深夜に藍那とお喋り

 ふと、夜遅くに俺は目を覚ました。

 隣に目を向けると、俺の方に体を向けて藍那が静かに眠っていた。ちょこんと俺のパジャマの裾を握っている姿に愛らしさを感じながら、俺は彼女の手を優しく離す。


「……ふわぁ、こんな時間に目を覚ますのも珍しいな」


 時計を見るとまだ深夜の一時だった。

 起き上がった俺は藍那を起こさないように部屋を出た。一応亜利沙と咲奈さんも泊まっているけど、この時間なら既に寝ているのは当然だった。


 トイレで用を足し、喉が渇いたのでリビングで麦茶を飲んだ。

 もうすぐ二月が終わるとはいえ、まだまだ肌寒い季節だ。パジャマの上に何も着てないしこれで風邪なんか引いた日には目も当てられない。


「風邪を引いて世話になるのも……喜んでお世話してくれそうだけど移したりするのは嫌だしな。健康が一番、うんうん!」


 ……これ、フラグになったりしないよな?

 最近は……というより、風邪なんてしばらく引いてないけどこういう時に限って引いたりするんだ。


「……さぶっ、はよ戻ろ」


 コップを簡単に洗ってから俺は部屋に戻った。

 どうやら藍那は起きてないらしく、横になったままだった。もし起こしてしまったらと思っていたが、起きてないなら一安心だ。


 ベッドの上に乗るとギギッと音が響くも、俺は静かに元のポジションに戻ることが出来た。


「……寝れねえけど」


 眠気は若干あるがやっぱり目が冴えてしまっている。

 そう言えば……こういう時って一人だと色んな体勢を試すんだよな確か。でも隣に藍那が居るから寝返りを打ちまくることも出来ないし……これは参ったぞ。なんて天井を見つめながら困っていると、クスクスと笑い声が聞こえた。


「藍那?」

「うん。流石に起きちゃうよ♪」

「……あ~悪い」

「ううん、全然良いけど。寝れないの?」


 俺は頷いた。

 そっかと笑った彼女は俺の腕を抱いて身を寄せてきた。藍那だけでなく、亜利沙も咲奈さんもこうするのが本当に好きらしい。少しでも触れていたい、少しでも感触を感じてほしい、そんなことを常に考えているらしい。


「……う~ん、なあ藍那」

「どうしたの~?」

「思いっきり抱き着いていい?」

「……それは構わないけど?」


 抱きしめるではなく抱き着くというのがポイントだ。

 了承をもらったことで、俺は一旦藍那に手を離してもらい、彼女に向き直って俺は背中に腕も回し足も絡ませるように抱き着いた。


「わわっ」

「……あ~柔らかくてあったけえ」


 なんかおじさんみたいな声が出てしまったが気にしないでおこう。

 まるで抱き枕を抱きしめるかのように、俺は藍那を包み込んだ。女性特有の柔らかさもそうだし人としての温もりもそう、そして藍那自身の香りが俺を幸せにしてくれる。


「これじゃあ逃げられないよぉ」

「逃げるの?」

「逃げないもん♪」


 今の藍那は俺に捕まっている状態で自由はない。それでも彼女は嬉しそうに俺の胸元に額を押し付けた。そうすると藍那の綺麗な茶髪が目の前に来るわけで、俺は自然とその髪を触るように頭を撫でていた。


「サラサラだなぁ」

「手入れとかバッチリだからね。いつでもどこでも、隼人君の隣に居て恥ずかしくない女の子で居たいからさ」

「どんな藍那でも恥ずかしくなんてないよ……すぅ……香りも良いし」

「あのシャンプーすっごく良い香りだもんね♪」


 夜、辺りが寝静まった暗い中で藍那を思いっきり抱きしめる贅沢さ……ただ抱きしめているだけなのに本当に幸せだ。お互いにこうやっていたら眠れるはずがないのにそれでも俺たちはイチャイチャし続けていた。


「……あ」

「どうした?」

「……おトイレ行きたくなってきたかも」


 あ、俺と同じだなそれは。

 すぐに戻ってくるからとベッドから藍那は出て行った。別にトイレを急ぐ必要はないし、ゆっくりしておいでと言いそうになったが……なんかセクハラっぽいのでやめておいた。


『君は何をしてるのかな?』


 藍那を待っている中、どうしてか彼女と初めて話した時を思い出した。屋上で亜利沙が告白されているのを見ていた時、背後から彼女が声を掛けてきたことを。


「思えばあの時も凄い距離が近かったっけ」


 あの時背中に彼女が抱き着いてきた時はそれはもうビックリした。


『何を言っても姉さんは首を縦には振らないよ。脈無しだって人差し指向けて笑ってやりたい気分だなぁ』

『……あのぅ新条さん』

『おっぱい当ててるの恥ずかしい?』


 あぁそうそう、そう言えばこんなやり取りをしたんだった。

 随分とストレートな物言いをしてくるなこの子だと思って、そこで確か名前も呼ぶようにって言われたんだ。


「ただいま~♪」

「お帰り」

「寒いよ外! 温めて隼人君ぅん!」

「おうよドンと来い!」


 バサッと掛け布団を捲ると、彼女はかなりの勢いで俺の横に飛び込んだ。そのまま俺は自分と藍那の体を覆うように掛け布団を被せた。


「食べられちゃったぁ♪」

「まだ食べてないけど」

「食べる?」

「いいのか?」

「うん♪ 私はいつだっていいよん?」

「深夜なんでやめときま~す」

「……むぅいけず!!」


 いやだってさっきから起きてるせいで一時半くらいだからね今。

 俺も藍那も明日は変わらず学校だし、あまり遅くなると明日が大変だぞ? それに女性にとって夜更かしはお肌の敵って聞くしな。


「……………」

「……………」


 まあ、することなくなるとお互いに見つめ合うしかないわけで。

 どちらからともなく笑い合い、俺は仰向けになった。藍那は変わらず横向きの状態で俺を見つめており、俺の腕を抱きしめてさっきと同じ体勢になった。


「やっぱり、寝る時はこれが落ち着くね」

「俺も落ち着くよ。藍那が傍に居るって感じられるから」

「……すきっ」


 抱き着く力が僅かに強くなった。

 そのままお互いに喋らずにいると、少しして藍那の寝息が聞こえてきた。チラッと隣を見るとやっぱり彼女は眠っていた。


「……やれやれ、残ったのは俺の方か」


 藍那が眠ったのなら俺も早く寝ないと……って、別に意識したわけではないが俺も段々と眠くなってきた。最近はもう夜に誰かと寝ないなんてことがなく、隣には絶対に誰かが居る日々が続いている。


「……今更戻れないよ。俺はもう、彼女たちが居ない日々には戻れない」


 ずっと一人だった。だからこそこの手に入れた温もりを手放すことは出来そうになかった。何を言われても、どんなことをされても、俺は絶対に彼女たちを手放すことは絶対にないんだ。


「……それにしても、本当に藍那のオフの姿って俺だけの特権ってやつだよな」


 亜利沙と並んで美人姉妹と呼ばれている彼女がモテるのは周知の事実だ。見た目もそうだし浮かべている笑顔に何人も男子が虜になり、勇気を出して告白してはフラれていく。


 そんな彼らは制服姿と偶然見る私服姿の藍那しか知らない。今俺の隣に居る彼女は少し不細工なゆるキャラがででんと大きく描かれたパジャマで、きっと彼女の友達ですらビックリするんじゃないかな。


「おやすみ、藍那」

「……ふへへ~♪」


 うん? もしかして起きてる?

 なんてことを思ったけどちゃんと藍那は眠っていた。というか涎垂れてるし、しかも寝言で俺の名前言ってるし……。


「藍那の夢の中で俺は何かご馳走か何かなのか?」


 一体どんな夢を見ているのか非常に気になる。

 ただまあ、そんな藍那を眺めている俺も限界だった。俺は藍那から視線を外して目を閉じるとすぐに眠りに就いた。


 愛おしい人を眠る夜はいつも温かい、それは冬だというのに温かかったのだ。




 そして、朝目が覚めた時藍那の姿は隣になかった。

 その代わり、掛け布団を捲ると彼女はそこに居た……。


「あ、おはよう」


 ……ある意味、気持ちの良い朝の目覚めも彼女たちから齎される幸せの一つと言えるのかもしれないな。

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