咲奈さんの秘密
「〇〇年度、新入生の入場です」
そんなアナウンスと共に入学式は執り行われた。
今年の俺は三年生ということもあり、最前列の席に座ってこれから新たな仲間になる新入生を迎え入れた。
「ガチガチに緊張してる奴が居るな」
「そりゃそうだろうよ」
「お、あの子可愛いなぁ」
「あの子かっこいいじゃない」
俺の周りでも新入生を見て好き勝手に言っている連中が多い。
かくいう俺も彼らが口にしたようにガチガチに緊張している人もそうだし、美人だなと思う女の子も居ればイケメンじゃんと感じた男子と様々だ。
「……ふわぁ」
新入生がそれぞれ席に座り、校長先生のありがたく長い言葉が始まった。
そんな中、俺はどうにか欠伸をしないように心掛けていたのだが、ついつい出てしまって手で口元を隠す。
「……?」
っと、そんな時に俺は視線を感じたのでそちらに目を向けた。
そちらでは亜利沙と藍那が揃ってこちらにチラッと視線を向けており、欠伸をした姿を見られたのかクスクスと笑われていた。
「……ったく」
こうして目が合うことは嬉しいし、気になって顔を見てくれていたことも嬉しいがちゃんと前を向こうぜと目で訴えておく。
二人とも頷いて顔を前に向けたが……もちろん、そんなやり取りを見ていた他のクラスメイトの反応は半々だ。
「……はぁ」
友人たちのように既に慣れている人たちも居れば、俺が学年一の美人姉妹を独占しているのだと気に入らなそうにしている連中もいる。
まあ俺にとって二人は彼女になるわけなので遠慮する必要はないのだが、この関係性を知っているのは俺を含め彼女たちと友人だけなのである意味仕方ない。
「そういうこともあり、諸君たちには――」
それから程なくして校長の話は終わり、入学式は幕を下ろした。
本格的に新入生と交流が始まるのはおそらく明日からになるだろうが、部活に所属していない俺たちからすれば交流する時間も限られてくるだろう。
「気になる子は居た?」
「どうなの?」
入学式の後、亜利沙と藍那がそんな問いかけをしてきたが彼女たちも俺の答えは分かっているはずだ。
「まあ可愛いとか綺麗だなと思った子は居るよ。でもそれだけだ」
彼女たちのような素敵な恋人が居るからこそ、他の女の子に目移りすること自体考えることが出来ないのも今更だ。
それから更に時間は流れて放課後になり、俺はいつものように彼女たちと共に下校していた。
そんな中、藍那が何やら楽しみにしていてと俺に伝えてきた。
「何を?」
「うふふ~、帰ってからのお楽しみ~」
「そうね。ま、すぐにピンと来ると思うわ」
「??」
何かを企んでいる様子だが……果たして。
少しだけ彼女たちの言葉にビクビクしながら新条家へと向かう。
「さてと、それじゃあ姉さん」
「打合せ通りね」
「……だからどういうこと?」
玄関の前でようやく二人は教えてくれた。
「隼人君さ、姉さんに前の重たい私たちが恋しいって言ったんでしょ?」
「え? あぁあれか」
確かに俺は亜利沙にそんな話をした。
今のただただ甘く愛される日々も素敵だが、あの頃のような刺激も悪くはなかったなと今なら思えるからだ。
二人のことを知ってしまったからこそ、どんなに重たい愛であってもそこに染まりたいと思わせる魅力が彼女たちには詰まっているのだから。
「だから今日はあの頃に戻ってみようかと思ったのよ。あくまで成りきりプレイの一環ね」
「……なるほど?」
彼女たちが何をしたいのか、大よそのことは理解が出来た。
つまりあの頃を懐かしむように昔に戻ろうという提案で、二人も昔を思い出してかつての自分に成りきるということだ。
「それはそれでワクワクするけど、亜利沙の口からプレイって言葉が出るとやっぱりエッチだよな」
「どういうことよ……」
「あはは、それは仕方ないでしょ。というか姉さんだけじゃなくて、私とお母さんも似たようなものじゃない?」
それはそうと俺は頷いた。
亜利沙が好むメイドさんプレイ、藍那が好むラブラブ夫婦プレイ、咲奈さんが好む子と母のイケナイ関係プレイ……こう言葉にすると何とも言えない業の深さだ。
「取り敢えず家に入ってからだけど……先に私たちが入るね」
「隼人君は少し遅れてから入ってね?」
「あぁ」
取り敢えず彼女たちに言われた通りにしようか。
二人が家に入ってから二十秒ほど待ち、俺は小さく深呼吸をして玄関の扉を開けるのだった。
「……?」
中に入ると亜利沙と藍那はジッと俺を見つめていた。
ただその様子はさっきと違い、どこか瞳に光が無いようにも見えた……いや、瞳に光がないという表現はどうかと思うが。
「……二人とも?」
「なあに?」
「どうしたの?」
二人はゆっくりと俺に近づいた。
亜利沙は左腕に抱き着き、藍那は右腕に抱きついて俺を挟んだ。
「ねえ隼人君……ううん、ご主人様。亜利沙に何か命令をちょうだい」
「ねえ隼人君、今から部屋に行こ? 私ね? もう我慢できない、早く隼人君の子供を産みたいよ」
「……………」
ここに来てようやく俺は全てを理解した。
二人がさっき言っていた成りきりプレイとはすなわち、数カ月前のあの時期を再現しているわけだ。
当時は特に気付かなかったけれど、後になって二人がこんな気持ちを強く抱いていたというのは知った。
「亜利沙は俺の道具になりたくて、藍那はとにかく孕みたかったと……」
二人はうんと頷いた。
「……………」
確かに俺は亜利沙にあの頃の重さが恋しいなんて言いはしたが、まさかそれをこのような形で再び味わうことになるとは思わなかった。
雰囲気だけでなく、瞳の動きという細かい部分まであの時を彷彿とさえ……というかあの頃よりも堂に入っているような気もする。
「藍那、今からご主人様は私と過ごすのよ。あなたは部屋に戻りなさい」
「何を言ってるの? 隼人君は私と子作りするんだから姉さんこそ邪魔」
いがみ合う二人の様子は正しく真剣そのもの、そこに冗談と笑える雰囲気はないのだが、改めてこんな風にいがみ合うことが無くて良かったなと思った。
俺は今の状況に不思議でありながらどこか浮ついた気持ちを抱きつつ、二人の体を強く抱いた。
「亜利沙は俺のモノ、藍那だってそうだ。二人とも、どこかに行くことは許さない」
「あ……」
「っ……」
俺も少しだけそんな台詞を口にしてみた。
二人はビクッと体を震わせ、熱い吐息を零すように顔を赤くした。
「隼人君♪」
「隼人君ぅん♪」
二人は演技をすることを止め、俺の体にしな垂れかかってきた。
どうやら二人のヤンデレモードは終わりらしく、俺は二人を連れてリビングまで向かった。
ソファに座ってからも二人は離れず、ずっと俺の体に顔を擦り付けて匂いを嗅がれていた。
「あ~あ、せっかくあの頃を再現しようとしたのに言葉一つでこれだよぉ」
「仕方ないわ。それだけ今が充実しているということでしょうから」
俺もその言葉には頷いた。
あの頃は確かに懐かしく恋しい、しかしながら今があまりにも充実しすぎていて戻りたいとはあまり思わない。
そもそも、あの頃の俺はまだ二人に対して明確な気持ちを抱いていないのだから。
「今が良いに決まってるさ。みんなが傍に居るあの時が」
「……えぇ」
「うん」
その後、二人は離れて家事をすることに。
俺も傍で手伝っていると咲奈さんが帰宅し、当然のように何があったかを話すことになった。
入学式のことにはあまり興味を示さず、その後の二人の成りきりプレイの方に興味があるみたいだ。
「あの頃は懐かしいですね。私は大人としてどうにか自分を抑えようとしていましたけれど、それでも無理でしたけどね」
ペロッと咲奈さんは舌を出した。
そんなお茶目な姿にときめいていたところ、藍那がニヤリと笑って爆弾を放り込んだ。
「お母さんさぁ、時々隼人君のパンツの匂いを嗅いだりしてたんだよ~?」
「……え?」
「あ、藍那!?」
いやいやそんなことを咲奈さんがするわけ――。
「あ、あぁ……」
ものすっごく動揺されていた。
俺は取り敢えず、咲奈さんに気にしてないですと伝えておいた……だってこんなことをカミングアウトされたところで言えることは限られるのだから。
「隼人君のパンツを鼻に押し当ててぇ、ビクンビクンって体を震わせてさぁ。お母さんは本当にエッチなんだから」
「も、もうやめて……」
止めるんだ藍那。
咲奈さんのライフはもうゼロだ。
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