もしもあの時、藍那だけが……
あの時、カボチャを被って助けに入った隼人のことを藍那だけが知っていたらどうなっていただろうか。今と少しだけ性格が違い、姉にも母にも彼の存在を打ち明けなかったらどうなっていたか……それを覗いてみようと思う。
「それではまた明日、気を付けて帰れよ~」
「は~い」
「さようなら~」
終礼が終わり、各々の生徒が教室を出て行く。
「なあ隼人、これからゲーセンでも行くか?」
「新しいの入ったらしいから行かねえか?」
「いや、今日は用事があるんだ。すまん」
声を掛けてくれた友人たちには悪いが、どうしても外せない約束があった。無理やり取り付けられたものだが……彼女の笑みを思い浮かべるとどうしても断ることが出来ない。
「……よし、行くか」
学校から出て帰り道を歩いていく。ある程度離れたところで、彼女がスマホを弄りながら俺を待っていた。
「あ、隼人君♪」
「すまん。待たせたか?」
「ううん、そんなことないよ♪」
俺を見つけて笑顔を浮かべながら駆け寄ってくる女の子、綺麗な茶髪を揺らしながらその大きな胸を弾ませるのは新条藍那……そう、あの時俺が助けた女の子の一人である。
「ど~ん!」
「おっと……」
ギュッと抱き着いてきた彼女を受け止めると、まるでこうされることが最高の幸せだと言わんばかりに微笑んだ。そのまま強く抱き着いてきたことで、彼女の豊満な胸が潰れて形を変える。
「っ……」
「ふふ、ドキドキしてるのが分かる。隼人君、帰ったら相手してあげるね?」
「……あぁ」
学校一の美人姉妹の片割れ、そんな彼女に微笑まれて心を奪われないわけがない。いや、それだけではないのだ。彼女は俺に与えてくれる……愛を、家族が居なかった寂しさを埋めてくれるのだ。
「……藍那ぁ」
「あはは、まだ帰りだよ? でも良いよ、隼人君が満足するまでこうしてあげる」
俺が抱きしめると、彼女もまた腕を背に回してくれた。
こうして彼女と抱き合うだけで安心出来て幸せが胸の家に溢れる。彼女との出会いは決して良いモノではなかったが、こうしてこのような関係になれたことは俺にとって何よりの幸運だった。
そもそも、俺は藍那を含めて彼女たちにあの時のことを話すつもりはなかった。学校で見かけた時に事件のことをあまり引きずってないようで安心したが、藍那だけは俺に気付いていた。
『君があの時の人だったんだね? お礼が言いたかったの。君にずっと会いたかったの。君にお返しがしたかったの』
彼女の姉が告白をされていたのを偶然見る羽目になったのだが、その時に様子を見に来た藍那と知り合った。まさか俺の背丈、手の形、目の色、息遣い、匂いに至るまでを完全に覚えていると彼女は言った。
『君のことは何でも分かるよ。もう逃がさない……ううん、逃げないで。私は君の為に生きたいの。いきなりでごめんなさい、君が居ないともうダメなの』
正直、初対面に近い状態でこんなことを言われて怖かったのはある。けど……彼女のあまりの美しさと儚さを同居させた表情に俺は魅せられた。結局、俺もどこにで居る普通の高校生だったってわけだ。
それから彼女と秘密の関係が始まり、多くの時間を過ごしてきた。彼女の姉と母は俺のことを探しているようだが、どうも藍那は伝えるつもりがないらしい。俺としてもそっちの方が気が楽というのもあって、藍那の方針に従うことにしたのだ。
「隼人君とこういう関係になれて良かったよ。恋人なんて男の人が嫌いな私には一生できないと思ってた。けど、隼人君が私を変えたんだよ? 価値観も全部、隼人君だけの女になっちゃった♪」
この子はいつだってドキドキする言葉を俺に伝えてくる。愛情表現がストレートなのもあって決して隠し事はしないし、何があっても彼女は俺を裏切らないのだと思わせてくれる確信すら抱かせるほどだ。
「藍那は……」
「なあに?」
「……なんでそんなに可愛いし美人なの?」
「決まってるじゃん。隼人君だけの女だからだよ♪」
……この子はいつだってそうだ。
付き合っているというのは誰にも打ち明けていない、学校では隠れて会うことがほとんどだ。彼女の姉すらも知らない関係を俺たちは続けている。
「隼人君の為なら何だって出来るよ? 一生を懸けて隼人君に尽くすから。隼人君の傍を離れないから……絶対に、絶対にね」
「そっか……俺だって絶対に離さないよ」
「うん♪」
独占欲のようなものは持たないと思っていた。けれど、こんなにも俺のことを想ってくれる彼女が居るとどうしても縛り付けたくなる。まさかこんなにも心情の変化があるとは思っていなかった……藍那の魅力に狂わされてしまった。
「姉さんにもお母さんにも渡さない……隼人君は私だけのモノだよ。そして私も隼人君だけのモノ……ねえ隼人君、それで良いよね?」
「あぁ。藍那がそれを望むなら」
「望むよ。どこまでも……あぁ隼人君好き……好き好き好きぃ♪」
「お、おい……」
まだ帰り道だと言うのに彼女は俺にキスをしてきた。
背伸びをするように必死に唇を合わせてくる彼女……周りに学校帰りの中学生が居たのにお構いなしだった。触れ合うだけのキスではない、舌を絡ませる大人のキスに頭がボーっとしてくる。
「……ぷはぁ♪」
唇を離すと唾液によって発生した銀の糸が滴り落ちる。
ペロッと唇を舐めた彼女は俺の手を引き、そのまま急いで家に歩く。我が家には俺しか居ないこともあって何をするにしても自由だ。だからこそ、リビングに向かってすぐに彼女は俺の前で服を脱いだ。
「寒い……でもそんなことより隼人君としたいのぉ」
彼女は一度スイッチが入ると普段の様子からかけ離れた姿を見せる。まるで物語に出てくるサキュバスが現代に現れたような錯覚すら感じる。黒いブラに包まれた豊満な胸元、シミ一つない白い肌、その内包されたありとあらゆる魅力で俺を再び抜け出せない愛の沼へと引きずり込むのだ。
両親との思い出が残るこの家は、もはや俺にとって藍那と愛を育む場所に変わったのは言うまでもない。
「隼人君、ずっと愛してあげるから……だから私を手放さないで。絶対に!」
彼女は叫ぶ、俺への止めどない愛を。
その想いにどこか歪んだものを感じながらも、俺にはそれが心地良かった。学校で人気の美しい藍那、彼女は今俺の腕の中に居る。学校では決して見せることのない雌の顔を晒しながら、彼女は今日も俺と交わるのだった。
「隼人君……隼人君っ!」
最悪の出来事があったものの、藍那は真の愛とも呼べる感情を見つけた。特定の男性を愛することはないと思っていたが故に、その気持ちを知った瞬間に藍那はとてつもない心境の変化を実感した。
隼人のことしか見えない、彼だけを愛していたい……ただそれだけの感情が彼女の心を占めた。彼さえいれば何もいらない、姉も母も何もかも!
(隼人君とこうするのが好き……愛されるのが好き、愛するのが好き……隼人君の子供が欲しい、生みたい……生みたいのおおおおおおおっ!!)
藍那自身も何故このようなことを考えるのかは分かっていない。ただ本能が彼との子供を求めている。絶対に孕みたい、そんな感情に流されるがままにただただ藍那は彼を求める。もちろん、体の繋がりだけでなく普段からも彼を求めている。
もはや彼女にとって、隼人という存在は半身に等しかった。彼が生きているこの世界に生きることこそ意味がある。彼に思われない自分なんて必要ない、そんなことさえ藍那は思っていた。
これはもしかしたらあったかもしれない世界、藍那だけが隼人を認識して成り立った世界……まあ、本来の彼女は家族思いなので決して訪れない世界でもある。だからこそ、藍那だけが幸せなこの世界はある意味――バッドエンドだ。
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