あの頃のままだったら絶対妊娠してた

 亜利沙と藍那、咲奈さんとの甘い甘い春休みが終わりを迎え、俺にとって高校生最後の一年が幕を開けた。

 まあ留年するなんてことがなければ無事に高校を卒業できるわけだけど、いつも傍に優秀過ぎる先生が二人いるので逆にテストで低い点数を取るのが難しいくらいだ。


「……ふわぁ」


 とはいえ久しぶりの学校ということでやっぱり朝は眠たい。

 今日ではないが、すぐに入学式も控えており新しい後輩が出来るというのにその実感も特に沸いてはいないのがどうかなと思うところである。


「おはよう隼人君」

「おっはよう!」

「あぁ、おはよう二人とも」


 こうして待ち合わせ場所で亜利沙と藍那の二人と合流するのも久しぶりだ。

 俺にとっては休みの期間の九割くらいは一緒に居たので、傍に居ること自体が通常という認識なのは贅沢だろうか。


「今日から三年生だね」

「そうね。最後の年くらいはみんなで同じクラスになりたいところだけれど」


 あぁそうか、そう言えば進級したことで新しいクラスになるんだった。

 新しいクラスが誰になるのか、それは学校に着いてからのお楽しみだけど亜利沙が言ったように同じクラスになりたいところだ。


「それじゃあ」

「行きましょうか」


 両サイドから腕を抱きしめら、俺たちは三人仲良く歩き始めた。

 まあ今更こうやって三人で一緒に居ることに恥ずかしさなんて感じないし、何よりこうされることを拒むつもりは一切なかった。

 とはいえ、それでも学校が近づいたのを見計らって腕を離すのは彼女たちなりの気遣いだ。


「こうして生徒の姿を見るのも何と言うか……本当に久しい感じだなぁ」

「そうね」

「私たちにとってお互いの裸の方が目に焼き付いてるし♪」


 そんなことは……あるかもしれない。

 流石に肌色ばかりというわけではないにしろ、俺の春休みは本当に彼女たちと過ごしていた記憶しかないようなものだ。


「……全然間違ってないなそれ」

「あはは♪」


 それだけ幸せで爛れた日々だったということだ。


「おはよう新条さん」

「おはよう」

「おはよう藍那!」

「おっは~!」


 相変わらず二人は多くの人たちに挨拶をされるほどの人気者だ。

 懐かしい顔と言葉を交わしながら校舎に入り、俺たちは下駄箱のすぐ近くに貼られているクラスの名簿に目を通した。


「……あ」

「やったわ!」

「うん!」


 俺たちは三人揃って同じクラスだった。

 今まで一緒に居た友人たちも同じクラスだったので、初めて全員が本当に揃うことになる。

 高校生最後のサプライズにしては出来過ぎだろうと思ったが、ありがたくこのクラスを楽しませてもらうことにしよう。


「教室行こうぜ」

「えぇ」

「うん」


 今まで使っていた二年生の教室ではなく、三年生の教室に向かう。

 中学の頃も思っていたことだが、こうして一つ学年が上がることで教室が変わるのも新鮮な気分だ。

 三人で教室に入ると、俺と元々一緒だった連中も居ればそうでない人たちも当然ながら居た。


「残念ながら席は隣……というわけにはいかなそうね」


 基本的に席順はあいうえお順なのでそれは仕方ない。

 とはいえお互いに席に鞄を置くとすぐに三人で集まった。


「前と違って教室を移動する必要もないし最高だよ。これなら休み時間の度に隼人君の傍に来れるし♪」

「そうねぇ。改めてこれから一年よろしくね?」

「おう」


 既に慣れたものと思っているが、それはそれでまた注目を浴びてしまうことになるのだろうか。

 そんなことを考えていると友人たちも二人揃って教室に入ってきた。


「おはよう隼人」

「おっす」

「こうして全員同じクラスになるなんてなぁ」

「本当にな」


 俺たちは互いに笑い合い、これからまたよろしくと言葉を交わすのだった。

 それから朝礼が始まるまで、俺は友人たちと、亜利沙たちは元々仲の良かった女子たちで集まっていた。


「……あ、おい」

「どうした?」


 トントンと肩を叩かれ、友人の指を向ける先に目を向けた。

 そこに居るのは楽しそうに話をする亜利沙たちの姿だが、その亜利沙たちに話しかける男子の姿があった。

 仲良くしたいだけか或いは邪な気持ちがあるのか……おそらくは後者だなと思いつつ改めて彼女たちの人気の高さを思い知った気分だ。


「さっすが美人姉妹だなぁ。今までクラスが違うってことで絡みもなかっただろうしこれ幸いって感じに話しかけてんな」

「あぁ。でも……」

「……全く反応しないなぁ。徹底した無視っぷりだわ」


 亜利沙と藍那はチラッと目を向けただけで何も反応を返していない。

 周りの女性陣たちもほぼほぼ二人の味方らしく、近寄った男子を邪魔者扱いするようにしっしと手で払うようにしていた。


「高校生が終われば大学に進学か就職かの二択だし、会えなくなる可能性の方が圧倒的に高いから少しでもお近づきになりたいって思ってんだろうぜきっと」


 確かに俺が彼らの立場ならその気持ちも理解できるかもしれない。

 しかし、それは無駄なことだからやめておけと思えるのもまた俺が彼女たちと付き合っているからなのか……まあかといってこの気持ちに驕るつもりはない。

 俺は俺として、一人の男として彼女たちを守るだけだ。


「お、久しぶりに隼人の真剣な顔を見たぜ」

「だな。何を考えていたんだ? ま、聞かなくても分かるけど」


 なら聞くなよと隼人は苦笑した。

 その後、男子たちは諦めたようで肩を落としながら元居た場所に戻っていき、二人は再びこちらにやってきた。


「ねえ隼人君、今日は半日で終わるけどどうする?」

「お母さんは夕方じゃないと帰ってこないし、うちに来てご飯食べよ?」

「分かった」


 まあ何だかんだ、三年生になっても今までの過ごし方と何も変わることはなさそうだった。

 こうして亜利沙や藍那たちと新しいクラスで過ごすことになったわけだけど、奏の方は何か変化があっただろうか……今日の夜にでも電話をして様子を聞いてみるのも良いかもしれない。


「……羨ましいぜ」

「本当にな」


 ジトっとした目を向けてきた友人たちに俺たちは困ったように笑うのだった。

 さて、部活動などをやっていないのであればうちの高校の始業式の日は藍那が言ったように昼前に終わることになっている。


「それじゃあ今日はこれでお終いだ。入学式も控えているんだから新学期早々に問題を起こしたりするなよ?」


 そう新しい担任は冗談交じりに口にし、今日は終わりを迎えた。

 俺は荷物を纏め、亜利沙たちと一緒に教室を出ようとしたその時――二人を呼び止める声があった。


「新条さんたち! これから新しいクラスのみんなで昼飯ついでにカラオケとか行こうと思うんだけど行こうよ!」


 その男子が見ているのは亜利沙と藍那だけで、傍に居る俺には一切の目を向けていない。

 こういうのは既に慣れていることだし、特に気にならないことだがやっぱり良い気分でないのも確かだ。


「亜利沙と藍那は行かないと思うって言ったわよね? アンタ、いい加減しつこいんじゃないの?」


 亜利沙たちの友人がそう言ったが彼はどうも諦めが悪いらしい。

 しかしながら、そんな彼に止めを刺すように二人はほぼ同時に口を開いた。


「ごめんなさいね」

「大事な用があるの」


 話はそれだけだと言わんばかりに二人は彼に背を向け、俺に目で早く行こうと伝えてくるのだった。

 そのまま特にどこに寄るでもなく新条家に向かい、今日は私が料理するからと台所に立った藍那を亜利沙と眺めていた。


「……う~ん」


 そんな中、亜利沙が何かに悩むように顎に手を当てていた。

 どうしたのかと聞いてみると、彼女はこんなことを口にした。


「その……改めて隼人君に会った頃の私と今の私を比べていたのよ」

「ふ~ん?」


 それは一体どういうことだろうか。


「あの頃の私は……ううん、私と藍那はとにかく隼人君の心を私たちに溺れさせたかった。それは以前に話したことだし、すっごく重たい気持ちを抱いていたことも知っているわよね?」

「それはまあ」


 もちろん知っていることだ。

 世間一般で言えば明らかに重たい気持ちだっただろうけれど、俺からすれば彼女たちから向けられる愛は心地が良かった……それこそ、ずっとその愛に浸りたいと思わせるほどにはだ。


「どんなことをしてでも隼人君の心を奪いたい、私たちが与える愛の沼に沈んでほしいって思っていたわ。それは紛れもなく重すぎる愛、けれどこうして隼人君と関係を結んだ以上変わったなって改めて思ったのよ」

「……なるほどな」


 確かにあの頃に感じていた仄暗さは鳴りを潜め、今となっては本当に二人を含め咲奈さんからは純粋に正直な愛を伝えられている。

 それに応える俺も同じだけど、本当にあの頃の仄暗さは感じないのだ。


「……ちょっとあの頃の重さが恋しい気がしないでもない」

「本当に?」

「あぁ」


 頷くと、亜利沙は人差し指を藍那に向けた。


「??」


 美味しそうなだし巻き卵を作っていた藍那は不思議そうに首を傾げているが、そんな藍那を見つめて亜利沙はこう言った。


「私もそうだけど藍那もこれと決めたら突っ走るタイプだわ。仮にもしあの頃の状態で藍那が突っ走っていたらもう妊娠は確実ね」

「……………」


 それは……怖いね。

 やっぱり今の方が良いかもしれないと、俺は考え直すのだった。

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