奏の新条家訪問
終業式を終えると冬休みがやってくる。それはどの学校も同じことで、奏が通う女子高もその例に漏れなかった。長くないがそれなりにある休み期間、今年は例年と違い奏にとって本当に楽しみなことが増えた。
「奏、本当に一人で大丈夫?」
「大丈夫だよ。それじゃあ行ってきます!」
逸る気持ちを隠せないと言わんばかりに奏は家を飛び出した。
可愛らしいツインテールを揺らし、ついでに大きく実った胸も揺らしながら奏は足早に駆けていく。さて、どうして今日奏がこんなにも元気に家を飛び出したのかちゃんとした理由があった。
「……あ!」
街中でスマホを片手に歩いていると、待ち合わせ場所に目的の男性を見つけた。
実に数日ぶりの再会に奏の胸は弾んだ。学校では静かなお嬢様として過ごしている奏だが、やはり彼を見つけるとそんな姿は吹き飛んでしまうらしい。
「お兄さん!!」
そう、奏が待ち合わせをしていたのは隼人だ。
奏の声に気づいた隼人が視線を向けてきた。そうして奏の姿を認識して手を上げて反応してくれた。たったそれだけのことなのに奏の心は喜びに溢れ、早く彼の元に近寄りたいという衝動に駆られる。
「……あ!」
隼人のことしか見えておらず足元がお留守だった奏は躓いた。このまま転んでしまうと固いコンクリートの上に倒れることになってしまう。しかし、そんな奏を助けてくれたのがやはり隼人だった。
「おっと……ったく、足元はちゃんと見ないとな?」
「うぅ……ごめんなさいお兄さん」
手を煩わせてしまったことへのごめんなさい、けれども抱き留めてもらったことで体が触れ合ったことに対する喜びも凄まじかった。困ったように笑った隼人の様子に頬が赤くなる。
「あんな風に可愛く駆け寄ってくれるのは嬉しいけど、それで怪我をしたら大変だから気を付けようか」
「……はい♪」
よしよしと頭を撫でてくれるその手が愛おしい。
藍那という彼女持ちだからこそ手慣れているのは当然だが、それでも奏にとって隼人の存在はとても大きく、その優しさを向けられている対象が自分というだけで何もかもがどうでもよくなるくらいに彼しか見えていない。
さて、なぜ本日奏は隼人と合流したのか。それはとある藍那の提案が全てのきっかけだった。頻繁にではないが、藍那とはよく連絡を取り合っている。話題はもっぱら隼人のことだが、藍那から隼人の話を聞くのが本当に楽しいのだ。
『そう言えばさ、奏ちゃん冬休み始まったらうちに来ない?』
そんな提案を藍那にされたのだ。
流石にお泊りは無理なので日帰りで赴くくらいなら出来るが、その提案は奏にとって渡りに船だった。藍那とまた会うことも出来るし、何なら隼人の傍に居ることも出来るからだ。
『ぜひ行かせてください!』
だからこそ奏はその提案に飛びついた。
しかも迎えに来てくれるのが隼人というではないか、その時点で奏の脳内はピンク色に染まってしまいこの日のことをどれだけ想像したか考えられないほどだ。
そんな想像の中で会っていた久しぶりの隼人が傍に居る現実に、奏は緩む頬が抑えられなかった。
「……えへへ」
「何か嬉しいことでもあったの?」
「現在進行形で嬉しいことがありますよ。お兄さんに会えました♪」
奏の心を表すような可愛らしい笑顔、隼人も一瞬呆気に取られていたが頬を掻いて参ったなと苦笑した。
「俺も嬉しいよ。ああいう出会いではあったけど、もしかしたらずっと知り合うことがなかったかもしれない従妹だからさ。そう考えると本当に運命的な出会いだったと思う」
「そうですね。あの男性は顔すら覚えてないほどに記憶にないですけど、それでもお兄さんとの出会いを導いてくれたキューピッドとしてはお礼を言ってもいいかもしれませんね♪」
「それは……どうなんだ?」
「えへへ、いいんですよそれで」
あぁ本当に隼人と話をするのは楽しい、奏は本当にそれだけを考えていた。
もっと話をしたい、もっと親しくなりたい、もっと兄に甘えることが出来るような遠慮のない関係になりたい、止めどない思いが心の中から溢れて止まらなくなる。
「お兄さん、手を……その――」
「いいよ」
繋いでくれませんか、そういうまでもなく奏の手は温かく大きな手に包まれた。
思わず隼人の顔を見つめると、彼はこれでよかったかなというように奏を見つめていた。冬だというのに熱を持つ体、頬も赤くなってしまい凄く熱い。でもやっぱり奏は幸せだった。
「……大好きですお兄さん」
その呟きはあまりに小さく隼人には届いていない。
それでも、それを口にしたことで改めて心が認識した。この手を繋ぐ相手のことが大好きでたまらないのだと、奏は前を向いて歩く隼人の横顔をずっと見つめ続けていた。
「……えへへ♪」
俺の手を握る奏はずっと笑顔だった。
ちょっと指の力を緩めようとするとギュッと奏の手を握る力が強くなり、絶対に離さないという意思を感じさせた。
「さ、入ろうか」
「はい!」
それにしてもまさか、奏をここに連れてくる日が来るとは思わなかった。
確かに彼女は俺の従妹で間違いはないんだろうが、それでも出会ったのは最近でそんなに長く接したわけでもない。それなのにこうして嬉しそうにしてくれる彼女を見ると傍に居てあげたいとも思ってしまう。
「……妹が居るってこんな感覚なんだろうなマジで」
藍那もかなり気に入ってるみたいだし、俺と同じ感覚で妹が出来たって風に思ってるとも言ってたしな。
奏を連れて玄関の扉を開けて中に入った。するとリビングの扉を開けて藍那が顔を覗かせた。
「いらっしゃい隼人君に奏ちゃん」
「お邪魔します!」
頭を下げて奏は新条家に足を踏み入れた。
スリッパを履いた奏に藍那が歩み寄って抱きしめた。
「あれ以来かな。本当に奏ちゃんは可愛いねぇ!」
「そ、そうですか?」
「うんうん! 隼人君もそう思うでしょ?」
「あぁ」
「……っ~~~!!」
下を向いて如何にも照れていますといったその様子に俺と藍那は笑みを浮かべた。
それから二人と共にリビングに向かうと当然のように亜利沙も居た。咲奈さんだけは仕事で居ないから会うことは出来ないので、彼女に関してはまた別の機会に会うことになりそうだ。
「あなたが奏さんね? 初めまして、亜利沙よ」
「初めまして! 奏と申します!!」
挨拶を交わす二人の中に藍那も加わって話に花を咲かせていた。
それにしても同年代の美少女が三人揃うと壮観だなぁ……うんうん、目の保養とはこのことかもしれない。
「なるほどね。藍那が似ているって言った意味が分かった気がするわ。奏さん、あなたとは仲良くなれそうね」
「本当ですか? でも似ているってのはどういう……」
「ふふ、それはそのうち自分でも気づけるんじゃないかしら」
「??」
三人に背を向けて俺はソファに座り込んだ。
亜利沙がジュースとお菓子を用意する中、藍那は何かを奏に耳打ちしている。奏は藍那から何かを聞きながらチラチラと俺に視線を向けては顔を赤くしていた。
「どうした?」
「ふふ、ほら奏ちゃん出撃だよ!」
「は、はい! 堂本奏、出撃します!!」
えっと、何か巨大ロボットにでも乗るのかな?
何をするのか見守っていると奏はソファに座る俺の隣に腰を下ろした。そしてこんなことを言ってくるのだった。
「その……今日はお兄さんにたくさん甘えてもいいですか?」
「甘える?」
「はい。たくさん甘えたいです……お兄さんに甘えたいんです」
……甘え上手ってわけではなさそうだけど、さっきこの子が妹みたいだと思っていた俺からすればこんなことを言われると頷かないわけにはいかなかった。
「たくさん甘えなさい妹よ」
「あ……うん!」
ギュッと抱き着いてきた。
ちょっと気持ちの悪い言い方だったかなと思ったが、奏はそんなことを気にした様子もなく体を寄せてきた。自然と彼女の頭を撫でると、どこか恍惚とした表情になったのは少しビックリしたが……それでもやめなかった。
「……ふみゃぁ」
「あはは、奏ちゃんったら猫みたいね。よし、私も甘やかそう!」
そして、奏を甘やかせる一人に藍那も加わった。
今日奏がここに居られるのは夕方までだけど、藍那もそうだし亜利沙も奏のことをたくさん可愛がってくれそうで少し安心した。
「あ、そういえばこれお母さんに渡されたんです。みなさんで召し上がってとのことです」
「わぁ! すごく立派なうなぎだね!」
「ありがとう奏ちゃん。お母さんにもよろしく伝えてちょうだい」
「はい!」
うなぎ……あれ、そういえば最近よく食べるような気がしないでもない。贅沢のしすぎだなうん。
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