奏の成長

「あ、この猫ちゃん可愛い……」

「本当ね」

「ふふっ、このふにゃっとした顔が良いねぇ!」


 思えば、朝に奏が居る光景というのも新鮮だった。

 昨日はあんなことがあったわけだけど、もう俺と奏の間に気まずさは……まあ元々なかったけど心配されるようなことは何もない。


(……ほんと、一気に色んなことが変わっちまったなぁ)


 仲良くソファに座りながら、朝の情報番組に目を向ける三人の美少女……彼女たちの背中を見つめながら俺はそんな風に感慨深い気持ちになっていた。

 頬杖を突く俺の隣に座っている咲奈さんがクスクスと笑みを浮かべ、空いている俺の手を優しく握りしめた。


「少しだけ残念に思いつつも、隼人君の中にある芯のようなもの……でしょうか。それを改めて知れて嬉しかったですよ」

「そう……ですかね」


 曲げられない芯……言ってしまえば今の現状を変えることはしないというものだ。

 そもそも三人の女性を傍に置いている時点で芯も何も無いとは思うんだが、それでも今を受け入れ彼女たちと生きていくことを決めたからこそ……今の俺を形作ってくれているのが彼女たちだからこそ、そこは甘くなれなかった。


「ま、実際キャパオーバーではありますよ。今の現状がそもそも普通と違いますし」

「それは確かにそうですね。まあでも、どんなことがあってもそれを受け止め支えるのが私たちです。あなたを包み込み、癒すのが私たちなのですから」

「あ……」


 ゆっくりと引き寄せられ、その豊満な胸元に顔を埋める形になった。

 なんというか……本当に事あるごとに、それこそ気分が落ちた時にはこうされることが多いのだが、この行為にいやらしさを感じるわけもなく心から安心する。


「いつだってこうしてあげますからね? それと同時に、奏ちゃんも同じように安心させてあげると良いのではないでしょうか。これから先の付き合いももっともっと続くでしょうから」

「そうですね。いつまでも彼女が胸を張って兄だと言える男で在り続けますよ」

「……………」


 昨日も思ったけれど、それが本当に今の俺が抱く強い想いだ。

 咲奈さんから離れてそう言ったところ、何故かポカンとした表情で咲奈さんが俺を見つめており、当然そんな顔をされると俺はどうしたんだろうと見つめ返す。

 ジッと見つめていると、咲奈さんは段々と顔を赤らめ……次にお腹の下を撫でながらボソッと呟いた。


「本当に素敵です……ふふっ♪」


 っと、母としての顔を引っ込め、完全な女の表情をこれでもかと見せていた。

 そんな咲奈さんに思わず伸びそうになる手をグッと堪えつつ、俺は亜利沙たちの元へ向かいその後の時間を楽しんだ。


「奏、楽しめたかしら?」

「うん。凄く楽しかったよ」


 夕方になったところで奏の迎えに訪れたのは母の菫さんだ。

 亜利沙と藍那だけでなく、咲奈さんともすぐに打ち解けた菫さんでもあるので結構話が弾んでおり、俺と奏はそれを見つめながらゆったりとした別れまでの時間を過ごす。


「本当に楽しかったですお兄さん」

「そうか。そう言ってくれると俺としても嬉しいよ」

「それに……えへへ、残念ではありましたけどこれもまた一つ前に進みましたから」

「……そうか」

「はい♪」


 最後の最後まで、奏は笑顔を浮かべてくれていた。


「お兄さんの妹はずっと私だけのモノです! それは譲りません!」

「……ははっ、そんな心配をしなくてもずっとそうだよ。たとえ血の繋がりがなくてももう奏は俺の妹だ……って、昨日も似たようなことを言った気がするな」

「いつだって言ってくださいよ。その度に私は嬉しくなって……その、もっともっとお兄さんのことを大好きになります。もちろん兄として!」

「おっと……」


 ギュッと抱き着いてきた奏の受け止める。

 しばらくそのままだったが、顔を上げた奏はやっぱり笑っていて……そんな彼女は俺から離れて菫さんの元に戻った。

 それから俺も菫さんと少し話をした後、彼女たちは車で帰って行った。


「本当にいい子ね」

「……あぁ」

「可愛い妹が出来ちゃったなぁ本当に♪」


 これからもきっと、今以上に奏は俺たちと関りを持つことになるんだろう。

 奏が望んでいた最善の結末ではなかった……だからこそ、これからも俺はあの子が望む兄として接していく……それが大切なことなんだと胸に刻んだ。


▽▼


「……………」

「奏? どうしたの?」


 助手席に座る奏はただ景色を見ていた。

 母に名を呼ばれたことで反応はしたものの、特に返事をすることはなく……ジッと景色を見つめ続けている。

 菫は奏の母だ……故に、奏の違和感にも当然気付いている。


「お兄さんに……」

「えぇ」

「お兄さんに……告白したの」

「……そう」


 それっきり、奏は何も言わなかったが菫にはやはり理解出来ていた。

 娘が抱く気持ちには気付いており、尚且つ隼人にその気があればいつだって娘を任せようと考えていたほど……だが、こうなることも予測……否、こうなるだろうという直感があったのだ。


(……話をすればするほど分かったものね。隼人君と彼女たちの絆はあまりにも強く誰にも邪魔出来ないものだから)


 ただ……それでも奏の様子が深刻なモノではないことは分かるので、その点に関しては菫も安心している。


「お母さん。私……これからもお兄さんの妹で居たい……えへへ、そう思えるのもまた幸せなことだよね」

「……そうね。良い顔で笑うじゃないの」

「当たり前じゃん。お兄さんが大好きって言ってくれた笑顔だよ?」


 あらあらまあまあと菫も笑顔以外に浮かべられないほど、あまりにも奏の様子は微笑ましかった。

 一つの想いが実を結ばずとも、別の形での幸せを手にした娘の姿に菫はどこまでも嬉しそうだった。


【あとがき】


WEB版では高校二年から、書籍では高校一年からなので色々書き方に気を付けなければとしみじみ。

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