ちょっと苦い思い出

「……卒業式……か」


 上級生だった三年生が卒業するその日がやってきた。

 先輩だった彼らは今日を持ってここを去ることになり、ひと月もすれば俺も三年生となり高校生として最後の年が幕を開けることになる。


「……感慨深いもんだな」


 一年の時は特に変わったことはなかったけど、二年になりハロウィンのあの出来事を経て彼女たちと知り合った。一年があっという間だったのに、それから五カ月くらいしか経ってないが本当に濃厚な日々だったと思う。

 まあ、この濃厚な日々がこれからずっと送られることは確定だが……あぁ、本当に楽しみだし幸せな日々が待っているはずだ。


「さてと、俺もそろそろ教室に戻るか」


 荷物も置いているし、亜利沙と藍那とはそっちで合流することになってる。目の前で涙を流して別れを惜しむ生徒たちの姿と、それを見守る先生たち……俺も既にそこそこ親しかった先輩とは挨拶を済ませているからもう用はない。


「……?」


 っと、教室に戻ろうとしたところで俺は一組の男女を見た。

 女子の方は後輩みたいだけど、男子の方は卒業生の先輩だ。本当はいけないことなんだろうけど、俺は少し近づいてみた。まあ彼らを見守るように隠れている人も居るしこれくらいはいいだろう。


「あの、先輩! 私ずっと好きでした!」

「そうか。ありがとう」

「……どうか、付き合ってくれませんか!? これからもう学校で会うことはありませんけど、プライベートでたくさんお会いしたいです!」


 甘酸っぱい、そんな青春の一ページを見ている気分だった。

 しかし、勇気を持って告白した女の子に対して先輩は……申し訳ないと頭を下げるのだった。


「ごめん、僕には気になる人が居るんだ」

「……ですよね。色々と話は聞いてて、知ってましたけど伝えたかったんです」


 ……今ここに、一つの恋が終わったってことか。

 自分のことではないし、あの後輩の女の子のことは全然知らないけれど恋の終わりってのはやっぱり少し寂しさを感じさせる。女の子は涙を流してしまったけど誰も先輩を責めることは出来ない。


 俺はすぐにその場から去り、教室に戻るのだった。すると、既に亜利沙が鞄を持って教室に来ていた。


「あれ、早いな?」

「えぇ。特に用もないからね、帰りましょう?」

「おう」


 藍那の姿が見えなかったので聞くと、どうやら友人たちと軽く買い物に行く約束をしたらしい。一瞬でもそこに男は居るのか、なんてことを考えてしまいなんて心の狭い人間なんだと思ってしまった。


「大丈夫よ。前も言ったけど、藍那は決して隼人君を誤解させるようなことはしないわ絶対にね。もちろん、それは私もだけど♪」

「……だな。分かってるよごめん」

「ううん、謝らないで。嫉妬なんてさせる暇もないくらいに隼人君を愛しているけれど、そう思われることもまた愛されている証だから嬉しいわ」


 嫉妬なんて醜いとはよく言われる……でも、自分の愛する人に関しては嫉妬の一つくらいはしてしまうものだ。ま、よくよく考えれば彼女たちに限って絶対にあり得ないって思える安心感は不思議とあるんだ。


「亜利沙、おいで」

「うん」


 おいで、そう言えば亜利沙はギュッと身を寄せてきた。

 学校ではあるがちゃんと周りに人が居ないことは確認している。そうは言っても結構こうやってハグみたいなことはしているので今更な気もするが……俺も亜利沙も、そして藍那ももうあまり気にしていない。


「与えられるだけじゃない、俺もしっかり与えていかないとな。これからずっと、それこそ死ぬまで亜利沙たちには傍に居てもらうんだからさ」

「……うん♪」


 笑顔の彼女の頬に手を当てて、そのまま顔を近づけた。

 亜利沙は拒むことなく、むしろ自分から顔を近づけてきたのですぐに俺たちの唇は触れ合った。……ただ、ちゃんと周りを見ていたはずだけどたった一人俺たちを見ている存在が居た。


「……?」


 亜利沙は背を向けているので気付いていないが、向こうから目を丸くして一人の男子がこちらを見ていた。その男子は先輩……さっき女の子の告白を断ったその人だった。


「むぅ、隼人君? キスをしてる時によそ見はダメよ?」

「ぅん!?」


 流石に舌は入り込んでこなかったが、それでも触れ合うにしては激しいキスだったのは否めない。本当にもう既に人が居なくて良かったと思ったけど、亜利沙はまだ先輩の様子に気付いてはいない。


「……っ!?」


 先輩は俺たちから視線を外し、そのまま早歩きで去って行った。

 亜利沙の唇の感触を感じ、彼女から香る匂いに包まれながら俺はさっきのことを思い返した。あの先輩は確か、気になる人が居ると言って告白を断った。


「……あぁ、そっか」

「どうしたの?」

「いや……」


 あの先輩はつまり、亜利沙のことが気になっていたのかもしれない。

 確証はないけれど何となく合っているとは思う。告白を断り、しかも卒業式の日にあの先輩には申し訳ないことをしてしまったか……と少し考えたものの、亜利沙を渡したくないという気持ちが出てしまい彼女を強く抱きしめた。


「亜利沙、俺は絶対に君を離さない。ずっと俺だけの亜利沙だ」

「っ……はいぃ!」


 凛々しい亜利沙に似合わない甲高い声が出た。もしもこれが漫画の世界だったら目にハートが浮かんでいるんじゃないかってくらいに亜利沙はその瞳に俺しか映していない。


「私は隼人君だけのモノです♪ 未来永劫、あなただけにご奉仕します……亜利沙は隼人君だけの奴隷なんですから♪」

「……俺が言った手前あれなんだけど、まだ学校だぞ亜利沙」

「そんなの知りませ……知らないわ♪ ねえ隼人君早く帰ろ? 帰ってたくさんご奉仕させて? メイド亜利沙にいっぱい命令して?」


 どうやらスイッチが完全に入ってしまったみたいだ。

 こうなってしまうと亜利沙は絶対に満足するまで元に戻らない。本気で嫌がったりすれば戻るとは思うけど、俺に限ってどんな姿を見せられても彼女たちを拒絶することは絶対にないからなぁ。


「分かった。早く帰ろうか」

「えぇ!」


 亜利沙と共に校舎から外に出た。

 相変わらずまだ先輩たちとの別れを惜しんでいたり、写真を撮ったりと多くの生徒を見かける。俺たちはその中を掻い潜るように学校から離れたのだった。


「そういえば隼人君、キスしてる時に何か見たの?」

「……あ~、気付いた?」

「足音がしたのは気づいたけど、それよりもキスの方が大切だったから」

「そか」


 亜利沙らしいな……俺は素直に先輩が見ていたことを伝え、もしかしたら亜利沙のことを気にしていたのではないかということも伝えた。


「なるほど、無理やり連れだそうとしたり一方的に気持ちを伝えられるよりはマシだったのかしら。まあ本当にその先輩が私のことを気になっていたとしても、どうせ実らない恋なのだから良いと思うけど」

「ハッキリ言うんだな」

「言うわよそんなの。相手がどんなに良い人で誠実だとしても、私はもう隼人君のことしか愛せないの。隼人君のことしか好きになれないのよ。だから、そんな私を気にした相手の方が悪い」

「……なるほどな」


 ある意味取り付く島もないとはこのことか。

 まあでも、俺もあまり先輩のことを気にしない方が良さそうだ。ドライな考え方かもしれないけど、やっぱり自分の手の届く範囲の幸せの方が何よりも大切だし。


 それから約束通り、亜利沙と家に帰った後は……まあ彼女の望むプレイをするつもりでは居たのだ。


 一人増えたけど。


「ふふ、やっぱり良いモノですねメイド服は可愛くて」

「……もう母さん!!」


 先に帰っていた咲奈さんが参戦したのである。

 というかそのメイド服大丈夫か? かなり胸元がパツパツだけど……あ。


「あ」


 小さな音を立てて少し胸元が……うん、これ以上はやめておこう。

 とはいえ、咲奈さんの場合はその小さなハプニングでさえエッチに見えるのだから凄い。それから藍那が帰ってくるまで、二人のメイドさんにお世話をされることになるのだった。

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