それもまた一つの答え

 その日、夜になるのは早かった。


「……奏が……なぁ」


 奏に好きだと、愛しているとそう伝えられた。

 その時の奏の表情はとても真剣なモノで、そして何より本気で俺に対してそう思っていることを感じさせた。

 結局その時は何も言わなくて良いからと奏に伝えられてしまったが、彼女の抱える気持ちを知ってしまうことにはなったわけだ。


「悩んでるわね隼人君」

「まあな……」


 ベッドの上で壁に背中を預ける俺に亜利沙が寄り添っていた。

 奏に告白をされたからといって今までの接し方にそこまでの変化があるわけではなかったので、俺は今まで通りに奏と接していた。

 だから彼女を連れて家に入った後も、そして先ほど一緒に夕飯を済ませるまでも今までと変わらずに会話をしていたほどだ。


「でも何となく、奏ちゃんのことも分かるのよね。私と藍那は奏ちゃんの気持ちに気付いていたし、隼人君も何となくは気付いていたんでしょ? 従妹だからということでそんなことはあり得ないと思いながらも」

「あぁ」


 そう、改めて今までのことを考えれば容易に分かることでもあった。

 確かに奏は俺にとって従妹であり、それを知ったのは全くの偶然だが彼女と出会った縁は大事にしたかったし、俺のことを慕ってくれる姿はとても可愛くて……だからこそ従妹だと分かった時ずっと大切にしたいと思ったのだ。


『お兄さん♪』

『お兄さん!』

『お兄さん……♪』


 いくつもの奏の表情が脳裏に浮かんでは消えていく。

 正直なことを言えば奏にドキドキしたことも多かったし、何よりふとしたことで寄り添ってくれる彼女が傍に居てくれることに喜びを感じるのも確かだった。

 それでも俺の中にあったのは亜利沙と藍那、そして咲奈さんだったのはいうまでもなく……結局、俺の心はそこから何も変わりはしない。


「……答え、出ちゃったのかしら?」

「そうだな。ぶっちゃけ流されてしまえとも思ったよ。けどやっぱり俺の中の答えはもう出ている――もしかしたら、亜利沙と藍那にとっては残念かもしれないけど」

「……………」

「奏の所に行ってくるよ」


 亜利沙にそう告げ、俺は奏が居る部屋の前に立った。

 どうやら中では藍那と話をしているらしく、仲の良い様子がこれでもかと伝わってくると同時に、奏はどんな顔をするんだろうと少し憂鬱になりそうだった。

 それでも伝えるべきところはしっかりと伝える……それがお互いのためだし、何よりこれからに向けての大切なことだから。


「入って良いか?」

「うん。良いよ~」

「お兄さん……?」


 お許しが出たので中に入る。

 まあ自分の家なので許しをもらう必要なんて全くないのだが、一応女の子だけの部屋に入るわけだし……ね? それくらいの配慮というか、気遣いは紳士としてやっぱり大事だ。

 中に入ると笑顔の藍那と、少しだけ気まずそうだったがすぐに笑顔を浮かべた奏に出迎えられた。


「どうしたの~?」

「ちょっと奏と話がしたくてさ」

「っ……」


 ビクッと体を震わせた奏を見て藍那も察したのだろう……そして何より、藍那も亜利沙と同じようにそれ以上のことも察したようだった。

 スッと立ち上がった藍那はそのまま部屋を出て行き、残されたのは俺と奏だけ。

 彼女の隣に腰を下ろし、ゆっくりと話し出した。


「今日は楽しかったか?」

「……はい。とても楽しかったです」

「そうか。なら良かった」


 そこで会話は途切れたが、こういう時に俺がしっかりしなくてどうするんだと己自身に喝を入れる。

 パシッと軽く両頬を叩き、勿体ぶるようなことはせずに言葉を続けた。


「俺は……奏のこと、大事な妹だと思ってるよ」

「……はい」

「正直……俺は自分のことを好きだと、愛してくれるって言ってくれた人の気持ちには全部応えようとか……ある意味で流されても良いかなとか一瞬思ったんだ。既に三人の女性と気持ちを交えた時点で何を言ってんだって話だけど……今の俺を形作ってくれたのは彼女たち……だからな。そこだけは変えられなかった」


 奏のことを愛おしく思う……やっぱりそれは一人の妹としてだった。

 色々とドキドキしたりさせられたりしたことはあった……あったけれど、やっぱりそれ以上ではなかったし、実際に口にしたが今の俺自身を形作っているのが亜利沙と藍那、そして咲奈さんなんだ。


「……えへへ、フラれちゃいましたね」

「……………」


 奏はただ笑うだけだった。

 少しだけこちらの心が張り裂けそうな儚さも見せたものの、彼女はクスッと笑って俺の手を取り、そのまま胸元に顔を埋めるように抱き着いてきた。


「怒らないで聞いてくれますか?」

「あぁ」

「……お兄さんのことです。もしかしたら受け入れてくれるかもと……迷いながらも応えてくれるんじゃないかって考えてしまったんです」

「……………」


 それこそ状況に流されてしまうってやつかな……?

 離れない奏の頭を優しく撫でながら、これで良かったのかと自問自答する……亜利沙と藍那、そして咲奈さんの時にも思ったけれど……俺がこんな悩みを抱く日が来るなんて本当に思いもしなかった。


「お兄さん」

「うん?」


 顔を上げた奏は……目がとても赤かった。

 薄らと涙を流したところを見ると今の言葉を嘘だと言って、本当はこうなんだと伝えて安心してほしい……なんて傲慢なことすら考えそうになる。

 でも……彼女は、奏はどこまで行っても俺の妹なんだ。


「私……これからもお兄さんの傍に居たいです。血の繋がりはないですけど、妹としてあなたの傍に居たいです」


 そう言って奏は満面の意味を浮かべた。

 一緒に居たいと願ってくれるのは嬉しいことだし、俺もそのことに対して嫌だなんて言うつもりはこれっぽっちもなかった。

 奏の表情は清々しいもので、色々なことに納得している様子を窺わせた。


「でもこれから大変かもしれないです。お兄さんよりも素敵な人を見つけられるかどうか……う~ん、一生独身かも?」

「いやいや、俺より良い男なんてたくさん居るよ。ま、変な奴には絶対に渡さないけどな!」

「……うふふ♪」


 その後、亜利沙と藍那が部屋に入ってきてしばらく話し込んだ。

 俺の出した答えを尊重してくれただけでなく、彼女たちも奏のことを俺と同じように大切な妹みたいに接することも約束してくれた。


(本当に贅沢な悩みというか、やれやれって感じだな)


 まあでも、俺自身も彼女が胸を張って兄なんだと言えるような……そんな人間でこれからも在り続けようと強く思うのだった。



【あとがき】


美人姉妹――“おとまい”と略称も付きましたが、二巻の作業も終わりました。

書籍の方を読んでくださった方は分かると思うのですが、本当にストーリーが結構違いますし、色んな部分の変更点もあります。


なのでこっちはこっちでWEB版という書籍とはまた違うストーリーみたいな感覚で楽しんでいただけると幸いです。

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