彼女たちと過ごすクリスマス

「もしもし」

『やあ菫さんかい。久しぶりだ』


 スマホを片手に菫は舌打ちをしたい気分だった。

 電話の向こうから聴こえてきた声は出来れば話したくはない相手であり、同時にこの世で最も嫌っている相手と言っても過言ではない。


『最近はこちらの方にも顔を出してくれないようで寂しくてな。奏ちゃんの顔も見たいのだが……』

「申し訳ありませんわ。夫が忙しいのもありますし、何より奏も学業の方と“友人”との時間を大切にしたいようですので」


 遠回しに会いたくはないという言葉だが、相手方がそれを察することは出来ない。

 今菫が電話をしている相手は夫の父に当たる男性だ。つまり隼人や香澄に対して好き勝手を言った男でもある。


「お義父さま、申し訳ありませんがこちらも忙しいですのでこの辺りでよろしいですか?」

『ふむ、まあ仕方ないか。あぁそうだ奏ちゃんは傍に居ないのか?』


 奏なら……菫が視線を向けた先に奏は居るが、彼女は隼人とのやり取りを何度も思い返しながら余韻に浸っている。過去のことを話す中で奏にも彼らが口にした暴言のことは伝わっており、おじいちゃんおばあちゃんと慕っていたが今では見る影もないほどに彼らへの親愛は失われていた。


(……夫ももう見下げ果てているし、もうどうでもいいことかしら)


 夫の両親ということもあり、堂本家を大きくしたその手腕は尊敬している。しかし人としての一線を踏み越えるような発言と行動は許せるものではない。奏を生んでから子を持つことの幸せを噛みしめた菫にとって、後から聞いた隼人と香澄に対する暴言はやはり看過は出来なかった。


『彼方を誑かしたからこうなったんだこの売女風情が』

『あなたのような血を引いた子供の顔など見たくもない。援助の一切はしないから勝手に野垂れ死になさい』


 ……これは夫から聞いたことだが、本当に許されない言葉の数々だ。

 何より、同じ子を持つ者として自分のことは我慢出来ても息子のことを酷く言われた香澄の心はどれだけ傷ついたか……理解できるとは言わずとも、どう思うかは分かってしまうのだから。


「それではお義父さま、これで失礼――」


 そこで電話を切ろうとした時だった。

 いつの間にそこに居たのか、奏がジッとどんよりとした瞳で菫を見つめていた。その姿に菫は恐怖を抱いたが、奏はこう口を開いた。


「ママ、貸して」

「……えぇ」


 暗い瞳で何を考えているのか分からない、けれど何を言おうとしているかは母親の勘で分かった。


「もしもし、おじいちゃん? うん……うん、そうだね。あのさ、一つだけ言いたいことがあったの」


 そこで言葉を切り、大きく息を吸って奏はこう続けた。


「私、おじいちゃんとおばあちゃんのこと大っ嫌い。もう会いたくもない」

「……あ~」


 あまりにハッキリすぎる物言いに菫は額に手を当てた。

 仮に隼人のことを知らなければ嫌悪を抱いてもここまでではないだろう。しかし今や奏にとって隼人の存在はとても大きくなっている。だからこそ、あの奏がここまで言うようになったのだ。


「切るね」


 ただそれだけ言って奏は電話を切った。

 菫にスマホを渡す際に何も言わなかったが表情は申し訳なさそうにしていた。それを見た菫は奏の頭を撫で、安心させるように笑みを浮かべる。


「大丈夫よ。何とかこちらでフォローはしておくから」

「……うん」


 正直なことを言えば、奏が言ってくれたことで清々した気分なのは確かだ。

 夫も夫で複雑な顔はするだろうが、案外笑ってくれるだろうことも分かる。彼方と香澄がこの世に残した宝物、隼人のことも見守っていきたいと菫は考えるのだった。


「……まあ、必要ないかもしれないけれど」






 少しだけ日が過ぎていき、ついにクリスマスがやってきた。

 積もるほどではないが雪も降っており、ホワイトクリスマスと呼ぶに相応しい光景なのは間違いない。


 イルミネーションに彩られた街並み、その中を俺は彼女たちと歩いていた。


「寒いねぇ」

「そうね。でも隼人君が傍に居るから温かいわ」


 両腕を亜利沙と藍那に抱きしめられるように俺は歩いていた。

 咲奈さんはそんな俺たちを微笑ましく見つめているが、少しだけ寂しそうな表情をしたのは見逃していない。その代わりと言ってはなんだが、これから向かう寿司店のお座敷で隣に座る約束をしている。


「それにしてもカップルが沢山だね。私たちもラブラブに見えてるかな?」

「きっと見えてるんじゃない? やけに視線を向けられてはいるけれど」


 そうなんだよなぁ。

 藍那が言ったように周りはカップルも沢山だし、友人たちとで歩き回っているであろう人たちも多く見かけた。


 その中で多くの人たちが俺たちに視線を向けている。

 当然カップルの人も含まれており、亜利沙と藍那に目を向けた後に俺を見て舌打ちをするように睨んでくるのだ。


「アンタたちにもちゃんと相手が居るだろと言いたいよ俺は……」

「あはは、まあでも気持ちは分かるかなぁ。私も姉さんもお母さんも美人だし♪」


 確かに間違ってない、三人の美貌は俺が今まで見た来たどの人よりもずば抜けているからな。そんな風に苦笑していると、更に周りに見せつけるような行動に二人は出た。


「ちゅっ」

「ちゅっ」


 ほぼ同時に、二人が背伸びするように俺の頬にキスをしたのだ。

 顔を離した二人は頬を薄く染めて微笑み、そんな二人の姿に俺もまた頬を緩ませて笑みを浮かべた。しかし忘れてはいけないのがすぐ傍に咲奈さんも居るのである。


「二人だけズルいわ。隼人君、私もキスをしますね」


 そう言って咲奈さんは俺の前に立った。

 亜利沙と藍那に腕を取られており満足に動けないため、俺は目の前から迫る咲奈さんをそのまま受け入れる他ない。


「ちゅっ……ふふ♪」


 唇にキスをした咲奈さんが満足そうに満面の笑みを浮かべた。

 僅か数秒の中で三人の美女にキスをされてしまった俺がどんな風に見られたのか想像するのも少し怖い。そんな俺とは裏腹に三人は笑顔一色で俺に笑顔を向けているのだった。


 そんな時間を過ごして俺たちは咲奈さんが予約していたお店に着いた。


「失礼します。予約していた新条です」

「ようこそいらっしゃいました。奥を取ってありますのでどうぞ」


 店員さんに奥のお座敷に連れて行かれた。

 靴を脱いでそれぞれテーブルを囲むように座り、俺の隣には当然咲奈さんが腰を下ろした。上着を脱いで温かそうなセーター姿になった咲奈さんはその大ボリュームの胸に俺の腕を抱く形で身を寄せてきた。


「お母さんさっきの反動が来ちゃってるね」

「本当ね……何かしら。こうして見てるだけだとムカムカするわね」

「あら、さっきまで除け者にされていたんだからいいじゃない♪ 隼人君、大好きですよぉ♪」


 スリスリと頬を肩に擦りつけてくるその姿は大変可愛らしかった。

 俺よりもかなり年上の咲奈さんに可愛いという表現を使うのは違うかなと前に思ったことがあったが……まあ今更だよな。可愛いものは可愛い、綺麗なものは綺麗、エッチなモノはエッチなんだから。


「注文を窺います」


 ちなみに、女の店員さんは俺たちから注文を聞く間ずっと腕に抱きつく咲奈さんが気になったみたいだ。注文を聞き終えた後、こんな質問をされた。


「お二人は恋人なのですか?」

「そうですよ♪」

「なるほど、とてもお似合いですね! となるとこちらのお二人は――」


 その言葉に、亜利沙と藍那はとても綺麗な笑顔を浮かべて答えるのだった。


「恋人だよ♪」

「恋人ですよ♪」

「……え?」


 店員さんは呆気に取られたように俺たちを交互に見つめ、何を返せばいいのか分からなくなったように頭を下げて行ってしまった。


「……なんか凄いことを思われた気がする」

「いいじゃん。実際に凄いことをする仲なんだし」

「そうよ。隼人君は私たち三人を恋人にしてるんだもの、胸を張ってちょうだい」


 それは胸を張れることなのだろうか。

 取り敢えず、そんなこんなで俺と彼女たちのクリスマスが幕を開けた。




【あとがき】


楽しいクリスマスが幕を開けました。

きっと素晴らしい性……コホン、性夜になることでしょう。

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