語など読みそうな男でもない。しかも声も恋愛向けでもない。こう見えて、彼、ちょっとハスキーないい声をしている。けれど、基本的にその声は能天気かつ、不意に憂鬱に沈む気配がある。冒険小説や怪談には向いているかも。
「それじゃあ……これ、かな?」
とりあえず、表紙だけで知らない異国の物語みたいなものを選んで渡す。
「お、これは、蛇女の話だな」
「蛇女?」
怪談を読みたい気持ちじゃないのだが。失敗したかなと思った時、ネザアスが言った。
「これはな、
後半をかなり端折って、ネザアスは言う。
「なんていうか、お前みたいな小娘は気に入るかもな。結構面白いぜ」
(あれ、そんな恋愛要素のある物語なの、これ)
似合わないから気を遣って、恋愛ものは避けようと思ったのに。
まあよいか。
「それじゃあ読んでやるか。せっかくだから、雰囲気出そうぜ」
ネザアスが電灯の光を弱めて、カフェテーブルの上にあるランプに火を入れる。
とたん、柔らかな光があたりを包む。
「隣、座れ」
指示されて隣のソファに腰掛けて、長い足を組んだネザアスの膝の上の本を覗き込む。難しい文字がびっしりあってちょっと驚くが、そんなふりをしながら顔を上げると柔らかい炎の光に照らされてネザアスの顔が、いつにもなく大人びて知的に見える。
(ネザアスさん、たまに卑怯だなあ……)
普段はやんちゃな子供みたいな顔してるくせに、こういう時の彼はどきりとするほど大人の男に見える。
彼が読み上げる異国の恋物語の内容もあまり頭に入らない。うっかりとフジコはドキドキしてしまう。
灯火が揺れる中に、声が響き、夜はそっと更けていく。
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