女子会みたいなもの

「あ、来たよ」

「えぇ。時間通りね」


 とある休日、数日後には三年生の卒業式を控えたそんな時期である。新条家の美人姉妹こと、亜利沙と藍那の二人は街中でとある女の子と待ち合わせをしていた。向こうからやってくる待ち人に気付いた二人は手を上げた。


「やっほ~奏ちゃん」

「こんにちは奏さん」


 そう、二人の待っていた相手とは奏のことだ。

 お互いに休みが合うということもあって、せっかくだから女子だけでお出掛けでもどうかという話になったのだ。


 元は藍那からの提案だが奏はすぐに頷いた。そういった経緯があってこうして三人が集まることになったわけだ。


「……………」


 奏は辺りをチラッと見て少し残念そうな表情を浮かべた。その表情の原因は当然この場に居ない隼人のことだが、彼は今日友人たちと一緒に遊びに出ている。街中で遊ぶと言っていたのでバッタリ出会うこともあるかもしれないが、取り合えず彼が居ないのは決定事項だ。


「ふふ、奏ちゃんったら分かりやすいなぁ♪」

「私たちだけでは不満かしら?」


 楽しそうな二人の様子だが、亜利沙に関しては少し意地悪い問いかけだった。奏はハッとするように首を振って、そんなことはないと必死にアピールした。まあ亜利沙の方に悪気はなく、少し揶揄ったつもりだったがここまで必死とは思わず苦笑した。


「冗談よ奏さん、だからそんな風に困った顔をしないで?」

「あ、安心しましたぁ……」


 ホッと息を吐いた奏に藍那が抱き着いた。

 隼人を通じて出会った彼女を藍那は本当に気に入っている。自分よりも年下で似ている奏が本当に可愛くて仕方ないのだ。


「奏ちゃんは本当に可愛いなぁ。さてと、それじゃあお洋服でも見に行く?」

「そうね。奏さんもそれでいい?」

「はい! 今日はよろしくお願いします!」


 隼人が居ないことは残念だが、それでも二人とこうして会えたことに喜びを隠し切れない奏の様子だ。亜利沙と藍那で奏を挟むように、三人で歩き始めるのだった。


 先に向かったのは藍那が口にしたように洋服ショップだ。亜利沙と藍那も、そして奏も裕福な家庭ではあるので服に困ることはない。部屋には多くの洋服が仕舞ってあるが、こうして友達と服を見に行くのもまた一興だ。


「奏ちゃんはどんな服が好きなの?」

「え? う~ん、特に拘りはないですけど目立たない方が良いかなって思います」

「なるほどねぇ」


 藍那は奏に目を向けた。

 綺麗な黒髪をツーサイドアップにしており、可愛らしい奏にピッタリの髪型だ。ベージュのコートの下に黒のニットセーター、コートのおかげで見えないがその亜利沙に負けず劣らずの豊満な膨らみがそこには隠れている。


「……本当に可愛いよね奏ちゃん」

「……あの、あまり言わないでください。嬉しくてニヤニヤが隠せませんから」

「っ!?」


 照れる奏にまた抱き着きたくなる藍那だったが、流石に店の中ということもあって我慢した。それから三人での小さなファッションショーが幕を開けた。主に奏が着せ替え人形になる形だったが、三人とも終始笑顔だった。


 洋服ショップということもあって人の出は多く、タイプの違う三人の美女が楽しそうにしている姿は嫌でも目を集めていた。どうにかこの美しい三人を着飾りたい、でもこの光景に加わることは躊躇われる……そんなことを考える店員が続出したとか。


「奏ちゃんって凄く大胆な下着をしてるんだね」

「あぅ……その、やっぱりこういうのって大事ですから」

「そうだねぇ。私も姉さんも、お母さんだって妥協はしてないし♪」


 はてさて、これが誰のことを差して話しているのか……。

 それから三人ともそれぞれ一着ほど気に入ったものを買って店を出た。大切そうに服の入った紙袋を抱える奏の姿に、亜利沙と藍那は揃って微笑ましそうに見つめていた。


「……そういえばさ、まだ奏ちゃんはこっちに泊まったこととかないよね?」

「それもそうね。せっかくだし、夜も一緒に過ごしてお話とかしたいわ」

「……私も……でも」


 二人と夜を過ごす、ということは母親の咲奈はもちろん隼人も居ることになる。朝と昼だけでなく、夜も一緒に過ごせることを想像した奏は頬を赤く染めた。そして当然、一瞬ではあったが隼人との夜を想像してしまった。


『奏、おいで』

『お兄さん……その、私緊張してて』

『大丈夫だから。ほら』

『はい♪』


 この間、僅か二秒ほどのことだ。

 端正な顔立ちが喜びに染まり、初心な少女から愛を求める女へと変化する。漫画やアニメで表現するならば、奏の瞳には正しくハートが浮かんでいることだろう。


「私も人のことは言えないけれど、こうやって想像からその世界に入り込むのは藍那にそっくりだわ」

「でしょう? そんな部分も親近感あるんだよねぇ」


 藍那はひっそりと奏の背後に回った。そして腕を奏に体に絡ませるように抱き着くと、コートの中に腕を差し入れた。柔らかなニットの感触の上から、奏が持つ膨らみを優しく揉んだ。


「あ、藍那さん?」


 トリップしていた奏は突然の感覚に戻って来た。

 いきなりどうしたのかと藍那に問いかけると、彼女は奏の耳元に口を寄せて吐息交じりにこう言った。


「何を想像していたの? エッチなこと?」

「……っ」


 藍那の問いかけに奏は下を向く……完全に肯定と変わりなかった。年下の気に入っている女の子だからこそ、少し困らせてしまうくらいには可愛がりたい。そんな欲求もあったが藍那はサッと手を離した。


「ふふ、ごめんね奏ちゃん。ちょっと意地悪しちゃってさ」

「いえ……大丈夫です!」


 図星だったのもあるが、普段こんなことをしてくる友人は居ないのでどう答えればいいのか分からなかったのだ。本来なら亜利沙と藍那の恋人である隼人とそういうことを想像してはいけないのに、どうも彼の魅力に憑りつかれてから我慢できない。


 それに、以前新条家に行った際に藍那に色々言われたのも影響していた。


「全くこの子は。ほら奏さん、こんな変態は放って私たちは行きましょうか」

「変態ってひどくない!?」

「……ふふ♪」


 決して喧嘩にはならない姉妹のやり取り、奏にはとても新鮮で……そして眺めているのが本当に楽しかった。ただの出会いではこうはならなかっただろう、それもこれも隼人が起点となり決して普通ではない彼女たちと知り合ったからこそ奏の今があるのだから。


「なんだか不思議な気持ちです。藍那さんと亜利沙さん……二人と過ごすのがとても楽しくて」

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」

「うんうん。私たちも楽しいよ♪」


 そして純粋に藍那がギュッと奏に抱き着いた。

 街中で繰り広げられる三人のやり取りはやはり注目を集める。しかし、そのどれも三人は全く気にすることはなかった。何故なら全く意に介していないから、彼女たちがその感情を揺れ動かすのは隼人以外あり得ない。


「そろそろお昼だけどどこにする?」

「そうねぇ……奏さんは何か食べたいものは?」

「う~ん……あ、そうです。私、中華料理のお店に行ってみたいです。普段は絶対に行くことないので……」

「いいね! それじゃあいこっか」

「分かったわ」


 まだまだ三人の時間は終わりそうにない。

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