落ち着かせる方法が似ている

 誰かが泣くということは何か辛いことがあった時だ。それ以外にも概ね理由はあるだろうが、とにかく誰かが涙を流している時点で何かがあったと思うのは至極当然の反応だった。


「隼人君入るよ~?」

「……あ、藍那か」

「……………」


 意気揚々と隼人の部屋に入った藍那だったが、ベッドの上で涙を流す彼を見てしまった。目は赤くなっており少し腫れているようにも見える。愛おしい彼、何よりも大切な彼が涙を流している……それは間違いなく事件だった。


「は、隼人君!? 何があったの!? 何かされたの!? どこのどいつ!?」

「お、おい藍那……」


 ビュンっと音を立てて隼人の元に藍那は飛んだ。何かされたのか、どこか痛い場所があるのか、とにかく藍那の脳内を占めたのは隼人への心配だった。泣いているなら落ち着かせる、それを実践するように彼女は隼人をその豊満な胸元に抱いた。


「わぷっ!?」

「ほら隼人君。隼人君の大好きなおっぱいだよ? 気持ち良い? 安心する?」

「……………」


 藍那自身は隼人を落ち着かせるために必死なのだ。隼人は隼人で確かにおっぱいは大好きだが、こんな風にされるほど落ち込んでいないんだがと恥ずかしそうだ。


「……藍那? 俺は大丈夫だから――」

「じゃあなんで泣いてるの? 何かあったんだよね?」


 語気は強くマシンガンのように言葉を藍那は問い続ける。どうやら彼女は隼人が涙を流すほどの姿を見せるとこうなるらしい。原因は何か、それを聞いてその悲しみの種を潰す、藍那の目からはそんな意思が感じ取れた。


「何かあったけど……そうだな。聞いてくれるか?」

「もちろんだよ。教えて」


 ならその拳を下ろしなさいと、隼人は苦笑しながら夢のことを話し始めた。

 まだ幼い隼人と存命時の両親が夢に出たこと。幸せに暮らす三人の姿を眺め、耳に聞こえてくるのは母である香澄の声だったこと。香澄や彼方の願いは大きくなった隼人を見守りたいこと、万が一にでも居なくなってしまったとしてもずっと愛していると言っていたこと……その全てを隼人は話した。


「っていう夢を見たんだ。どうしてか分からないけど、また母さんや父さんに会えた気がしたのもあったし、たとえ夢でも愛しているって言われたことが嬉しかった」

「……っ!」


 既に涙は流れておらず、夢を思い出しながらだったので隼人も笑顔だった。それでも今度は藍那が涙を流しながらギュッと隼人を抱きしめた。


「そうだったんだね……うぅ、聞いてるだけで涙が出てくるよぉ」

「あはは、今度は藍那が泣いちゃったなぁ……」

「だってぇ……」


 他人のことでも涙を流せるその優しさも藍那の魅力だ。藍那だけでなく、亜利沙と咲奈も同じだろう。まあ最初の藍那のように若干のパニックになりながらも、取り敢えずは隼人を落ち着かせるために甘えさせようとするだろうが。


「……私もお父さんが夢に出てくることあったかなぁ。内容はあまり覚えてないけどやっぱり現実で会えない人が夢とはいえ出てくるのって嬉しいよね」

「そうだな。本当に力をもらえた気がするよ」


 まあ、お嫁さんをもらった姿を見たい……今もしも二人が生きていたなら、こんなにも素敵な彼女たちを紹介できたのかもしれない。


「……いや、母さんにはもう会わせたようなもんか」


 以前に一度、香澄と話をする夢を見た。その時に三人を愛していることとこれから先一緒に生きていくことを報告した。その時に香澄はハーレムだなと笑っていたのも思い出せた。


「……っとそうだ。何か用があったのか?」

「え? あぁそっか。まあそんなところだけど、全然良いよ。それよりも隼人君の涙を見ちゃったら離れたくなくなったよ」


 そのままベッドの上で二人は抱き合った。

 お互いに何もすることはなく、ただただ横になって抱きしめ合うだけだが本当にこれが幸せを与えてくれる。隼人にとっても藍那にとっても、こうして見つめ合うだけでも満たされるのだ。


「涙はもう止まったけどやっぱり凄く赤いね」

「まあそれは仕方ないよな。大体泣いた後ってこうなるし」

「だよねぇ」


 そう言って笑い合った。

 さて、先ほど藍那が用はあったけど別に良いと言ったのが、その用とは隼人を呼んでくることだ。咲奈は仕事で居ないが、亜利沙は藍那と同じように今この家に居る。


 つまり、亜利沙にとっては全然隼人は来ないし呼びに行った藍那も戻ってこないことになる。


「ちょっと藍那、呼びに行ったはずじゃ……」


 隼人の両親の寝室、少し遠慮がちだが亜利沙は入って来た。そこで目にした光景はベッドの上で抱き合う二人の姿だ。今更嫉妬することでもないが、ジッと待っていたのに二人がイチャイチャしていたのは面白くなかった。


「もう二人とも――」


 あははと笑う藍那、すまないと言って起き上がった隼人。そこで亜利沙は藍那同様に隼人の赤くなった目を見て固まった。その瞬間、隼人は強烈なデジャブを感じた。そしてビュンと音を立てて亜利沙が駆けたかと思えば、次の瞬間には隼人は亜利沙の胸に抱かれていた。


「どうしたの!? 一体何が……藍那が何かするわけもないし……ねえ隼人君。どこか痛いの? 悲しいことでもあった?」


 さっきの藍那と全く同じ亜利沙の姿だった。

 既に藍那のおかげで気分は落ち着いており、亜利沙の様子に隼人と藍那は笑いながら事情を説明した。


「……そうだったの。でも良かったわ……隼人君にとって良い夢だったのね」

「あぁ……だから亜利沙、離してくれて良いんだぞ?」

「ダメよ。今の私は隼人君を甘やかせたい気分なの。満足するまで絶対にこの手を離さないわ」


 ギュッと更に強く隼人は抱きしめられた。

 こうなると藍那が仲間外れみたいなものだが、彼女は寂しそうにするでもなく微笑んで二人を見つめていた。それからしばらく隼人は亜利沙に抱きしめられていたが、やっぱり我慢できなくなった藍那が加わった。


「やっぱりこれが一番だねぇ」

「そうね。私と藍那で隼人君を癒すのよ♪」

「……贅沢すぎるなこれ」


 リビングに戻った三人だが、いつものように二人が隼人を挟むように座る。量の腕を抱きしめられ、絶対に離れないのだと言わんばかりに身を寄せられる。確かに身動きが取れないのだが、それ以上に感じる柔らかな感触と甘い香りがお釣り以上に隼人に返ってくるのだ。


 学校でも有名な美人姉妹、その二人を侍らせる姿は正に両手に花状態だ。ここに咲奈も加わればもっと凄いことになるのだが、間違いなく学校に通う生徒たちからすれば血涙を流してもおかしくないほどに羨ましい光景のはずだ。


「王様気分ってやつ?」

「だな。余は満足じゃ」


 わざと年寄りのような声を出した隼人に二人はクスッと笑った。こうなってくると悪戯をしたくなるのだが、以前に二人と寝た時に藍那に悪戯をしたことがあった。その時は当然のように亜利沙にバレてしまい、どうして私に悪戯しないのかと言われたことがある。


(……ま、悪戯はしない方が良いか)


 っと、隼人は思ったが天啓が下りた。

 どちらか片方に悪戯をするのがダメなら、両方に悪戯をすればいいのではと。なので早速、隼人は腕を解いてもらって彼女たち二人を抱き寄せた。そして手を使って彼女たちの膨らみをモミモミ……完全に王様気分だ。


「……もう隼人君ったら」

「ふふ♪ 私も姉さんも隼人君に体を触ってもらえるのが嬉しいからね。これだけで準備が出来ちゃうもん」


 まあ、今の隼人は取り合えずこうやってのんびりイチャイチャしたい気分だった。

 それから雑談を交えながら、隼人は二人の体を楽しみ、亜利沙と藍那は隼人の好きにさせながらも徐々に興奮のゲージを極限まで高めていった。


「そう言えば……新入生はどんな子たちが来るんだろうね」

「そうねぇ。あまり変な子が来ないと良いけれど」

「絶対二人に告白する奴が居るな」

「嫌だね」

「嫌ね」


 絶対にあるとは言えないが、ほぼあると言える。

 だが二人の反応を見るに、新入生の男子たちに一切の希望はないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る