そのマッサージ最高に効く

「それじゃあ私と姉さんは近くを散歩してくるねぇ」

「行ってくるわ」

「気を付けなさいね」


 旅館に来た二日目、亜利沙と藍那は姉妹揃って外に出て行った。

 なんでも近くに有名な観光スポットがあるとのことで、二人はそこで写真でも撮りに行こうと考えたらしい。

 本来なら俺も傍に居るつもりだったのだが、今朝を目を覚ましてからというものの腰が痛くてどうしようもなかった。


「……っ」

「大丈夫ですか?」

「何とか……あぁそこ効く」


 どうして腰が痛いのか、その理由はおそらく今までのことが祟ったのだろう。

 咲奈さんに腰をマッサージされながら、俺もやる気に満ち溢れていたとはいえやっぱり限度は考えるべきだなと改めて反省した。


「咲奈さんも二人に付いて行っても良いんですよ?」

「ふふ、私も後で色々と見て回るつもりなので大丈夫ですよ。隼人君を一人にしておきたくなかったんですけど、それ以上に一緒に居られますからね」


 そう言って咲奈さんはクスッと笑った。

 まあ確かに俺としても一人でここに居るのは寂しかったし、そんな風に咲奈さんが考えてくれたことは嬉しかった。

 おそらく咲奈さんが残らなかった場合、あの二人のどちらかが残ると言い出しそうではあるが。


「お茶でも飲みますか?」

「あ、はい」


 俺が頷くと咲奈さんはお茶の元を湯呑に落とし、お湯を淹れてゆっくりと混ぜるように揺らした。

 熱々だと言わんばかりに湯気が出ているが、俺はそれを受け取って喉に通す。


「……あ~美味い」

「ここのお茶美味しいですよね。私も気に入っています」


 咲奈さんも美味しそうにお茶を飲んでいた。

 その様子を俺は横目で見ているのだが、やはり咲奈さんの所作は美しいというか上品さを醸し出している。


(……本当に二人も娘が居るとは思えないよな)


 俺は心の中でそう呟いた。

 今まで何度も咲奈さんのことについて考えることはあったが、本当に何度も何度も咲奈さんの若々しさについては考えてしまう。


「どうしましたか?」


 当然、ジッと見つめていれば咲奈さんは俺の視線にすぐ気付く。

 自分で言うと自意識過剰に思われるかもしれないけれど、咲奈さんを含めて亜利沙と藍那も俺の視線には敏感だ。

 ちょっと盗み見るだけで気付かれるし、何なら視線を動かす段階で察知するのか見られていることだって多いくらいなのだ。


「咲奈さんはいつ見ても美人だなって思ったんですよ」

「あら♪」


 美人、そう伝えると咲奈さんは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 だがここで俺はどうしてか、それだけで良いのかと思い更に言葉を続けた。


「美人なのもそうですけど、本当に優しくて包容力があって、大人の魅力に溢れてて最高の女性です。もちろんそれだけじゃなくてふとした拍子に見せる可愛い表情であったり、亜利沙や藍那たちに負けじとムキになるところも良いですね」

「あ、あの隼人君?」


 怒涛の俺の言葉に咲奈さんは顔を伏せてしまった。

 確かに彼女は俺よりも圧倒的に大人ではあるのだが、そういう風にモジモジする姿さえも俺を夢中にさせる可愛さだと気付いているのだろうか。


「あはは、ごめんなさい。美人ってちょっと抽象的な褒め方だよなって考えてしまって、それで今思いつく限りのことを口にさせてもらいました」

「あ、あうぅ……」


 かあっと頬を真っ赤にさせ、咲奈さんが若干瞳を潤ませて俺を見つめる。

 その瞳からは嬉しさと合わせて突然の不意打ちに対する可愛い怒りも垣間見えた。


「あはは、ちょっと突然すぎましたね」

「本当ですよ!」

「まあでも、昨日の夜も結構伝えたんですけど」

「え?」


 何のことだと咲奈さんは首を傾げた。

 昨日の夜はみんなで体を重ねる行為をしたわけだが、咲奈さんはやはり酒が入っていたのか記憶が曖昧らしい。


『ほら隼人君、私の胸に好きなだけピュッてしてくださいね?』


 なんてやり取りをするくらいには意識がしっかりしていたが……やはり酒の魔力というものは凄まじいらしい。

 あの時の表情は俺の全てを絞り尽くすと言わんばかりだったのに、こうして今目の前に居る咲奈さんは本当に年の近いお姉さんみたいだ。


「ちょっと咲奈さん、失礼しますね」


 そう言って俺は咲奈さんを思いっきり抱きしめた。

 咲奈さんは決して俺から離れようとはせず、同じように背中に腕を回して強く抱き着いてきた。


「こうしてると何と言いますか、お姉さんって感じですよね」

「そうですか?」

「はい。だけど……」


 一旦離れてもらい、今度は咲奈さんの豊満な胸元に頬をくっつけるようにして抱き着いた。


「……こうすると母さんに甘える感じです」


 咲奈さんを胸に抱きしめればお姉さんを感じ、こうして逆に俺が咲奈さんの胸に顔を埋めれば母に甘える感じがするという不思議なハイブリット的感覚だ。

 俺の顔よりも大きな二つの膨らみに包まれるこの感覚、もう今日はずっとこうしていてもいいかもしれない。


「よしよし、隼人君は可愛いですねぇ」


 頭を撫でられると思わず母さんと連呼しそうになりそうだ。

 俺はしばらくそんな風にして咲奈さんに甘え、亜利沙と藍那が戻ってきたところで俺たちは離れた。

 二人して引っ付いていた場面は見られていないのだが、どうも亜利沙と藍那にはすぐに気付かれてしまった。


「やっぱり隼人君と二人きりになるとイチャイチャしちゃうんだから……」

「……まあでも私たちも強く言えないよ姉さん」

「……それもそうね」


 まあみんなで一緒に居ても自然とイチャイチャしてしまうのだが、二人っきりになると更に引っ付いてしまうのは仕方ない。

 咲奈さんに甘える段階で忘れていた腰の痛みがぶり返し、俺は再び呻き声を上げるように横になった。


「すまん、ちょっとマッサージを頼む」

「任せて」

「お任せあれ~♪」


 俺は枕を顎の下に置くようにして寝転がると、そんな俺の腰の辺りに亜利沙と藍那が陣取った。

 俺はてっきり彼女たちは手でマッサージをしてくれるものだと思ったのだが、まるで示し合わせたようにとてつもなく柔らかいむにゅむにゅとした感触が広がっていくのだった。


「……………」


 この感触が何か、そんなものは考えなくても容易に理解できる。

 こうして体の正面が地面に向いているのが色んな意味で助かり、俺は平常心を装うように二人の感触を受け入れていた。


「……?」


 そのようにして贅沢な時間を過ごしていた俺だが、スマホが奏からのメッセージを受け取った。

 内容としては楽しめているかというもので、俺は腕だけを動かして背中に張り付く二人を写真に撮り奏に送った。


「……やっぱりか」


 写真に写る二人の様子、やっぱりそれは俺が思った通りのものだった。


「気持ち良い?」

「どう?」

「……最高です」


 言葉にしたように最高に気持ち良く、俺はどうしても嘘を吐くことは出来なかった。

 結局こうやってせっかくの旅行みたいなものだが、彼女たちとイチャイチャすることは変わらないらしく、腰の具合が良くなって外に出ても相変わらずだった。


 こうして進級前最後の旅行は楽しい記憶で彩られた。

 待ちに待ったというわけではないが、二年生という時期が終わり最高学年としての日々がやってくる。

 今まで以上に忙しくなることは予想されるものの、とにかく俺としては何事もなく日々が過ぎてくれればいいのにと祈るばかりである。





【あとがき】


この度、こちらの作品がカクヨムコンにてComicWalker漫画賞を受賞しました。

まだどういう形になるかは分かりませんが、これもひとえに読んでくださった皆さんのおかげだと思っています。

本当にありがとうございました。

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