染められ染めた者
「……そろそろ卒業式が近いなぁ」
「んだな。仲の良い先輩も居るし寂しくなるぜ」
俺の呟きに友人がそう答えた。
特に親しい先輩がそこまで多いわけではないが、仲の良い人も居ないわけではないので確かに寂しくなる。
さて、今日は休日だが俺は友人宅にお邪魔していた。
こうして俺が友人たちと遊んでいるということで、亜利沙と藍那の二人は奏を誘って街に出掛けると聞いていた。実は俺たちも街に出向く予定ではあったが早々に寒さで断念、一日家の中で過ごすことになった。
「はい、俺はここでこいつを発動するわ」
「マジか……う~ん、何もなしで」
男子高校生が三人集まれば主にゲームばかりやることになる。俺は今、二人のカードゲームで勝負しているのを眺めていた。
このカードゲームはかなり戦略性があるもので人気のゲームである。まあやり込んでいるというわけではないが、流行りものには乗っかりたいお年頃である。
「……よし! これで五枚のカードが揃ったぜ!」
「あああああ負けたあああああああああ!!」
お、どうやら終わったみたいだ。
勝負に負けた方の友人が身を投げ出すように床に横になった。拮抗していた勝負に負ければそりゃ悔しいだろうなぁ。
「はい三人とも、お菓子よ」
「あ、ありがとうございます」
部屋のドアが開き、おばさんがお菓子を持ってきてくれた。
毎度俺たちが遊びに来るといつもお菓子やジュースを持ってきてくれる。それなりに長い付き合いということもあり、俺たちの好みを全て把握しているから好きなモノしか出てこないんだよな。
「あぁそうそう。この前なんだけど、新条さんとこの奥さんに会ったのよ」
「……あ、咲奈さんですか?」
「えぇ。商店街に行った時に偶然ね。今まで特に話をすることなかったんだけど、隼人君のことで話が盛り上がったわ。凄く頼りになる男の子って絶賛してたわよ」
あ、咲奈さんとおばさんの間に少し繋がりがあったのか。本人から聞いたわけではなかったので少し驚いた。
「へぇ、っていうか美人姉妹のお母さんって見たことねえな」
「どんな人だったんですか?」
「ものすっごい美人よ? スタイルも抜群だし色気も凄くて……同じ年代なのが信じられないくらいだわ」
おばさんがそう言うと、何故か友人二人は俺をジッと見つめてきた。菓子を食いながらどうしたのかと目を向けているとこんなことを聞かれた。
「お前まさか……その美人母も毒牙にかけたんじゃないだろうな?」
「何を言ってるのよアンタは」
友人の言葉におばさんが呆れたような目を向けた。
彼らは当然咲奈さんとのことは知らない、知っているのは亜利沙と藍那のことだけだ。だからこそ、俺は曖昧に笑って誤魔化すことしか出来ない。ごめんおばさん、毒牙にかけたわけじゃないけど咲奈さんも一応……俺の彼女です。
「まあでも、確かに信頼以上の感情を向けているのは分かったけれど……ふふ、アンタも馬鹿な想像はやめときなさいよ?」
「分かってるよ」
ヤバい、この空間の居心地がある意味最高に悪い。
まあ友人もおばさんも流石に咲奈さんとの関係性まで考えは及ばないのか、この話はここで終わった。安心したようにため息を吐いた時、スマホが震えてメッセージが届いた。
「咲奈さんだ……」
まさかの咲奈さんだった。
内容だが今日は友人たちと夕飯を済ませるのかどうかというものだった。特にその予定はないので夕方にはそっちに向かうと返事をしておいた。
それから俺は友人たちと楽しい時間を過ごし、少し早めに家を出るのだった。
今日はこれから新条家に向かって泊まる予定になっている。何というか、お互いの家の玄関が繋がっていたりしたら凄く楽なのになぁ……ってことを最近思い始めていた。
「ただいま帰りました~」
新条家に着いたわけだが、まだ亜利沙と藍那は帰ってないみたいだ。どうやらまだ奏と楽しい時間を過ごしているようである。タッタッタと足音を立てて先に帰っていた咲奈さんが現れた。
「お帰りなさいあなた」
「はい、ただいま……あなた?」
「うふふ♪」
聞き返した俺に咲奈さんが笑った。
あなた……あなた、それを咲奈さんから直接言われたことに何とも言えない興奮があった。
「……嬉しいですね」
「その内本当のことになるんですから慣れておいて損はないですよ?」
目線も言葉も雰囲気も全てが優しい、だが咲奈さんから放たれる魅惑のフェロモンは当然俺だって日々悩まされている。慣れてきたとはいっても、本当にこの人は存在そのものがエッチなのだ。
「ほら隼人君、リビングに行きましょうか」
「はい」
そう言って咲奈さんは俺の手を握った。僅かな距離を歩くだけなのに、こうして俺の前に立って手を引く姿に年上の包容力を感じる。俺は後ろから咲奈さんの体を強く抱きしめた。
「きゃっ」
「……………」
亜利沙と藍那とも違い、この人の前では本当にどうしようもなく甘えたくなる。ただこうしているだけで安心出来るのだ。
「甘えん坊ですね隼人君は」
「咲奈さんがそうさせた部分もありますけど」
「えぇその通りです。こんな風に甘えてほしいって言いましたからね。隼人君に甘えられるだけで私……っ」
「……エッチですね咲奈さんは」
「もう言わないでくださいぃ! もう体がそんな風になってしまったんです!」
だから一々言葉のチョイスがアレなんですよ咲奈さんは!
それからリビングに向かった俺だったが、ソファに腰かけた咲奈さんの膝に頭を置くように横になった。膝枕をしてほしい、膝枕をしてあげる、お互いにそんな言葉はなかったのに俺は自然とそうしていた。
「……ねえ咲奈さん」
「なんですかぁ?」
「恋人のように過ごせるときもあれば、母に甘えるようにとことん甘えられる……ほんと、咲奈さんとの時間って贅沢な気がしますよ」
どんな要望にも応えてくれるというか、どんな属性にも変化するというか……亜利沙と藍那に共通するものの片鱗を良く咲奈さんは見せてくれるが、何度も言うがとにかくこの人は全てを包み込む優しさを持っている。
「そうさせたのも隼人君なんですよ?」
「……俺ですか?」
「はい」
大きな二つの山から顔を覗かせて咲奈さんはこう言った。
「隼人君の存在が私こうさせたんです。心の奥底に眠っていた私を隼人君が呼び起こした。ただそれだけのことです……もう、隼人君に染められちゃったんです♪」
「っ……」
だからこの人はああああああああ!!
「もう好きです咲奈さん!!」
「私も好きですよ~!」
サッと起き上がってギュッと抱きしめ合った。
胸元で潰れる大きな胸の心地、長く艶がありサラサラの黒い髪の毛……そして目の前の美しすぎる造形の顔立ち……あぁ、女神はここに居たらしい。
「……あ、そうでした。隼人君は娘たちから聞いています?」
「何をです?」
「実は今日――」
ちょうどそのタイミングで二人が帰って来た。
俺は咲奈さんと共にリビングで待っているとすぐに彼女たちは姿を現した。ただ、一人の客人を連れて。
「ただいまお母さん、隼人君も」
「ただいま母さんに隼人君」
「お、お邪魔します!」
「……え?」
え、どうして……そんな感情が俺を包んだ。
二人が連れてきたのは俺にとって決して他人とは言えない女の子……そう、奏だったのだ。
「奏?」
「はい! お兄さん♪」
ニコッと素晴らしい笑みを浮かべてくれたがどういうことだ?
「今日はね、奏ちゃんがうちに泊まっていくんだよ?」
「えぇ。あちらの親御さんの許可は取っているわ」
「不束者ですがよろしくお願いします!」
……あ、そういうことだったんだ。
でも不束者ってちょっと意味が違くないか?
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