イチャイチャお寿司タイム

「……どういう集まりなのかしら」


 隼人たちをお座敷に案内し、注文を一旦聞いて退散した女性は静かにそう呟いた。

 隼人と咲奈がイチャイチャしている瞬間を見たのだが、正直なことを言えば女性からでも見惚れてしまうほどの美貌を持った三人に比べ、隼人はやっぱり平凡にしか見えなかった。


 それでも二人で身を寄せ合っている姿を見せられれば恋人なんだなと分かる空気が醸し出されていた。咲奈の見た目は大学生くらいと判断したが、大よそそれくらいの年齢のカップルかなと女性は勝手に予想した。


「……三人の恋人を持つなんてそんなまさか……ねぇ?」


 隼人は何も言っておらず、亜利沙と藍那が満面の笑みで恋人だと言っていた。男一人に女三人という組み合わせ、一体どんな関係なのか非常に気になる中での恋人発言だったのだ。


「……むむむぅ」

「どうしたんだよお前」


 そんな風に考えている女性に同僚の男性が声をかけてきた。

 いくら気になるとは言ってもお客様のことを好き勝手話すのは失礼だと理解している。なので女性は何でもないとそう返した。


「なあなあ! それよりも座敷の方でめっちゃ美人の三人見たんだけどよ!」

「……あ~」


 どうやらこの男性も気になっているみたいだ。


「見たところ大学生? いや高校生かもしれねえけどやばくねあれ。つうか男一人であの美人たちに囲まれるとかどんな関係なんだろうなぁ」

「さあね……」


 気になることではあるが他の客も多いので無駄話をしている暇はない。

 それから他の客からも注文を聞きながら、隼人たちが注文した物をお盆に乗せて持って行った。


「お待たせしまし……た」


 隼人たちに向かったところで見た光景に女性は言葉を失った。

 何故なら咲奈が隼人の耳たぶを甘噛みしていたからだ。恥ずかしそうにしている隼人に対し、咲奈は身に余るフェロモンを垂れ流しながら隼人だけを見ていた。


「あ、隼人君にお母さんも来たよ」

「凄く美味しそうね」


 目の前の濃厚な絡みに対しノーリアクションな二人にも驚いたが、お母さんとという発言に大層驚いた。注文された品を渡す中で女性はチラッと咲奈を見た。


「……?」

「っ……!?」


 咲奈の目に見つめられた瞬間、女性は心臓が高鳴った。

 それは決して恋ではなく、咲奈から漏れ出す色気に発情しかけたのだ。女性は高鳴る鼓動に気づかぬフリをしてすぐに逃げるように再び退散した。


「……何今の……何この感覚」


 咲奈から己を狂わせる何か、それを感じ取ってしまった女性は少し水を飲んだ。水が喉を通ったことで落ち着きを取り戻し、それ以降は特に何事もなく仕事に集中することが出来た。


「……あ、呼ばれてしまったわね」


 再び隼人たちの場所から注文を知らせるボタンが押された。

 女性はどこか恐ろしく思いながらも、少しだけドキドキしながら注文に向かうのだった。





「本当に美味しいね」

「そうね。本当に美味しいわ」


 亜利沙と藍那が言ったように、本当にここの寿司は美味い。

 今まで友人たちと寿司を食べに行ったことはあるけど安いところだったしな。一貫でも高いものは高いし、いくらでも食べていいとは言われても積み上がる皿を見るとちょっと怖いよな。


「ほら、隼人君どうぞ?」

「あ、ありがとうございます」


 卵焼きを一口サイズにして咲奈が口元に持ってきた。

 俺はそれに答えるように口を開けてそれを受け入れる。この卵焼きは寿司のネタではないが、それでも頼んで損はしないほどに美味しい。食感もそうだし何より癖になる甘さだった。


「隼人君が美味しいって顔をしてくれると嬉しいですね」

「咲奈さんが傍に居るからこんなに美味しいんですよ?」

「あ……隼人君♪」


 クサいセリフだけど、時にはこういう風な言葉が咲奈さんは嬉しそうだからな。今も嬉しそうにしてくれているし……まあそうなると、反対に隣に座っていない亜利沙と藍那が不満そうにするのだが。


「……いいもんいいもん、帰ったら思いっきりイチャイチャするんだから」

「そうね。母さん、今だけよ母さんの優位は」

「あら、それは私への挑戦かしら?」


 三人は何か戦ってるんですかね。

 魔王に挑むような表情の亜利沙と藍那を見つめ返す咲奈という構図に苦笑した俺は続けて注文のため呼び出しのボタンを押した。


「どんどん食べてくださいね。お金はたっぷりありますから」

「……なんかダメ男を量産する言葉っぽいですねそれ」

「そうですか? ……う~ん」


 そこで何を思ったのか咲奈はニヤリと笑って耳元に顔を寄せてきた。

 咲奈さんからの吐息にくすぐったく思っていると、こんなことを彼女は言い出すのだった。


「隼人君はダメ男ではありません。ですけど、以前にも言いましたがたっぷりと溺れていいんですよ? 隼人君がしたいことはなんだってしてあげます。お金が欲しいならあげますし何でも買ってあげます。隼人君が望むなら、どんな私にもなってみせますから♪」


 ……慣れたつもり……慣れたつもりだったんだ!

 でも咲奈から齎される色気というか魅力というか、それが全く止まることを知らないのだ。そのつもりが決してないとしても、この人の胸元に顔を埋めて一生過ごしてもいい……そんな危ないことを思わせるような固有結界を発動させてくる人なのだこの人は。


「お待たせしました! ご注文をどうぞ!」


 お、さっきの女の人じゃないんだな。

 今回来たのは男の人で……なるほど、そういうタイプの人か。俺以外の三人がとても気になるのか、チラチラと目を向けている。亜利沙と咲奈さんは首までしっかりと隠すセーターだが、藍那は少し谷間が見える服を着ているのでチラチラと見ていた。


「すみません、ジロジロ見ないでくれます?」

「っ……すみません」


 ほら、気づかれてしまって俺には向けられたことのない物凄く冷たい視線をもらっていた。


「隼人君は何が食べたい?」

「そうだなぁ……」


 悩む度に咲奈さんが遠慮しないでと耳打ちしてくるので、俺も贅沢をするように色んなものを注文した。


「あの、みなさんは一体どんなご関係で――」

「言う必要がありますか?」

「話す必要ありませんよね?」


 ギロッと亜利沙と藍那が睨んだ。

 咲奈さんがそんな二人の様子に苦笑し、男の人に対して優しい口調で口を開くのだった。


「ごめんなさいね。でも二人が言ったように話す必要はないことですから早く行ってくれますか?」

「……申し訳ありませんでした」


 そそくさと奥に引っ込んだ彼の背中を見送り、改めて亜利沙と藍那に目を向けると二人とも目が合ったことが嬉しいのか綺麗な笑顔を浮かべた。


「姉さん、好きな人と目が合うって幸せだね♪」

「そうね。ねえ隼人君、私たちの間に来ない?」


 それはとても魅力的な提案だった。

 とはいえ、俺がその提案に頷くことが出来ないのは彼女たちもわかっているはずだろう。何故かって? 隣に居る咲奈さんがギュッと俺の腕を抱きしめているからだ。


「今だけはダメよ。今だけは私だけの隼人君なんだから♪」

「そ、なら仕方ないわね」

「……お母さん、隼人君が居ると本当に若返って見えるよね」


 俺は常に若く見えてるけど……。

 それからも四人で寿司を食べながら素敵な時間を過ごし、店から出て再びイルミネーションを見ながら街中を散策した。


「ねえ、せっかくだから写真撮ろうよ」

「いいわね」

「分かったわ。それじゃあ三人並んで、私が撮るから」


 咲奈さんがスマホを構えたが、やっぱりこういうのはみんなで写るのが一番だと思っている。なので俺は近くを通りかかった同年代くらいの男子に写真を撮ってほしいとお願いした。


「えっと……それじゃあ撮りますね?」


 やけに眩しいものを見つめる彼に首を傾げていると、亜利沙が俺の左に、藍那が右に並ぶように腕を取った。そして背後に回った咲奈さんが腹に腕を回すようにして抱き着いてきた。


「はいピース!」


 藍那の声に反応するように、彼はパシャっと写真を撮ってくれた。


「ありがとう」

「いえ……ちっ」


 スマホを返してもらう際に舌打ちを一つもらってしまった。

 ……確かに刺されろって思われてもおかしくはないか。目の前を歩いていたから偶然頼んだけど、彼……一人だったのか。


「ほら隼人君、帰るよ~?」

「分かった!」


 さて、これでお出かけは終了したわけだが……何だろう、これでクリスマスの夜が終わるわけがないと俺は何故かそう感じるのだった。

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