二度目の温泉へ

 春休みも後少しで終わりを迎え、俺と亜利沙や藍那にとって三年生の時間が始まることになる。そのために英気を養う……というわけではないのだが、年末に続いて再び温泉旅館に来ていた。あの時とはまた別の場所だ。


「いらっしゃいませ新条様、お荷物をお持ちします」

「ありがとうございます」


 今日の予定というか、旅館の予約等は全て咲奈さんがやってくれた。俺たちは黙って今日を迎えたわけだけど、こんな良い場所を取ってくれた咲奈さんには本当に感謝している。


「凄い綺麗なところね」

「そうだね。ふふ、自然の空気が美味しい!」


 亜利沙は落ち着いているが、藍那は幼い子供のようにはしゃいでいた。その様子はとても可愛らしくもあったが、同時に彼女の色気は他の二人同様に遠慮なく振り撒かれている……つまり何が言いたいかというと、彼女は……いや違うか。俺を除いて彼女たちはみんな注目の的だった。


「やっぱり三人は注目を集めるよな。流石美人親子」

「注目を集めるのは嫌だけれど、隼人君に美人って言われるのはいつでも嬉しいわ」

「うんうん♪ 隼人君以外に言われても虫が飛んでいるような音みたいに聞こえるんだけどね。やっぱり隼人君からの言葉が一番だ♪」


 二人は俺の隣に並び、それぞれ腕を抱くようにして身を寄せた。旅館の人とやり取りしている咲奈さんが羨ましそうに見ているが、今だけは許してくださいと視線で訴えておく。


『その代わり、後で私も抱き着きますからね?』


 そんなことを目線から伝えられた気がした。

 まあ同時に、とてつもない嫉妬の視線を浴びることになったわけだが……まあやっぱり今更って気がするな。もう何だかんだ半年近くも俺は彼女たちと過ごしている。


「もうさ、堂々とするのが一番だよな」

「そうね♪」

「そうだよ♪」


 そしてまた、二人が更に強く抱き着いてきた。

 他の客だけでなく、俺たちを案内してくれることになった男性の従業員にも面白くなさそうな目を向けられたのだが……従業員がそれで良いのかよ。


「こちらです。それでは何かありましたらお呼びください」

「分かりました」


 案内された部屋は大きかった。

 旅館ということもあって和をイメージした内装……うん、畳の香りがとても気分を落ち着けてくれる。一泊二日の予定だが、明日の昼前には帰ることになっているので特にどこかに向かう予定もない。完全にこの旅館でお休みを満喫するというわけだ。


「あ、見て姉さん。ここからの景色最高だよ」

「本当ね。写真を撮りましょう」


 きゃっきゃとはしゃぐ二人を見ていると、俺の隣に咲奈さんが座った。俺と目が合った彼女はニッコリと圧のある微笑みを浮かべ、いつもよりも力強い声でこんな提案をするのだった。


「さあ隼人君、私に甘える時間ですよ~?」

「……それ、そんな圧を込めなくても良いのでは」


 俺からすれば咲奈さんに甘えることはご褒美だ。何をしても受け入れてくれて、どんな要望も笑顔で頷いてくれる。正に包容力の塊である咲奈さんに甘えるのはご褒美以外の何物でもない。だからまあ……そんなに強く言わなくても遠慮なく俺は飛び込みます!


「きゃっ!?」


 ちょっと勢いが強すぎたのか、俺は咲奈さんを押し倒してしまった。驚いた声を出した咲奈さんだが、押し倒した俺を見つめてその頬を赤に染める。甘えなさい、そう強く言った咲奈さんは既に居なくなり男を誘う顔をした雌が出来上がった。


「部屋について早々に私を求めるんですか? いいですよぉ、さあ隼人君思う存分この体を堪能――」

「はいそこまで~」

「母さん? それはみんなで夜にしようって約束でしょ?」


 あれ、その約束は俺初耳なんだけど……。

 仕方ないですねと言って咲奈さんは起き上がった。それでもニコニコと俺を見つめてくるのは変わらなかったので、俺は咲奈さんに膝枕をしてもらうことに。


「奏ちゃんも来れれば良かったね」

「そうね。ちょうどあちらも家族での旅行が被ってしまったから」


 実は今日、奏も誘ったのだが彼女の方も家族での旅行が計画されていた。電話の向こうでかなり泣きそうな声だったが、今度こそは一緒に旅行に行こうと伝えた。あんな声を聞いてしまったのもあるし、寝る前に奏にメッセージは送っておこうかな。


「……っとそうだ。ちょっとトイレ行ってくる」

「分かりました。いってらっしゃい」


 思えば車での移動中ちょっと我慢してたんだよな。引いていた波がまたやってきてすぐにトイレに行きたくなった。とはいえ咲奈さんの膝枕から離れるくらいならトイレくらい我慢……出来そうにないので俺は立ち上がるのだった。


 部屋から出てトイレまでの廊下を歩くのだが、本当に人の数が多い。行楽シーズンというのもあるのかもしれない。家族での旅行もそうだし、団体さんもそれなりに居そうだ。


「……おっと」

「あ?」


 曲がり角で人にぶつかってしまった。

 俺と同い年くらいの男子だが……まあ見た目がヤンキーだった。金髪だしピアスは付いてるし、目付きも悪ければ口も悪そう……ってこれは偏見だな。人を見た目で判断してはいけない、そう教わったから――。


「ボーっとしてんなよカス」


 ……偏見的中だった。

 その男子は舌打ちをしてそのまま行ってしまい、俺の方は別にビビったわけではないが他所にはあんな同い年くらいの奴も居るんだなぁと素直に思った。


 それからトイレを済まして部屋に戻り、夕方までみんなで楽しく雑談をして時間を潰した。さて、今回こうやって旅館に来たわけだが少しだけ残念なことがあった。


「うぅ……混浴使えないなんて」

「またあの時みたいに隼人君と色んなこと出来ると思ったのに」

「残念ですね……まあでも、その分みんなで夜は楽しみましょう」


 混浴が使えないらしい。

 なんでも長期の工事をやっているとのことで、ちょうどその工事期間と被った。工事をしているのなら仕方ない……でも、また俺は従業員から凄い目で見られることになったのだが。


『すみません、混浴は使えないんですか?』

『あ、申し訳ありません。実は来月の中頃まで工事をやっているんですよ。ですので残念ですが……』

『……そう……ですか。隼人君とイチャイチャしながら温泉に入れると思ったのに』

『そうね……はぁ』

『二人とも、あまり落ち込みすぎないで……はぁ』


 とまあそんなやり取りをしていれば、俺が彼女たち三人と混浴に向かおうとしていたのは分かることだ。だからこそ、ジッと見られた時の目が何とも言えない。二度目だが従業員なんだからそんな目で見るなとは言いたかったけど。


「……寂しいな」


 温泉に浸かりながらそう呟いた。

 一人で風呂に入ることに寂しいって感じるのは相当だと思う。まあ最近は本当に彼女たちの誰かと一緒なのが当たり前だったからな。


「ねえお父さん! ここぶくぶくが凄いよ!」

「そうだな。ほら」

「あはは~!」


 少し向こうで親子の二人が楽しそうに温泉を満喫していた。

 まだ小さな子でたぶん小学生の低学年くらいか、そんな子がはしゃいでる姿を見てお父さんが幸せそうに笑っている……俺にもあんな頃があったんだろうな、母さんのことはともかく父さんのことはそこまで憶えてないからこそそう思うんだ。


 それから時間に数十分、体を温めた俺は外に出た。

 しばらくすると三人も女湯の方から出てきて……うん、やっぱりお風呂上がりの美女の姿ってのは凄まじいほどの色気を放っている。


「お待たせ♪」


 最初に藍那が抱き着いてきた。

 シャンプーの香りと藍那自身の甘い香りが混ざり合い、つい頬が緩みそうになる香りが鼻孔をくすぐる。それにしても思うのだが……浴衣ってやっぱり良いよな。


 旅館で良く見るタイプの浴衣だけど、咲奈さんに関しては少し谷間が見えていた。それに帯をお腹の位置、胸の下あたりで巻いてるので膨らみが程よく強調されていてとてもエッチだった。


「姉さんにお母さんもほら、隼人君とても良い匂いだよ?」

「そう? それじゃあ失礼して」

「私も失礼しますね」


 藍那の言葉を聞いて二人も俺に抱き着いた。藍那は正面から抱き着いたままだが、亜利沙と咲奈さんは左右から俺を挟むようにして身を寄せてきた。甘い香りと温かい体温、そして至高の柔らかさにまるで天国に居るかのようだ。だけど三人とも、取り合えずさっさと部屋に戻ろうか。


 周りの目が凄く痛いからさ。

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