これぞ究極のイチャイチャ

「新条さん! みんなで遊びに行くんだけど――」

「ごめんなさい」


 取り付く島もないとはこのことだった。

 今日も諦め悪く新条姉妹を放課後の遊びに誘ったのだが、彼女たちは二人揃ってチラッと視線を寄こしただけで断った。


「……っ」


 唇を噛んで悔しさを露にする彼の名前は板橋いたばしという男子で、今までずっと姉妹とは別クラスでもありそこまでの気持ちはなかった。

 しかしこうして実際に同じクラスになったことで、改めて間近で目にする二人の姿に完全に目を奪われてしまった。


「板橋、諦めろって言ったでしょうが」

「そうそう。いい加減にしないと本当に嫌われちゃうよ?」


 亜利沙と藍那の友人たちが板橋にそう言ってくる。

 二人を誘おうとしたのは別に板橋だけではなく、他の男子たちも同じなので彼女たちの言葉は彼らにも釘を刺す意味が込められていた。


「……でもあいつ……堂本は何なんだよ」


 堂本隼人、おそらく姉妹と一番仲が良い男子のことだ。

 イケメンというわけではなく、そこまで目立つ存在でもないのに亜利沙と藍那の二人から絶大な信頼を向けられている隼人のことが妬ましい。

 三年の中だけでなく、間違いなく学校の中でもっとも美人とされている二人と親しいのだから何も思わないというのは無理だった。


「堂本君って話してみると楽しいわよ?」

「そうそう。亜利沙と藍那のことを本当に大切にしてるからね」


 どうやら女子の中では隼人に対する評価は高いらしい。

 まあその気持ちは大切な友人である新条姉妹が心を許しているからというのが大きいものの、彼女たちも彼女たちで隼人の人柄は認めているのだ。


「亜利沙と藍那があんな風に楽しそうにしてるのに、そんな彼女たちの時間を邪魔する理由はないでしょ? というか二人とも、どう考えても堂本君と一緒に居る方が楽しそうじゃん」

「……でも」


 それでも板橋は納得できなかった。

 これでもしも二人に彼氏が居るのだとすれば諦める理由になるが、フリーなのだとしたら諦める理由がそもそもない。

 自分にチャンスがあるからこそ、板橋は積極的に声を掛けることを止めない。


「もしかしてチャンスがあるとか思ってる?」

「え?」


 それは板橋の心を見透かしたような言葉だった。

 相手が居ないのならチャンスがあるのでは、そう思うことはある意味自然なことかもしれないがそれは違うらしい。


「お願いだから変なことはしないでね? 私たちさ、これでも二人と仲が良いから分かるんだよ。亜利沙と藍那は本当に興味がない……むしろ、無関心と言っても過言じゃないかな?」

「そうそう。だからもししつこくされるとそれこそ今以上に相手されなくなるよ?」


 だから亜利沙と藍那のことは諦めろ、そう言外に言っているようなものだ。

 板橋もここまで言われるとは思っておらず、再び悔しさに胸の中が包まれたがあまりにも二人の雰囲気が本物だったため頷く他なかったのだ。


「ほんと、あの二人はモテるよね」

「うんうん。嫉妬とかしないレベルでモテるから今更だし、というかこの様子だと新入生からのアプローチもあるかなぁ」

「めっちゃ嫌な顔しそう」

「言えてる~!」


 有名になるほどの美人姉妹なため、そうなるのも時間の問題だろう。

 ただでさえ美しく人気者だった亜利沙と藍那だが、三年生という節目を迎え、更に愛しい人と愛し合うことで爆発的な女性としての魅力を開花させている。

 なので板橋のような存在が現れても何もおかしなことではなく、むしろ必然だったわけだ。





 そんな風にある意味話題の中心でもある隼人と姉妹たちなのだが、中でも隼人に関しては言葉に出来ないほどの気持ち良さの中に居た。


「……ぷはぁ」

「ふふ、可愛い可愛い隼人君。好きなだけ甘えてくださいね♪」

「う~ん、流石はお母さん。この包容力は見習わないといけないね」


 隼人と咲奈のやり取りを勉強するように藍那が眺めていた。

 傍に亜利沙が居ないのは単純に今彼女はお風呂に入っているためであり、夕飯を済ませた後にイチャイチャし始めた隼人たちを藍那は勉強の意味もあって見つめていたというわけだ。


「ヤバい、こうしてるとマジでダメにされそうになる」

「なっちゃえなっちゃえ♪ ドロドロに溶けるくらいダメになっちゃえ♪」


 いつもの敬語を止め、雰囲気で圧倒するように咲奈は攻め立てる。


「……おぉ」


 さて、藍那の視線の先で何が行われているのか……それは物凄い光景としか言えなかった。

 咲奈が隼人を膝枕させ、その大きな胸を顔に押し当てて甘えさせている。

 右手は隼人の頭を撫で、左手は彼の分身に優しく刺激を与えており……世の男子が羨みそして妬むであろう光景だった。


「私でも似たことは出来るけど、あそこまでの安心感は出せないかなぁ」


 藍那だけでなく亜利沙も隼人を甘えさせることは出来るのだが、やはりあんな風に母親に甘えるような安心感を二人はまだ持っていない。

 子供が出来たりするとまた少し変わってくるのかもしれないが、そこはまだまだ咲奈の方が一枚上手だった。


「はぁ♪ こんな風に隼人君が甘えてくれることが何より嬉しいですよ。もっともっと甘えさせたくなりますし、それこそ私だけしか見えなくさせたいです♪」

「それはちょっと無理ですね。亜利沙と藍那も俺にとって大切ですし」

「……むぅ。そこは雰囲気でうんって言ってください!」

「むぐっ!?」


 年頃の女の子のように頬を膨らませた咲奈は思いっきり隼人の頭を胸に抱いた。

 微笑ましく見つめる藍那の視線の先では、自身の母親の特大の胸に抱かれる愛する彼氏の姿……その姿に落胆のようなものは一切見えず、どこまでいっても仲の良い姿に笑みが零れてくるのだ。


「ねえお母さん、いつぞやのヤンデレごっこしてる?」

「そんなつもりはないけれど……でもなるほどね。確かにこういった側面は前も今も持っているわ」

「……だよねぇ」


 実を言うと隼人のことを独占したい気持ちはいまだ彼女たちの心の中で燻り続けている。

 その気持ちを抑えているのは家族間の信頼であり、そして絶妙なまでの隼人からの想いだった。


「本当に隼人君は凄いなぁ……」


 愛に狂って暴走してもおかしくはない、それでもその気持ちが前面に出てこないのはやはり彼を困らせたくないからだ。


(夢の中だとしょっちゅう独占する夢を見ちゃうけどね)


 昔の藍那のままに隼人を独占する夢をよく見るのだが、その夢もそれはそれで幸せな光景だ。

 一番最初に隼人のことに気付いた藍那がずっと彼のことを独占し続ける夢、藍那の重すぎる愛を隼人は喜んで受け止めており、彼もまたそんな藍那に夢中になっていることが分かるのだ。


「……悪くないねぇそんな未来も」


 亜利沙と咲奈が居ないのは寂しいが、それよりも隼人さえ傍に居れば他に何も要らないと思える辺り相当だ。

 まあ今はもうみんなで居ることが大切なのでそのような未来は望まないが、それでも若干の憧れがないわけではない。


「あ、そろそろですか?」

「っ……」

「あら~♪」


 考え事をしていた藍那を現実に引き戻すように、隼人と咲奈の方から藍那の大好きな匂いが漂ってきた。

 その匂いだけですぐに昂ってしまうほど藍那の体は隼人にとって変えられてしまったが、それも全て自分から望んだこと。


「ただいま……って良い香り」

「ふふっ」


 この匂いに亜利沙もまた同じ感覚なのか、やはり姉妹は似るんだねと藍那は肩を揺らすように笑った。

 その後、藍那は隼人とお風呂に入ることになった。


「隼人君、背中流してあげる」

「おう」

「私の体も流してね?」

「任せろ。前もバッチリ流す」

「いやん♪」


 そんなことをされたらお風呂の時間が長くなっちゃうよ、そうは言いながらも藍那は思いっきり隼人との入浴タイムを楽しむのだった。


「……冷静に考えたんだけどさ」

「うん」

「さっきの藍那に見られながら咲奈さんにされてたやつ」

「うん」

「全然気にならないくらいに当たり前でゾッとしたよ……」

「あはっ♪」


 それこそ今更でしょ、そう藍那は隼人の頬を突きながら笑った。

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