奏だって我慢が出来ない

 奏を助けるために再びカボチャを被った俺だったが、無事に彼女を助けることは出来たみたいだ。

 既に警察の男性は歩いて行ってしまったが、ある意味こうして頼りになる警察という知り合いが居るのは心強いことかもしれないな。


「お兄さん♪」


 傍でジッと俺を見つめ続ける奏の様子に俺は苦笑しつつ、もう大丈夫だという意味を込めて頭を撫でた。

 脇にカボチャの被り物を抱える男が美少女の頭を撫でるこの光景が何ともシュールではあるが、まあこいつは俺に勇気をくれたアイテムでもあるから持ってて恥ではないと思っている。


「よしよし」


 サラサラの黒髪を撫でてあげると奏は嬉しそうに微笑んだ。

 こうして奏の相手をしていると一緒にいる友人たちに迷惑だろうし、俺はすぐに立ち去ることにした。


「こうやって会えたのは嬉しかったけど今からちょい用事があるんだわ。俺はそろそろ行くよ」

「……あ」


 切なそうな表情になった奏に申し訳なく思いながら俺は友人の家に急いだ。

 しかしある程度歩いたところで後ろから誰かが駆けてくる足音が聞こえ、誰かと思えば額に汗を浮かべた奏だった。


「はぁ……ふぅ……お兄さん!」

「奏?」


 友達二人の姿は見えないが一体……。

 どうしたのかと聞くとさっき友人とは別れたらしく、もし良かったらこれから俺と一緒に居たいのだと彼女は口にした。


「もうここに来たからアレだけどさ、良かったのか?」

「はい。どうも私の様子からお兄さんと一緒に居たいのを察してくれたようで、それで気にしないでと逆に背中を押されました」

「そうなんだ」


 そうか……なら良いのかな。

 俺としてもすぐに用事を済ませて帰る以外にやることはないし、大事な妹分からそんな風に言われてしまって頷かないわけにはいかない。

 もちろんこれは仕方なくという意味ではなく、俺自身もそれを望んでいるからだ。


「それじゃあ一緒に行こうか。その前に用事を済ませないとだけど」

「もちろんです。お兄さんの傍に居れるのならそれで♪」


 ギュッと奏は俺の空いていた腕を胸に抱いた。

 そのまま奏と共に歩いていくのだが、いやはや何とも言えない異なる感触が両腕に伝わっている。


(片や大きく柔らかい幸せな感触、片や大きく固い無機質な感触……あまりにも極端すぎてなんも言えねえ)


 ニコニコと俺の腕を抱く奏は最高に可愛いが、逆にカボチャの方は憎たらしく人を煽る笑みを浮かべているようにも見える。

 以前に、というか何度もこんなことをカボチャに対して思っていたがマジで煽り性能が高いぞこの顔は。


「あそこが目的地だ。以前に奏も会ったことがある奴だよ」

「あ、もしかして?」

「そのもしかしてだ。ちょっと待っててくれな」


 奏から離れて目的の家に近づいた。

 しばらくするとパジャマ姿の友人が顔を見せ、俺は抱えていたカボチャの被り物を渡した。


「サンキュー隼人。これで準備は整ったぜ」

「別にいつものコスプレでも良いと思うけどな」

「偶にはこういった変わり種が良いんだよ」

「そうかい。じゃあな」

「おう!」


 そんな風に言葉を交わして俺は友人宅から離れた。

 奏は戻ってきた俺の傍にすぐ引っ付き、再びギュッと腕を抱いてきた。


「亜利沙も藍那もだし、咲奈さんもそうだけど奏もそれが好きなのか?」

「はい♪ こうしてるとお兄さんをとても感じることが出来るんです。お兄さんだって私のおっぱいの感触とか気持ち良いですよね?」


 その問いに対して俺はどう答えれば良いんだい?

 これが亜利沙たちなら自信を持って頷くし、何ならちょっと悪ふざけ込みで触ったりするのも日常茶飯事だがこれが奏だと話は変わってくる。


「……まあ悪くはないかな」

「えへへ、嬉しいです♪」


 あぁ、本当に可愛い笑顔をするんだよなこの子は。

 もしも今みたいに女性慣れというか、綺麗な微笑みに耐性がなかったらきっとこの笑顔の前にノックアウトしていたであろうことが容易に想像できる。

 かといって一目惚れしたからといって付き合おうと告白する度胸は絶対にないだろうが……まあそれだけ破壊力が凄まじい。


「取り敢えずどうする? このまま家に来るか?」

「良いんですか?」

「まあな。今は亜利沙が家に居て、昼前には藍那と咲奈さんも来るんだよ」

「なるほど……その、是非お邪魔したいです!」


 奏がこういうのであれば是非来てもらうことにしよう。

 一応奏にも家族に連絡するように伝え、俺の方も亜利沙に奏を連れて行くことを伝えた。

 するとすぐに待ってるからと返事が帰ってきた。

 返事が早いなと苦笑しつつ、どうやら奏の方も爆速で返事があったとのことで満面の笑みだ。


「じゃあ行くか」

「はい♪」


 再び奏は俺の腕を抱きしめた。

 男女が腕を抱く行為というのは大体が親しい関係柄だろう、その点で言えば俺と奏はある意味親しい間柄でもあるのでおかしくないと言えばおかしくない。

 しかしそんな事情を知らない人からすれば異様かもしれないこの光景、やはりそれは他者から見ればその通りだったらしい。


「おい堂本!」

「は?」

「?」


 近所のコンビニ差し掛かり過ぎ去ろうとした時、背後から聞き覚えのある男の声が聞こえた。

 振り返るとやはりそこに居たのは板橋で、奴はいつも以上に俺を気に入らない様子で見つめてきていた。


「さっきの逃げた人?」

「うぐっ……」


 そうだな、さっきの逃げた人だ。

 俺は思わず口元を抑えて笑ってしまったが、板橋からすれば痛い事実を突かれたとはいえ俺に笑われるのは癪だったらしい。


「笑うんじゃねえよ。つうかそんなことはどうでもいい! お前、何浮気してんだよ最低だなぁ!!」

「浮気?」


 俺は隣の奏と顔を見合わせ、あぁっと納得した。

 確かにそう思われてもおかしくはないかもしれないが、それを板橋にそんな風に嫌悪感を込めて指摘されるのは気分が良くない。


「まあそんな風に見られてもおかしくはないけどさ、お前に色々言われる筋合いはない。この子は俺の従妹になる子で大切な存在だ。お前の勝手な思い込みに付き合わせるんじゃねえよ」


 自分でも思った以上に冷たい声が出たように思える。

 板橋はまさかここまで言い返されると思っていなかったのか一歩退いたが……それよりも妙だなと俺は違和感を持った。


(……なんだ? 何か別のことに怖がってる?)


 板橋の視線は俺の隣に向いており、俺もゆっくりにそちらに目を向けて理解した。

 奏が板橋をまるで路肩の石を見つめるようにジッと見ていた……それこそ相手をする価値のないゴミだと言わんばかりの目だった。


「お兄さん、さっさと行きましょう。時間の無駄です」

「あ、あぁ……」


 まあ確かに時間の無駄だなと俺は奏に引っ張られる形でその場を離れた。

 もしかしたら板橋が何かを噂として流すかもしれない不安はあるものの、何を言われたところで動じることはなさそうだが。


「……お兄さん」

「うん?」

「大切な存在って言ってくれましたね?」

「言ったな」

「……っ~~!! 本当にお兄さんはどれだけ私の欲しい言葉をくれるんですか?」

「えっと……言いたかったことでもあるし、常にそう思っているからだけど」

「……はふぅ」


 あ、また奏がその場に尻もちを付いた。

 しばらく奏は動けなくなったが、俺は彼女が動けるようになるまでゆっくりと待っていた。


「ご、ごめんなさい……」

「別に良いさ。ほら、歩けるか?」


 奏を抱き起こして再び歩き出した。

 もうすぐ家に着くといった頃、奏がふと立ち止まった。


「……お兄さん、ごめんなさい」

「え? どうした?」


 突然謝られて俺は困惑する。

 ただ俺が何かをしたというわけではないようで、奏は俺が悪いのではないと教えてくれた。


「違うんです。ただ……もう我慢できなくなっただけなんです」

「我慢が?」

「はい」


 奏は俺から離れ、胸の前で両手を重ねるようにして言葉を続けた。


「お兄さんに会えなかった時はいつも、私は次いつ会えるんだろうって考えているんです。そして会えたら凄く幸せになって、胸が温かくなって……お兄さんの傍に居られることが嬉しくて、もっともっと触れていたいって思うんです」


 背後で誰かの足音が聞こえたが、俺はそちらに視線を向けることが出来なかった。

 それだけ奏から視線を外せなかったせいだ。


「お兄さん……私、お兄さんが好きです。一人の男性として、私はお兄さんのことを愛しています」


 その言葉に、俺はしばらく呆然と立ち尽くすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る