訪れた祖父

「そうだったんですね昔の隼人君は!」

「おじい様、よろしければもっと深く教えてください!」

「よし分かった! あれは暑い夏の日じゃった――」


 今、俺の目の前で祖父ちゃんが亜利沙たちを相手に楽しそうに話をしていた。内容は過去の俺についてで……まあ黒歴史と呼べる恥ずかしいものは何もないが、かなり小さい頃の話を面白がって二人に聞かせていた。


「祖父ちゃん、あまり変なことを言うなよ?」

「分かってるとも。しかしなぁ……こんなに可愛い娘たちにせがまれたら話さないわけにもいくまい」

「そうだよ隼人君♪」

「えぇ、さあ教えてください♪」


 ……あの優しい祖父ちゃんも若い女の子にはデレデレだ。

 俺の視線なんてなんのその、一切気にすることなく話を再開させた。大きくため息を吐く俺の隣で、咲奈さんは楽しそうにクスクスと笑みを浮かべていた。


「電話口で話したことはありましたけど、楽しいおじい様ですね源蔵げんぞうさんは」

「まあ……母さんが亡くなってからずっと俺を気に掛けてくれましたからね」


 源蔵、それが祖父ちゃんの名前だ。

 当初から予定したように今日祖父ちゃんはこっちにやってきた。実際に三人と合わせるのは初めてだったが、祖父ちゃんはまるで孫娘が出来たみたいだと喜んでいた。亜利沙と藍那もすぐに打ち解け、咲奈さんには……思い出すだけでも恥ずかしいやり取りをしていた。


『初めまして咲奈さん、隼人が世話になっておるな』

『初めまして源蔵さん、そんなことはありませんよ。隼人君を見守ることは私にとってもはや大切で当たり前のことです。香澄さんの代わりになれるとは思いませんが、本当の母のように愛していきたいと思っています』


 咲奈さんのそんな言葉は今まで何度も聞いている。けれど、改めて決意を示すかのように祖父ちゃんにそう言った姿は……何だろうか、本当に母さんのような安心感を俺に与えてくれたのだ。


 咲奈さんは本当の母さんではない、それでも俺に母のような安心感と恋人としての癒しを与えてくれる女性である。亜利沙と藍那を含め、咲奈さんにどれだけ支えられて心を救われたか分からない……俺はつい、咲奈さんの手を握りしめた。


「隼人君……安心しますか?」

「します。咲奈さんの手が温かくて」


 安心しないわけがなかった。

 さて、そんな風に咲奈さんと手を握り合う俺だが祖父ちゃんの話は終わらない。亜利沙と藍那も祖父ちゃんの話に一喜一憂するように、俺の過去を聞いて興奮している様子だった。


「今もそうだが、昔の隼人もそれはもう可愛くてな。香澄や彼方君が傍に居るのにわしのところに来るんだ。それはもう優越感が凄かったな!」

「へぇ! 隼人君はおじいちゃん子なんだ!」

「……出来れば写真などは――」

「あるぞ。しかと持ってきておる」

「見たい!」

「見せてください!」


 祖父ちゃんは鞄からアルバムを取り出した。

 うちにも一応ある程度は残ってるけど、ほとんど祖父ちゃんたちの家に置かれてるんだよな。母さんと父さんが亡くなってからせめて彼らの姿が残った写真は祖父ちゃんたちに持っていてほしかったから。


「わぁ……可愛いぃ♪」

「これが幼い隼人君……ごくっ」


 藍那は良い……だが亜利沙、なんでそんな穴が開くくらい見つめてるんだ。


「咲奈さんもどうだ?」

「見ます!」

「……やれやれ」


 咲奈さんもアルバムに釣られてしまった。

 この写真はいつのか、どこで撮ったのかを祖父ちゃんが説明すると三人はその度に感動したような声を上げる。そしてやっぱり亜利沙と咲奈さんが怖いくらいに意味深な笑みを浮かべてて本当に怖い。祖父ちゃんは気付いてないし、藍那は仕方ないなと苦笑する程度だ。


「嫌じゃないけど何だろうねこの感覚……」


 別に聞かれればいつでも答えるし、写真も見られて困るものはない。それでもこうやって過去を覗かれるのは不思議な感覚だ。あぁでも、そう言えば彼女たちの昔の写真はあまり見てないな。今度見せてもらうことにしよう。


「これはしばらく置いていこうか。ゆっくり見てほしい」

「分かりました!」

「ありがとうございます!」


 一旦写真の閲覧会は終わったみたいだ……いや、藍那と亜利沙は相変わらずアルバムに目を向けていた。二人の姿に苦笑した祖父ちゃんは俺に向き直った。


「良い子たちじゃないか。話だけ聞いていたが……良き縁を結んだな?」

「……うん。俺には勿体ないくらいだけど」

「そんなことを言うな。色々と世間の目は厳しいかもしれん、わしも最初は困惑したくらいだからな。じゃがわしと婆さんは祝福しておる。どんな形でも、孫の幸せを願わない親など居らん」

「祖父ちゃん……」


 あぁ……祖父ちゃんもそうだし祖母ちゃんもこんな人だ。

 本当に優しくて、いつも気に掛けてくれて……どこまでも大きくて、どこまでも俺を愛してくれる人たちなのだ。


「ま、今更外の目は気にしてないさ。公言するわけでもないし……俺たちは俺たちで幸せに暮らしていくだけさ」

「うむ。それでいい……じゃがしかし」

「どうしましたか?」


 祖父ちゃんは傍に居た咲奈さんに目を向け、そして次に亜利沙と藍那の二人に目を向けて言葉を続いた。


「香澄に似ておるなやはり。一番似ているのは咲奈さんだが……はは、隼人も彼方君の息子というわけだ」

「……なあ前から気になってたんだけど、母さんってそういうタイプ?」

「うむ。強烈じゃったぞ?」


 ……母さん、今母さんは天国で父さんとどんなことをしているんだい?

 まさかとは思うけど、そっちでも困らさせたりしてないよね? 思わず幻聴でそんなわけないでしょと聞こえてきそうだ。


「今日は良き日だった。今度は婆さんも連れて参るとしよう」

「何なら俺が行くよ。祖母ちゃんの料理も食べたいし」

「その時はぜひ私たちも一緒に行かせてください」

「もちろんじゃ。待ち遠しいのう、わしが死なんうちに頼むぞ?」

「縁起でもないことを言うんじゃないよ」


 カッカッカと祖父ちゃんは笑った。


「しかし可愛い娘たちだな。孫娘が出来るとこんな感じかもしれんな」

「祖父ちゃんデレデレしすぎなんだって」

「するじゃろ普通」

「……まあな」

「じゃろ?」


 うん、間違いない。

 それから祖父ちゃんはしばらくして帰った。三人と初めて顔を合わせたようなものだけど良い出会いになったようだ。


「お爺ちゃん良い人だったね」

「えぇ。お婆さんの方にも会いたいわねそのうち」


 意外とその時は近そうだけどね。

 しかし……俺たちの関係性を知った時に魂が抜けて死に掛けたなんて言われてそれはもうビックリしたものだ。祖母ちゃん……大丈夫だよな?


 俺は少しだけ、それが心配になってしまった。


「私としても改めて宣言出来ました。隼人君、これからもよろしくお願いしますね」

「うん。よろしく母さん……じゃなくて、咲奈さん」


 つい母さんって言ってしまった……危ない危ない。

 いや、別に何も危なくはないんだけどやっぱり恥ずかしいよなぁ……アレだ。保育園とか学校でつい担任の先生にお母さんって言ってしまうタイプのアレだ。


「……咲奈さん?」

「も、もう一回! もう一回どうぞ!?」

「……母さん?」

「うっはああああああんっ♪」


 奇声……コホン、控えめに言わなくてもおかしな声を出した咲奈さんに押し倒された。ぎゅむっと顔を大きな胸に抱え込み、咲奈さんは辛抱たまらんといった風に体をスリスリと擦り付けて来る。


「うふふ~♪ やっぱり良いモノですね! あぁ隼人君……息子……きゃあ素敵ですよ本当に♪」

「母さん、ちょっと落ち着いて」

「落ち着きなよお母さん」


 と、取り合えず助けてくれ二人とも……おっぱいに殺される。


 ……これが最後の残る言葉だとしたら、アホなくらい間抜けだな。

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