犯人はお前だ!!

「……ふわぁ。今日は色々あった気がするな」

「そうですね……♪」


 今日この日の奇跡を奏は忘れないだろう。

 亜利沙と藍那、二人と出掛けられただけでも嬉しかったのにまさかお泊まりの提案をされるとは思ってなかったからだ。


『奏ちゃん明日も休みなの?』

『そうですよ』

『じゃあうちに泊まりに来ない? 隼人君も居るよ?』

『っ!?』


 その言葉を聞いて瞬時に脳内に隼人が浮かんできた。

 二人には申し訳なかったが、その時点で奏の頭は桃色に染まり隼人のことしか考えられなかったのだ。


 もう、認めるほかない。

 想いだけでなく、体の全てが隼人を求めてしまっている。少女の心に宿った恋心と仄暗い歪んだ何かが彼女を女へと仕立て上げた。純真な少女はそこには居ない、愛する雄を求める雌が生まれたわけだ。


「……お兄さん」

「なんだ?」


 同じベッドの中、正直なことを言えば亜利沙と藍那、そして咲奈に申し訳ない気持ちはあった。それでもこうして隼人と夜を過ごせている、一緒の布団の中で横になれている現実がとてつもなく嬉しかった。


「……………」


 ただ……何を話そうか少し言葉に詰まる。

 嬉しいし興奮している。けれど実際にこんな状況になるとやはりどんな言葉を言えばいいのか迷うのだ。それに……奏にとって今日の記憶で最も刻まれている出来事が脳裏から離れてくれない。


「……本当にどうした?」

「いえ……美味しかったですお兄さん♪」

「美味しい?」


 何のことか分かっていない隼人に奏は苦笑した。

 先ほどの出来事、アイマスクで視界を奪われた隼人をスッキリさせたのは他でもない奏なのだから。


『あっと手が滑った~!』


 それが部屋に入っておいでという合図だった。静かに部屋に入った奏は藍那の傍に座り込み、彼女が見守る中でソレを見た。それからの記憶はあまりなく、藍那の話では周りの音が入らないほどに夢中になっていたらしい。


 そこまで卑しい女だったのか、或いは変態だったのか……そこまで考えたが別に恥じることもでなかった。何故なら気持ちだけでなく、無意識に体さえもが隼人に囚われていることに喜びを感じたから。

 正しく奉仕の形、そしてそれを受け止めた時に奏は今まで生きてきた中で最上の幸せを味わった。


「……はぁ♪」


 隼人も少しは違和感を感じただろうが、それでも最後まで奏のことは知られなかった。まあ結局経験の無さなんてものは気持ちでいくらでもカバーできる。それだけ奏の隼人に対する気持ちが強かっただけの話だ。


「……っ」


 隼人が何かを感じて唾を吞んだ。

 淫靡な空気を無意識に垂れ流すからこそ、その原因が分からずとも隼人だって何かを感じ取ってしまう。可愛い従妹と言えど、密着している奏の体は高校生の域に留まらない。

 端正な顔立ちと良い香り、豊満な柔らかさの全てがガリガリと隼人の理性を削っていく。それでも襲い掛からないのは女性として優れている新条家の女性たちと長い時間を一緒に過ごしているのもあるだろう。


「……あ~すまん。ちょっと飲み物飲んでくるな?」

「あ、分かりました」


 起き上がった隼人は部屋を出て行った。

 ちなみに、今二人が居る部屋は藍那の部屋であり、藍那自身は亜利沙の部屋で寝ている。藍那が放つ香りに包まれているわけだが当然隼人の匂いが強い。隼人が頭を置いていた枕に顔を押し付けると、鼻を通して彼の匂いが内側に入り込んできた。


「……凄いこれ……っ!?」


 ブルっと奏は体を震わせた。

 これはマズイ、ずっとこうしていると自分を抑えられなくなるのが理解できた。それでも止めることが出来ないのがまだ幼い奏だからこそ……しかし、あと一歩で焼き切れる寸前だった理性を押し留めるように隼人が戻って来た。


「ただいま……って顔が赤いぞ?」

「あ、そのちょっと励んでまして……じゃなくて、お帰りなさいお兄さん」

「……さっきから奏ちょっとおかしいぞ?」

「まあ誰かとこうして一緒に寝るのは初めてですから……ね?」


 確かにそれもそうか、そう隼人は納得したようだ。

 夜となると季節のせいで冷えてくる。寒そうに体を震わせた隼人はすぐに奏の隣に横になった。意識することなくほぼ反射的に奏は隼人に身を寄せたが確かに冷たい、しかしその冷たさが火照った体にはちょうど良かった。


「奏の体は温かいな」

「お兄さんが外に行ったからですよ。思いっきり抱きしめても大丈夫ですが……」

「そうか? じゃあちょっとお兄ちゃんを温めてくれ~!」

「きゃん♪」


 隼人からすれば茶目っ気を混ぜたスキンシップだ。

 全身を包み込むように隼人の抱擁を受けた奏は歓喜の悲鳴を上げた。少し思い切って隼人の胸元に顔を押し付けてその匂いを嗅ぐと……忘れかけていた興奮がぶり返してきて直感的に奏は思った――隼人の香りは麻薬のようだと。


(お兄さんお兄さんお兄さんお兄さんお兄さんお兄さん!!)


 奏を抱きしめている隼人は気づかないだろう、奏が人前で見せることの出来ない顔になっていることを。そこに服という隔たりがなかったら完全にペロペロしてしまっても構わないのだろうと言わんばかりの顔である。


「よし、大分温かくなったな」

「あ……」


 満足したのか隼人が体を離した。

 その瞬間、奏を包んでいた幸福が離れていくような気がして切ない声が漏れる。当然隼人はそれに気付き、奏の表情からも察したのか苦笑して再び抱き寄せた。


「苦しくないか?」

「いいえ……むしろもっと抱きしめてほしいです」


 ギュッと、背中に回った腕の力が強くなった。

 こうして隼人と抱き合っていると、もし昔に会えていたならどんな風に未来が変わったのだと夢想する。そこに祖父と祖母という異物がないことが条件だが……そこまで考えて奏はハッとしたが、すぐにハッと鼻で笑った。


(そうだったなぁ……もうあの人たちのことなんて考えてなかったから存在自体忘れちゃってた)


 それは孫を持つ祖父と祖母からすれば途轍もなくショックを受ける言葉だろう。決して外側に出さずとも、既に奏の中で彼らに対する親愛は地の底に落ちており今考えた言葉が全てだった。


「お兄さん……」

「なんだ?」

「……お祖父ちゃんとお祖母ちゃんのことはまだ許せませんか?」


 そう聞いた時、隼人の眉が顰められた。

 奏はすぐに後悔したが……彼からの言葉を待った。その言葉を聞いた時、奏のこれからの身の振り方を決めようと考えたからだ。


「……正直どうでもいいんだもう。でも、母さんのことを考えると許せないかな」

「分かりました」


 今この瞬間、奏の中で完全に彼らという存在が断ち切られた。

 もはやアレは祖父でも祖母でもなく、ただ愛おしい兄を苦しめただけのゴミだと定義された。奏の心にもう彼らは居座れない、そして彼らもまた奏に親愛の瞳を向けられることはない。


 以前に奏に電話越しで拒絶されたことを悲しんでいるみたいだが……もう奏には会わない方が正解だろう。彼女が抱く嫌悪を煮詰めた瞳を見てしまったらきっと、立ち直れないからだ。


「こら、ちょっと怖い顔してるぞ奏」

「ふみゅっ!?」


 指で頬を突かれ奏は驚いた。

 隼人は困ったように奏を見つめていたが、今の声がツボに入ったのかクスクスと我慢できずに肩を震わせている。奏は頬を膨らませたが、それでもこの何気ないやり取りに幸せを感じていた。


「お兄さん♪」

「よし、元に戻ったな」


 隼人という存在のおかげで、二人の存在は脳内から忘れ去られた。だからこそ、一切の負の感情無しで隼人に甘えられる。


 自分の体の全てを押し付け隼人に抱き着く奏の姿、正に彼女は妹として甘える少女でもあり、愛おしい男性にアピールする成熟した女性にも見えるのだった。




【あとがき】


今回の話良かった?(直球

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