やってみせろよ隼人
「あれ、隼人君どうしたの?」
「あぁ実は……」
学校のない休日、朝から外に出ようとした俺は当然のように亜利沙に呼び止められた。
先日は亜利沙だけがこちらに泊まっていたので、朝も一緒に目を覚ましゆっくりとした時間を過ごしていた。
しかし少しだけ、本当に少しだけ外に出る用事が出来たのだ。
「実はこいつをあいつの家に持って行こうと思ってさ」
あいつとは俺の友人のことで、オタク街道まっしぐらのあいつだ。
俺が手に持っているのはカボチャの被り物なのだがこれを少しの間貸してほしいとのことで今から持って行くのである。
「珍しいわね。カボチャ様を貸してだなんて」
「カボチャ様て……」
どうやらまだ亜利沙はこのカボチャのことを神聖視しているらしい。
俺はそのことに苦笑しつつ、目を丸くしている亜利沙に事情を説明した。
「あいつまだ小さい従弟が居るんだけど、その子が明日遊びに来るんだと。それでこいつを被って驚かせたいんだそうだ」
「そうなのね。ふふ、彼に従弟が居たのは初耳だけど優しいじゃない」
「本当にな」
いくら驚かせたいからといってこの被り物をチョイスするあたり変わっているとは思うのだが、それでも別にこいつを貸すことに断る理由はない。
何ならずっともらってくれても良いのだが、やっぱり俺と彼女たちを引き合わせてくれたアイテムでもあるのでお守り代わりに取っておくか。
「こいつ、相変わらず人を嘲笑ったような顔してやがる」
「ふふっ♪ でも私は好きよ?」
マジかよ、まあ今も顔を赤くしてこのカボチャを見つめてるもんな。
もしかしたら……いや、あの出来事は確実に亜利沙に妙な趣味というか好みを植え付けた可能性がある。
もちろん亜利沙だけでなく藍那と咲奈さんも似たようなもので、本当に時々だがこいつを被ったプレイの一環をする時があるのだが、その時の三人の様子は本当にいつもと違うのである。
「……まあいいや。すぐに帰るよ。だから待っててくれ」
「分かったわ。待ってるわねあなた」
「……おう」
あなた、その一言はかなりの破壊力を持っていた。
もう既に将来を誓い合い共に居ることを決めたような仲ではあるが、実際にこうしてお嫁さんをイメージさせるような言葉というのはドキッとする。
俺は改めて亜利沙のお茶目な仕草を良いなと思いつつ、カボチャを抱えて外に出るのだった。
「昼前に藍那と咲奈さんは来るって言ってたし、また今日明日は賑やかになりそうだなぁ」
夜になるとまた蜜のような時間が来ることも確定したわけだ。
既に三人とそういうことをするのは慣れてきたものの、やはりいつまで経っても飽きないほどの魅力が彼女たちには備わっている。
まあ俺が彼女たちに向ける想いは飽きる飽きないの問題ではなく、どう足掻いても抜け出すことの出来ない甘い沼の中に居るので逃げられないが正しいか。
「まあいいや。さっさとあいつの家に行ってこいつを……うん?」
少しだけ駆け足で移動しようとした矢先のことだった。
休日の十時くらいになると人の出が多いのは当然だが、その中に女の子三人が大人の男に絡まれている現場を目撃した。
(……なんか、ナンパの現場に出くわすことが本当に多いな)
それはただの偶然だなと思いつつも俺にスルーする選択肢はなかった。
何故ならその内の一人が俺にとって大切な妹分であり、俺のことを慕ってくれているあの子だったからだ。
「かな――」
奏と、そう声を掛けようとしたその時だった。
一人の男子が奏たちと男たちの間に割って入ったのだが、その男子も俺にとっては知った顔だった。
「……板橋じゃん」
そう、同じクラスの同級生でしつこく亜利沙と藍那を誘おうとしていたあいつが割り込んだのだ。
俺からすれば板橋への印象は良くなかったけれど、こうして女の子を守るために体を張れるその姿に好感度が僅かに上がった。
「あいつも男なんだなぁ」
かつて亜利沙と藍那、咲奈を守るために体を張ったあの時を思い出す。
そのようにして俺は板橋のことを見直していたのだが……どうもそれは時期尚早だったらしい。
「あ? なんだてめえは」
「……な、何でもありません」
板橋は先頭の男に凄まれ尻尾を巻くように退散していった。
残された奏たちのことを一切顧みることなく、背中が見えなくなるまでそのスピードを落とさずに板橋は消えて行った。
「……あ~」
まあ気持ちは分からないも出ないが、もう少し頑張ってほしかったなとは思う。
周りの人の見て見ぬフリをしているといういつもの光景だし、絡まれているのが奏とおそらくその友達ともなれば俺が向かわなければなるまい。
「ふぅ、また力を貸してくれよ相棒」
以前のようにまた俺に力を貸してくれ、そんな願いを込めるように俺はカボチャの被り物を再び装備するのだった。
「なあなあ、良いじゃねえかよ。一緒に楽しいことしようぜ?」
「結構です」
目の前で絡んでくる大人の男性三人に奏はため息を吐いた。
今日は休日ということで朝から同じ女子高に通う友人二人と出掛けていたのだが、こうして面倒な輩に捕まることになってしまった。
(そう言えばこんなこと前にも会ったなぁ。お兄さんが助けてくれて……)
ナンパから逃げる算段は出来てないが、それでも奏の心はいくらか余裕があった。
たとえ今は見て見ぬフリをされていたとしても、どうしようもなくなりそうになれば街中なのでいくらでも助けを呼ぶ手段はある。
それに彼らも下半身に正直に生きるだけの猿ではないと思っているので、こんなにも人の目がある場所で滅多なことはしないだろう。
「ほら、とっとと行こうぜ?」
「っ……」
しかし、だからといって体に触れられるのを許すかどうかは別の問題だ。
たとえ少し……それこそ僅かに指の先が触れるだけであっても奏は信頼できる異性にしか体を触れさせるつもりはない。
「触らないで」
その声は奏でも驚くほどに冷たかった。
たとえ服越しであってもこの体に触れて良いのは家族を除いで愛する隼人のみ、事故であっても嫌悪感を感じそうになるのだから故意的に触れられるというのは吐き気さえ感じてくる。
(さっきの人、嬉しかったけどなんか……頼りない人だったな)
先ほど一人の男子が助けに入ろうとしてくれたのだが、結局目の前の男たちに睨まれて居なくなった。
仕方ないとは思うのだが、それでも奏は僅かに落胆した。
さて、これからどうしようか……そう思っていた時だった。
「その辺にしたらどうだよ兄さんたち、その子たち嫌がってんだろ」
「あ……」
その声は奏にとって絶対に聞き間違えるのことない声だった。
奏だけでなく友人たちもそうだし男たちも決まってそちらに目を向けたが、奏を除く全員が目を丸くしたのは言うまでもない。
「……カボチャ?」
「なんだ……お前は」
悠然とした様子で近づいてくるカボチャ頭の男、まあ彼の中身は隼人になるのだが知らない人からすればなんだと思われてもおかしくはない。
(お兄さんだ……お兄さんだ!)
どんな姿に扮しても、どんな風に偽ったとしても奏は必ずは隼人を見つけられる自信がある。
それは隼人のことを深く知っているだけでなく、奏の本能が隼人とそうでないものを強制的に見分けるからだ。
「おいおい、気持ち悪い物被りやがって。舐めてんのか?」
そう男が隼人に近づいたが、奏たちはしっかりと見ていた。
カボチャの切り抜かれた隙間から見えた鋭い視線、そこから放たれる眼光がまるでゆらりと蠢くように男を見据えたことを。
「っ……」
それは正に蛇睨み、隼人に見つめられた男は一瞬で動きを止めてしまった。
そのまま隼人は奏と友人たち二人を背にするように立ち、そのまま守るようにその大きな背中を見せてくれた。
「……あぁ♪」
頼りになる大きな背中、男たちを見据える鋭い視線、その全てが奏の女を刺激し魅了してしまう。
さっきまで絡まれていたというのに既に奏の頭の中には隼人のことだけだ。
全身が隼人を求めるように歓喜に震え、買ったばかりの下着すらも僅かに濡らして彼女から妖艶な雰囲気を醸し出させる。
「……えっと、良く分からないけど……」
「なんかかっこいい……」
奏の友人たちにもカボチャ頭はウケが良かったようだ。
とはいえ膠着状態には変わらないのだが、隼人の放つ異様な雰囲気に男たちが恐れているのは間違いない。
そんな誰もが動きを止めた中に一人の男性が近づいてきた。
「騒ぎを聞きつけてみたが……また君に会えるとはね」
「……あなたは」
その男性は奏にとって知らない人だった。
彼は隼人の姿を見てクスッと笑った後、懐から警察手帳を取り出した。
「僕はこのような者なんだが、詳しい話を聞かせてもらえるかい?」
「っ……おい」
「行くぞ!」
男たちは蜘蛛の子を散らすように走って行ってしまった。
色々なことが起こり過ぎてイベントの渋滞を起こしている中、安心したように隼人はため息を吐いてカボチャの被り物を脱いだ。
「ふぅ、無事だったか奏?」
「あ……はいぃ……♪」
僅かに額に汗を掻き、色気ある被り物の脱ぎ方(奏フィルター多分にあり)にたまらずその場にストンと腰を下ろした。
腰砕けのようなその様子に友人たちは驚き、隼人と警察の男性もどうしたのかと心配そうに見つめている。
(……私ったらなんてはしたないんだろう……でも、お兄さん素敵♪)
この子は奏だ。
何があったか容易に想像が付くだろう。
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