目に見えない場所でごっくん

「お兄さん、気持ち良いですか?」

「……あぁ、凄く良いよ」

「えへへ、嬉しいです♪」


 背中から聞こえてくる声に、俺は緊張しながらも笑みを浮かべた。

 今俺と奏が居るのは浴室になるわけだが……えっと、何でこうなったんだっけ。


『せっかくだから隼人君、奏ちゃんとお風呂入ってあげたら?』

『……う~ん?』

『そうね。従妹だし良いんじゃない?』

『……うん?』

『ふふ、良いんじゃないですか?』

『えっと……』

『お兄さん……』


 藍那から飛び出た提案にみんなが乗り気だったし、奏に至っては断られるんじゃないかと不安そうな顔をしていた。いやいや、これは断らないといけない場面だってのに可愛い従妹のそんな顔を見せられると……俺は首を横に振れなかったのだ。


「……あぁ気持ち良いよ本当に」

「私、お兄さんの役に立てて嬉しいです。それも一緒のお風呂に入れて背中も流せるなんて……はぁ♪」

「奏?」

「っ……♪ いえ、大丈夫です。さあ続きをしますね?」


 お互いにタオルを体に巻いているのは最低限の守りみたいなもんだ。

 つっても、タオルを体に巻いているとはいえ奏のスタイルの良さは隠せていなかった。まあ視線を逸らしただけで取り乱したりしなかったのは……きっと亜利沙たちとお風呂に入る頻度が多すぎるから慣れているのもあるかもしれない。


「……お兄さんの背中、本当に大きいですね」

「そうか?」

「はい。異性とお風呂に入ったのはお父さん以外居ませんでしたから」


 ある意味可愛がられている箱入りお嬢様みたいな部分はあるだろうしな。まあ他に異性とこういうことの経験があったらと言われると俺も少し驚いたかもしれない。


「家族以外でしたらお兄さんが初めてです……私の初めてです♪」

「……言い方な?」

「何のことでしょうか♪」


 ……おのれ、年上を揶揄うことがどういうことになるか教えてやる!!


「お兄さん♪」


 亜利沙と藍那、咲奈さんと接する中で俺も成長した部分がある。それを示そうと思った矢先、背中から奏が抱き着いてきたのだ。ぴったりと体をくっ付けるように、その豊満な胸元を背中に押し付けるようにだ。


「……落ち着きますぅ。直接肌と肌が触れ合って、こうやって密着しているだけで何もしてないのにキュンキュンします」

「……………」


 奏の落ち着いた声音に反して、ドクンドクンとその鼓動が肌を通して伝わってくる気がする。奏はしばらく俺に抱き着いていたが、すみませんと言って離れた。


「なあ奏、あまり異性にそういうことをするのはいけないぞ? 絶対にないけど俺だって奏に襲い掛からないとも限らないんだから」


 ま、絶対にないだろうけどさ。

 そう伝えて湯船に浸かろうとすると、奏が首を傾げていた。水に濡れた髪が肌に張り付き、谷間を見せている今の状態は大変色っぽかった。可愛らしいというのが前面に出てくる奏だが、彼女の体は高校生にしては成熟しており大人の色気をこれでもかと醸し出している。


「……その、何かおかしいのでしょうか?」

「え?」

「お兄さんが私を……だって私はお兄さんの為なら何だって――」


 そう言って奏が俺の方へ足を踏み込んだのだが……幸か不幸か、彼女の足元には石鹸が落ちていた。石鹸を踏んでしまった奏は見事に滑ってしまったが、どうにか俺は彼女を受け止めることが出来た。


「……ごめんなさい!」

「いや……足元はちゃんと見ような」

「……はいぃ」


 風呂場に漂っていた妙な空気を洗い流す奏のドジに助けられた気がするよ。それから奏も体と髪の毛を洗い、少し話をしてから一緒に出た。その頃には変な緊張感は解けており、奏の様子もいつも通りだった。


「何というか……咲奈さんってザ・大人の女性って感じです」

「あら嬉しいですね。奏さんはとても可愛らしくて……ふふ、亜利沙と藍那も奏さんくらいのお淑やかさを――」


 そして奏と咲奈さんだが……かなり仲良くなっていた。お墓参りの時から会ってないはずだけど、まるで昔からの知り合いみたいな感じだ。まあとはいえ、亜利沙と藍那だけでなく咲奈さんとも仲良くしている奏を見ると……何だろうな、とても微笑ましい。


「お兄ちゃんって顔してるぅ」

「そうか?」

「えぇ。妹を見守るお兄さんって感じよ?」


 両隣に座っている亜利沙と藍那にそう言われた。

 まあ奏は俺にとって妹みたいな存在っていうのは間違ってないし、もう大切な一部であることに変わりはない。


「亜利沙、手伝ってくれる?」

「分かったわ」


 咲奈さんに呼ばれて亜利沙は手伝いに向かった。奏も手伝いをしながら、チラチラとこちらに視線を向けては目が合うと嬉しそうに微笑んでくれる。うん、本当に可愛い笑顔だ。


「奏ちゃんの笑顔凄く癒されるね」

「だな」

「可愛いなぁ本当に……あ、そうだ隼人君」

「うん?」


 グッと藍那が顔を近づけてきた。

 そのまま俺の胸元を突きながら……それこそ、目をトロンとさせた様子で言葉を続けた。


「いくら奏ちゃんと言えども少しは溜まったでしょ? 後で私が相手してあげる♪」

「……おう」


 何でもお見通しの藍那に俺は頷いた。

 それからしばらく待っていると五人での夕飯タイム、今日の献立は水炊き鍋ということでかなり頑張って食べることに。


「……こうやって大勢で食べるの楽しいです。お父さんはお仕事で忙しくて、お母さんと二人が多いですから」

「そうなのね。私たちも少し前までは三人だったけど……ふふ」

「そうだね。隼人君が加わってから本当に明るくなったかなぁ」

「……羨ましいです」


 心底そう思っていると言わんばかりに奏はそう言った。こんな奏の姿を見てしまうとこれから一緒に居ようか、なんて無責任なことを口にしてしまいそうになる。ふとした時に見せる寂しそうな表情、それが見たくないからだ。


「取り合えずさ、今日は奏ちゃんは隼人君と一緒に寝てね」

「そうね。隼人君と一緒に寝ると落ち着くわよ? とても安心出来るの」

「奏さんにもぜひ味わってほしいですね。心から安心できる瞬間を」

「すごく楽しみです!」


 俺の意見は? なんてのは無粋な問いかけになりそうだ。

 夕飯を終えると俺は藍那と共に彼女の部屋に向かった。待ちきれない様子の藍那だったが、何故か彼女はアイマスクを取り出すのだった。


「ねえ、ちょっと趣向を変えてみようよ。これ付けてみて?」

「……俺は別にMってわけじゃないんだが」

「そういうわけじゃないよぉ! 大丈夫だから♪」


 ……まあ分かった。

 藍那から受け取ったアイマスクを受け取り、俺は目元に付けた。これで目の前は真っ暗で、外から得られる情報は音と香りだけになった。う~ん、傍に藍那が居るとはいえ目の前が見えないのはやっぱり怖いな。


「あっと手が滑った~!」

「ぬおおお!?」


 な、なんか顔に恐ろしく柔らかいモノが……!

 たぶんだけど、今俺はギュッと藍那に顔を抱きしめられている状態だ。何故か耳も塞がれて音まで聞こえないが、少しすると藍那は俺から離れた。


「ふふ、それじゃあ思う存分堪能してね……隼人君♪」


 そして、藍那の手によって天国のような時間が訪れるのだった。

 事が済んだ後、アイマスクを外すと当然目の前に居たのは藍那だった。彼女は満足したような笑みを浮かべているが……なんだ? 何か変な感じがする。


「どうしたの?」

「いや……何でもない。良かったよ藍那」

「あはは、ありがと隼人君♪」


 藍那と笑い合っていると亜利沙と共に奏が部屋にやって来た。すぐに寝るのも勿体ないということで、これから三人で少しガールズトークをするのだとか。俺は退散しようとも思ったけど、どうも俺にも話を聞いてほしいらしい。


「それってガールズトークにならないのでは?」

「良いの良いの。逃がさないもん、姉さんも奏ちゃんもそうでしょ?」

「そうね。隼人君には居てもらいたいわ」

「居てほしいですお兄さん!」

「……了解」


 それじゃあ見守ることにしよう。

 それにしても、さっきからやけに奏がチラチラと俺を見ては顔を赤くしている。目が合うとサッと目を逸らすが、どこか上気した頬が気になった。


「奏ちゃんうがいしてきたの?」

「はい。その……まだ喉に絡まる気がしますけど」

「ふふ、私たちもそうだったから大丈夫よ」

「淡でも絡んだのか?」


 俺のその言葉に亜利沙と藍那は面白そうに笑っていた。

 ……本当にどうしたんだ?



【あとがき】


特に何もありませんでした。

申し訳ない。

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