奏の妄想
「……良いなぁ。凄く楽しそうで」
送られてきた写真を見て奏はそう呟いた。
隼人から送られてきた写真、それは隼人の腰の辺りにその豊満な肢体を仲良く押し付ける亜利沙と藍那の二人が写っていた。
「あら、本当に楽しそうね」
「うん」
隣に居た菫も微笑ましそうに写真を覗き込んでいた。
基本的に隼人が絡むことで亜利沙と藍那の二人は更なる魅力とも言うべきか、恐ろしいほどの色気を放つ。
こうして写真越しではあるのだが、隼人の体に引っ付いている二人から感じる魅力は凄まじかった。
「これ、二人が腰をマッサージしてくれてるんだって」
「……それにしては凄いマッサージの仕方ね」
本来なら手を使うことでマッサージというものは行われるはず、しかし二人がやっているのはその豊満な胸を使ってのマッサージ……どうしてそうなったのかはともかくとして、これを普通の男が見たら血涙を流して羨ましがる光景だ。
「せっかくの遠出なのだからしっかりと英気を養ってほしいものだな。もうすぐ隼人君たちも最高学年になるわけだし、色々と忙しくなる時期でもあるからな」
向かいに座る正樹もそう口にした。
確かに高校生の三年の時期となると今まで以上に忙しく、そして大変な時期になってくるはずだ。
隼人たちがどんな進路に進むかは分からないが、たとえ何があったとしても離れることのない絆が培われているはずなので心配は一切必要なさそうだ。
「とはいえ、だ。今度は是非うちにも……うん?」
正樹がそう言葉を続けようとした瞬間、ピンポンとインターホンが鳴った。
それは当然来客を知らせるものではあるが、特に誰とも約束はしていないので一体誰だと正樹は首を傾げた。
菫が立ち上がってカメラの映像を確認し、あらと声を上げた。
「お義父様とお義母様ね」
「……………」
どうやら祖父母が来たらしく、中でも一番の反応を見せたのは奏だった。
少し前までなら祖父母が家に来ると喜んでいた女の子、しかし今は隼人のこともあって全くの正反対の反応だ。
「ちょっと出てくるわね」
「任せる」
菫が玄関に向かったのを奏は見送った。
相も変わらず先ほどまでの楽しそうな様子が鳴りを潜め、楽しかった時間を荒らしに来た不届き者とでも思っているかのような表情の奏に、正樹はやれやれと苦笑しながら言葉を掛けた。
「奏、もう父と母を友好的には見れないか?」
「もちろんだよ。もう無理、絶対に無理……というか会いたくない」
それは明確な拒絶だった。
正樹からすれば娘が祖父母と仲が良くないのは悲しいことだが、しかしながら彼らのやったことを考えると奏の気持ちも理解が出来るのだ。
(お兄さんを悲しませたことは許せない絶対に……絶対に)
それは消えることのない憎悪だった。
本来ならば決して持つことのなかった感情、しかしそれは隼人と出会うことで奏の中に生まれた感情だ。
心優しい奏であったとしても、愛する人の方が何よりも大切になってしまうのは仕方のないこと……隼人を好きになった時点で、そんな彼を悲しませた張本人たちに憎しみを抱くのは当然だったわけだ。
「私、部屋に戻るね」
「あぁ」
部屋に戻ろうとした奏だったが、ドタバタと足音を立てて祖父がリビングに顔を出してしまった。
「奏! お祖父ちゃんが会いに来たぞ!」
以前に拒絶したことを忘れたのかと、奏は冷めた目でそれを見ていた。
どうも菫に詳しいことを話さず、無作法に家に上がり込んだようだがこれも家族なので仕方のないことだろうか。
「話すことなんてないよ」
「……奏? どうしたんだ一体」
それが分からない時点でもう奏は彼らに対して思うことはない。
「奏、本当にどうしたの? 私たちが何かしてしまったかい?」
祖母がそう問いかけてきた瞬間、奏はチラッと彼女に目を向けた。
今の奏の視線はあまりにも鋭く、そして冷たさを帯びていたようで祖母はビクッと体を振るわせて奏から視線を逸らした。
「それじゃ」
リビングから出る瞬間、菫がポンポンと肩に手を当ててきた。
フォローはお願いと口にし、本当の拒絶だと言わんばかりにバタンと奏は扉を閉めるのだった。
「……はぁ」
部屋に戻ってすぐ、奏は大きなため息を吐いた。
本当なら好き勝手に言いたい、それこそ愛する隼人を苦しめた罪を噛み締めて死んでしまえと強い言葉を放ちたかった。
しかし、そうしてしまうと隼人に逆恨みをするケースも考えられるのだ。
「……………」
もしまた隼人に何かをするのであれば、それを考えると自然に拳に力が入る。
傷が付きそうなほどに爪が肉に食い込んだことで痛みを感じ我に返ったが、それだけ奏の持つ怒りの感情が大きいことを意味していた。
ベッドに腰掛け、隼人と一緒に移る写真を画面に呼び出した。
「……お兄さん♪」
こうして隼人の顔を見ると胸に燻っていた怒りの炎も鎮火し、どれだけ自分は単純なのかと苦笑する。
そんな風に写真を眺めていると、藍那から電話が掛かってきた。
「藍那さん?」
『やっほ~奏ちゃん』
電話の向こうから聴こえてきた陽気な声に奏は笑みを零す。
「どうされたんですか?」
『ううん、ただ奏ちゃんの声を聴きたくなっただけなんだよ。それに、どうしてか分からないけど奏ちゃんに言葉を届けたかったから』
「……あ」
もしかしたら奏の不安定な心に感じ取ってくれたのかもしれない、そう考えたがどうやらその通りらしく奏は嬉しかった。
隼人だけでなく、藍那たちも奏のことを気に掛けてくれている。
中でも特に藍那は奏にとって大きな存在でもあり、色々と隼人のことについて導いてくれた存在でもある。
「……っ」
以前に彼女たちの家に行った際の記憶が蘇り、じんわりと体のある部分が熱を持ったが奏はそれを気付かせまいと平常心を装った。
『ま、私も気になったけど隼人君も気になったみたいでね。それでこうして奏ちゃんに電話をしたんだよ』
「お兄さんもだったんですね」
完全に胸に抱いていた怒りが吹き飛んだ。
まだ家の中に祖父母は居るだろうし、奏の態度は一体何だと両親にしつこく聞いているかもしれない。
奏の味方をしてくれる二人に申し訳なくはあるのだが、祖父母のようなどうでもいい存在のことを考えるより隼人たちのことを考えた方が何倍も良い。
『今度は奏ちゃんも一緒にお出掛けしようね?』
「はい! よろしくお願いします!!」
そんな約束を奏はするのだった。
その後、また夜に電話をしようと言葉を交わし電話は切れたが、奏はスマホを胸に抱きながら本当に楽しそうに笑った。
「あ~あ、本当にお兄さんを含めて藍那さんたちとの時間が大好きなんだな私」
これでもしも、学校も一緒だったらと思わなくもない。
実を言うと正樹からの提案で隼人たちの学校への転校を提案されたのだが、その提案に魅力を感じはしてもそこまでの迷惑は掛けられなかった。
せっかく高いお金を払ってくれたのにそれを無為にするのは嫌だったし何より、今の学校で培った友人たちとの時間を失うのも嫌だったからだ。
「だからこそ、会える時には精一杯甘えるんだ。お兄さんにたくさん……それで、出来たら色々と……えへへ♪」
頬を赤く染め、奏は可愛く笑ったがその脳内に描かれている妄想は全く可愛くなんてなかった。
奏は考え方が藍那に似ている部分があるため、その妄想もまた藍那に似通っているのだがつまり何が言いたいかと言うと……可憐な彼女の見た目に反するような、かなりドスケベな妄想である。
「お兄さん……お兄さん……っ……もっと」
妄想するだけなら自由だし減るものはない、なので奏は祖父母の存在の一切を忘れて妄想の中に浸るのだった。
しかし、こうして妄想だけで満足できるかと言われればそんなことはない。
想像すればするだけ、現実でも隼人とそういうことをしたいと強く想いを募らせていく結果になるのも仕方のないことだった。
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