お風呂はやっぱり癒しの場
朝、目を覚ました藍那はすぐに自室へと向かった。
慎重に扉を開けて中に入ると、まだベッドの上で隼人と奏は夢の中だった。天井に体を向けて眠る隼人に、ピッタリと体を引っ付けて幸せそうな寝顔を浮かべる奏に藍那はクスッと笑みを浮かべた。
「幸せそうに寝ちゃってさ……ほんと、可愛いなぁ♪」
ベッドの脇に肘を突いて藍那は二人を見つめた。
昨日、本来なら自分が隼人を癒してあげるつもりだったが奏に譲ったのである。奏は別に隼人の彼女ではなく、彼の意識の中では妹の域からまだ出ていない。それでも熱い恋に身を焦がす奏にまず一つの通過点として隼人の味を感じてほしかった。
『ねえ奏ちゃん、隼人君にしてあげたいって思う?』
『何をですか?』
最初は何のことか分かっておらず首を傾げていたが、その提案をした時に奏は確かに照れたが迷う素振りを見せずに頷いた。その時点で藍那はやはり確信した――奏はやっぱりこちら側の人間だと。
「……やっぱりしてないよね」
特にベッドに汚れた様子はなし、パジャマも乱れていないので普通にそのまま眠ったのだろう。流石にそんな空気になったとしても藍那のベッドということもあって遠慮したかもしれないが、別に藍那としては特に気にしない。
「やっぱり隼人君の中では奏ちゃんはどこまで行っても妹から出ないかぁ……う~んこれから次第だけど、出来るなら奏ちゃんも一緒に幸せになりたいし」
まあだが、こればかりは隼人の気持ち次第だ。
隼人が奏に対してどう向き合うか、それを見守るしかない。どんな答えを出そうが藍那にそれを強制することは出来ないのだから。
「っ……う~ん?」
「あ、起きた?」
先に目を覚ましたのは奏だった。
彼女は眠たそうに目を擦りながら藍那に目を向けると、何故だか目をトロンとさせて藍那に手を伸ばした。
「藍那お姉ちゃんだぁ」
「っ!?」
ギュッと、手を伸ばして藍那の手を握るのだった。
その愛らしい仕草は一先ず置いておくとして、今の甘い声音に藍那は心が揺さぶられたような気がした。あまりに可愛い奏の仕草に藍那は割と本気で妹になってほしいと強く思った。
そして、みんなが目を覚ました後のことだ。
「あの……藍那さん?」
「なあに?」
リビングで奏を抱きしめる藍那がそこには居た。
ソファに深く座り、股の間に奏の体を抱え込んでいる姿だ。奏の藍那お姉ちゃん発言を聞いてない隼人たちは首を傾げているが、仲の良い姿に変わりはないので笑みを浮かべて見守っていた。
「……ねえ奏ちゃん、本当に妹になってほしいよぉ」
「あ……私もなりたいですよ藍那さん」
本当に仲良くなったものだ。
『お兄さん……もし良かったら今度はお兄さんのお家に行きたいです』
『いいよ。いつでも来な?』
『あ……はい!!』
奏が新条家に泊まった翌日、その日は夕方まで一緒に居たが当然彼女は帰らないといけない。最後にそんな約束をして奏は帰って行ったが……案外近いうちに実行されそうな気がしないでもない。
まあでも、可愛い妹分の要望にはなるべく応えてあげたいもんだ。
「それじゃあ隼人君、今日は私とお風呂に入ろうね?」
「は? 何を言ってるの?」
「そうよ藍那、何を言ってるの?」
こうやって俺の取り合いをしてくれるのは嬉しいけど……うん、贅沢な悩みだよな本当に。それからしばらく言い合っていたが、結局言い出した藍那と一緒に風呂に入ることになった。
「お背中流しますよ~♪」
「頼む~」
背中を流れる温かいお湯に頬が緩む。
奏の時はタオルは手放せなかったが、こうして相手が藍那たちになると隠す必要なんて何もないからなぁ。
藍那に体を流してもらって俺は立ち上がった。すると藍那は俺の下半身をジッと見つめてきた。
「どうした?」
「あ、ううん。単にこうして隼人君の裸を見るのも日常の一部になったんだなって」
それは俺も同じだけどな。
俺が何も隠していないように、藍那だって何も隠してはいない。上半身も下半身も全部丸見えで、お互いに見られても若干の恥ずかしさはあるかもしれないが堂々と見せられるようなもんだし。
「それじゃあ今度は私を洗ってもらおうかな?」
「了解」
場所を変わり、俺は藍那からタオルを受け取った。
良い香りのするボディソープ、俺に使ってもらったのと同じだがそれを付けて藍那の背中にタオルを押し付ける。玉のような綺麗な肌を傷つけないように、慎重に洗っていくのだが……いつになってもかなり気を遣う。
「藍那の肌は綺麗だなぁ……」
「ふふ、お肌の手入れは欠かしてないもん♪ 今までもこれからも、隼人君の前で裸になった時に綺麗って言ってもらいたいから」
「……そっか。ちょっと嬉しいからギュってするわ」
「うん♪」
一旦タオルを置いて俺は藍那の体を抱きしめた。
当然ボディソープの影響でヌルヌルとした感触と共に手が滑るが、この滑る感覚も悪くはない。
「あ、もう隼人君ったら♪」
まあ、こうして裸で藍那と抱き合っていたら若干の悪戯は当然だ。とは言ってもちゃんと体を洗うことは忘れない。俺は手を使って入念に藍那の体に手を這わして満遍なく洗っていく。
「……あ、やべ」
「隼人君?」
少し鼻がムズムズしてくしゃみをしてしまった。
浴室が温かいとはいえ今は冬……流石に調子に乗ってハッスルするのも考え物か。
「あはは、私の体に夢中になって風邪を引かないでよ? ほら、体を流してお湯に浸かろ?」
「分かった」
藍那に言われたように夢中になりすぎたみたいだ。
お互いに体に付いた泡を流し、俺と藍那は揃って湯船に浸かった。ただ普通に隣り合うのではなく、俺の広げた股の間に藍那を抱え込む形だ。朝に藍那が奏にしていたのと同じような体勢だなこれは。
「……ふぅ、温かい」
「だな。お湯もそうだけど、こうして藍那を抱きしめてると心まで温かくなる」
「……ほんと、隼人君は私たちのことが大好きだよね」
「それを藍那が言うのか? 藍那たちだって俺のことを好きだろ?」
「それはもう当然! もう隼人君が居ないと生きていけないよ私たち」
それはオーバー過ぎるだろ、とは言えなかった。
俺もそうだし、彼女たちにとっても俺という存在がどれだけ大きいかはここに至って嫌でも理解している。もしも俺が居なくなったら彼女たちが生きる意味を失ってしまう、そう考えてしまうくらいにはもう分かっていることだ。
「ふふ、好きだよ隼人君」
「俺もだよ」
そうして湯船の中、ぴちゃっと水の跳ねる音を立てながら俺と藍那は向き合ってキスを交わした。
「……あ、そう言えば最近どうして藍那は髪を伸ばしてるんだ?」
最近気になっていたことだが、セミロングだった髪を藍那は伸ばしていた。亜利沙と咲奈さんのように長いわけではないが、それでも付き合い始めた頃に比べれば少し伸びている。
「それはねぇ……隼人君って髪長い方が好きでしょ?」
「……え?」
「あれ、違った?」
そう言われて俺は目を丸くした。
特に髪の長さに好みを感じたことはなかったけど……あぁでも、よくよく考えたら亜利沙や咲奈さんの髪を良く触ってるかもしれない。もちろん藍那の髪も触ってるけど……う~ん。
「髪長い方が好きなのかなって思ったんだけど……それなら私も少し伸ばそうかなって思ったんだよね」
「そうだったのか。まあでも、俺は別にあまりそこに好みはないかなぁ。藍那だから好きってのがあるし」
「……むむっ、なら私の早とちりかぁ」
「かもな。髪が長い藍那も短い藍那も素敵だと思うけど。変わらず魅力たっぷりの女の子だしさ」
「むふふ~♪ そっかぁ隼人君好きぃ♪」
「おっと……!」
強く飛びついた藍那を何とか受け止めた。
それから風呂から出ずにイチャイチャしていた俺たちだったが、当然亜利沙が様子を見に来て怒るまでがお約束だった。
「藍那! あなたは我慢することを覚えなさい! 私だってお風呂で隼人君とあんなことやこんなことして思いっきり乱れに乱れたいのに我慢してるのよ!? 後に入るあなたや母さんの迷惑にならないように! 分かってるの!?」
「わ、分かってるよ姉さん……」
俺と藍那は一緒に反省するのだった。
そして、明日は必ず亜利沙とお風呂に入ることが決まった瞬間でもあった。
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