この子はやはり藍那に似ていた
奏ちゃんの母である菫さんとの出会いは俺に衝撃を齎した。
まず一つの彼女が父さんと元々結婚する予定の相手だったこと、そして今菫さんの旦那さんが父さんの弟であること、そして奏ちゃんが必然的に俺の従妹だったということだ。
「流石に情報量が多すぎたかしら?」
「……そう、ですね。一日で聞くにはあまりに多すぎる気がします」
正直頭がパンクしてしまいそうだ。
でも俺的には確かに驚きはしたが聞けて良かったと思っている。父さんの実家に関しては知らないことも多かったし、進んで知りたいと考えていたわけではないけど必要なことだったと思うから。
「夫としては元々考えていた未来を潰されたのだから良い気持ちではなかったと思うわ。それでもお義父さまとお義母さまの言葉には憤っていて、残された香澄さんと小さな子供に何を言っているんだと怒っていたの」
「……………」
「……本当なら、もっと早く謝りに行くべきだったの。本当にごめんなさい」
再び頭を下げた菫さんに俺は大丈夫ですからと声を掛けた。
確かに幼いながらもあの時の母さんの表情は忘れられない。でもそれは好き勝手言ったあの人たちのせいであって、今謝ってくれた菫さんや旦那さんに原因があるわけじゃない……もちろん、この言葉が嘘である可能性もあるけれどそんな風に疑いたくはないからな。
「その……色々あるとは思うんですが、俺は本当に大丈夫です。父さんと母さんは居ないですけど、今傍に居てくれる大切な人たちが出来て本当に幸せですから。今更昔を思い出してくよくよするようなことはなくなったんです」
本当にその通りなので、俺は自分に出来る精一杯の笑顔を浮かべた。
菫さんは目を丸くしていたが、俺の表情から察したのか安心したように息を吐いていた。
「そう……それなら良かったわ」
「……でも、奏ちゃんを助けたことがこう繋がるなんて思いませんでした」
「そうね。あの子、かなり隼人君に気を許しているみたい。あまり異性との絡みがなくて男性に苦手意識を持っているみたいだけど……もしかしたら、本能の部分はあなたに兄というものを感じたのかもしれないわ」
なるほど……だとしたら凄まじい直感だ。
取り敢えず菫さんとの話は終わったので奏ちゃんの面倒を見てくれていた友人たちと合流した。
「ありがとう二人とも」
「いいってことよ。それよりあの子、お前の事しか話さねえんだよ」
「逆かと思えばお前のことを聞かせてくれって……この色男が!」
痛い痛い! 背中を叩くんじゃない!
それにしても……このまま別れるのはちょっと難しいかもしれないな。菫さんが色々と説明するだろうけど、俺も傍に居た方がスムーズに話が進むだろうし。
「二人とも悪い、ちょい話したいことがあるからこの辺で」
「分かった。俺たちはこれから仮面を買いに行くのを話してたんだ」
「おうよ。俺たちもモテたいからな!」
「……さよか」
二人は意気揚々と肩を組んで行ってしまった……だから仮面は特にモテる要素はないってのにあいつらは。溜息を吐いた俺だったが、奏ちゃんが話をしたそうにしていたのでそちらに向かう。
奏ちゃんは待ちきれないようにこちらに駆け寄ってきた……のだが、慌てたのが悪かったのか躓いてしまった。
「あ……」
「よっと!」
躓いたのが目の前で良かった。
俺は奏ちゃんの体を支えるように抱き留めた……ただ、少しばかりマズいことになってしまった。
「……あ、手が」
そう、奏ちゃんの胸元に左手が当たっていた。
あまりにスタイルの良すぎる三人が傍に居るからか耐性はあったとしても、亜利沙より少し小さいくらいなので指が思いっきり沈んでしまう。
「ごめん奏ちゃん!」
バッと手を離すと、奏ちゃんは顔を真っ赤にしながらも俺が触れてしまった部分に手を当てた。
「いえ、大丈夫です。これくらい、お兄さんが相手なら全然構いませんから」
「そ……そっか」
奏ちゃんがそう言ってくれたので一先ず安心だ。
ただその表情がどことなくエッチな気分になった藍那を幻視してしまうくらいに雰囲気が似ていて俺は目を逸らしてしまった。
「お兄さん? なんで目を逸らすんですか? ……私、そんなに見れない顔をしていますか?」
「あ、いやいやそんなことはない! 奏ちゃんは凄く可愛い子だと思うようん大人びてる部分もあるし!」
……ってこれはちょっとセクハラ入ってるのでは。
圧を感じた目をしていたと思ったら頬を赤く染めて下を向き、そんなことはないですよ人差し指をツンツンと顔の前で合わせている。
俺たちのやり取りに首を傾げていた菫さんだが、ようやくそれを話すことにしたようだ。
「ねえ奏、もしかしたらある意味本当に隼人君はお兄さんみたいなものかもよ?」
「え? どういうこと?」
目を丸くした奏ちゃんに俺と菫さんを順を追うように話した。
俺が感じたように情報量が多いので端的に一番大切なことを伝えた。つまり俺と奏ちゃんが従妹であること、後は簡単に家族のことなどを伝えた。
「詳しいことは聞いたことありませんでしたけど……そうなんですね。お兄さんがお兄さんだった……えへへ」
「嬉しそうね奏?」
「もちろんだよ! お兄さん……お兄さん♪」
お兄さんがゲシュタルト崩壊しそうだ。
少しお手洗いに行くからと離れて行った菫さんを見送ると、奏ちゃんがこんな提案をするのだった。
「お兄さん……その、以前私が言ったことを覚えてますか?」
「以前?」
「はい。兄というものに憧れているというものです」
「あぁあったね」
確か藍那と一緒に居た時にそんな話したっけか。
「その……良かったら呼び捨てで呼んでくれませんか?」
「いいの?」
「はい……呼んでほしいです♪」
「……それじゃあ、奏?」
「っ……あぁ♪」
……やっぱり藍那の反応に似てる気がする。
けど、やっぱり彼女の見た目と仕草が相まって可愛いなと思った。従妹とはいえそういった繋がりがあるとは思っておらず、父さんの弟さんのことは知っていて話すらも聞くことはないと思っていた。
それだけにこの子が従妹と分かった瞬間、どこか親しみが持てる気がした。
「ま、お互いに今日は色々知ることが多かったけど……これからは従妹としてよろしくな奏」
「……あ」
つい手が伸びて奏ちゃ……奏の頭を撫でた。
奏は目を細めて俺の手を受け入れ、手を離したら切なそうに瞳を潤ませる。何となくだけど藍那だけでなく、亜利沙と咲奈さんも可愛がりそうな感じがするな。
それから奏と菫さんとは別れた。
このことは旦那さんにも伝えるらしく、何かあったら是非頼ってほしいとも言われるのだった。
「……さてと、俺も帰るか」
思いの外話し込んで遅くなってしまったしとっとと帰ることにしよう。
新条家に向かうと当然のように電気は点いており、用心のため鍵は閉められているのでスマホで連絡を取った。するとすぐにバタバタと足音が聞こえ、扉が開くと藍那が胸元に飛び込んできた。
「おかえり隼人君♪」
「ただいま藍那」
リビングに向かい亜利沙と咲奈さんにもおかえりと伝えた。
そして四人で囲む夕飯の時間、俺は今日の出来事を話すことにした。父さんの弟さんのこと、菫さんのこと、そして奏のことを伝えた。
「そうだったんだ。奏ちゃんが隼人君の従妹かぁ……同じ苗字だしもしかしたらそうかもと思ったんだよね」
「まさかだったよ」
本当にまさかの連続だった。
藍那はまた会いたいと言っていたが亜利沙と咲奈さんは会ったことはない。機会があれば会わせてあげたいとも思っている。
「隼人君、少しはご家族のことでスッキリしましたか?」
「……そうですね。気にしなかったですけど、聞けて良かったと思います」
そうそう、父さんの実家の方に関してだがいまだに父さんのことを許しておらず俺たちのことは話にも出したくないらしい。いつまでも偏屈だなとは思うが、俺としてもあの人たちとは二度と会いたくはないのでどうでもいいことだ。
「……そう言えばさ」
「どうしたの?」
隣に座っていた亜利沙に聞いてみた。
「なんかあったのか? 髪の毛とかちょっとボサボサのところがあるけど」
「あ~これね。ちょっとサンタ服に着替え――」
「姉さんしゃらっぷ!!」
「むきゅ!?」
何かを言おうとした亜利沙の口に藍那が唐揚げを突っ込んだ。
……えっと、聞かない方が良い感じか?
「ちょっと色々とクリスマスに向けて準備をしていたんですよ。隼人君に心から楽しんでもらうために、私たち精一杯おもてなしをするので楽しみにしててください♪」
「はぁ……」
そっか、それじゃあ楽しみにしよう。
でも気のせいかな……咲奈さんの表情がとてもいやらしく見えたのは俺の気のせいってことでいいよね?
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