お兄さんと呼ぶあの子は従妹だった
新条家の女性たちと深い仲になったとはいえ、隼人自身も彼の友人たちと過ごす時間がなくなることはない。以前よりは少しだけ減りはしたものの、いつもの二人と一緒に遊びに出掛けることもある。
「……暇だねぇ」
「暇ねぇ」
さて、そんな風に隼人が友人たちとの時間を楽しんでいる時間、反対に暇を持て余すのが彼女たちになる。
広いリビングで隣り合うようにソファに座る亜利沙と藍那、二人ともここには居ない隼人のことを考えて寂しい気持ちを抱いていた。寂しいとはいっても後一時間くらいすれば帰ってくるし、何なら恋人らしい濃厚な過ごし方をしているので大したことではない。
それでも、やっぱり常に傍に居てほしいという気持ちは変わらなかった。
「ふふ、二人とも本当に隼人君のことばかりね」
全身から寂しいですオーラを放つ二人を見て咲奈が笑った。
「お母さんがそれを言うの?」
「母さんだって寂しいでしょ?」
「それはそうだけど、誰かを想って寂しくなることは慣れているから私は」
憂いを帯びた咲奈の表情に亜利沙と藍那はあっと声を漏らした。しかし、そんな顔を浮かべた咲奈だったがすぐに笑みを浮かべる。もう悲しむことはないし寂しいことなんて更にない、隼人が傍に居てくれることを分かっているからだ。
「だから二人とも、私はもう大丈夫よ。それだけ隼人君に救われているし、マイナスなことを考えるよりも幸せなことの方が多すぎるもの」
「……そうね」
「うん、それは私たちもだし」
咲奈だけでなく、亜利沙と藍那も気まずい空気を吹き飛ばすような笑みを浮かべるのだった。さて、これで一旦暗い話は終わりだとして咲奈が手をパンと叩いた。
「ねえ二人とも、クリスマスはどのように過ごしましょうか」
クリスマスはどのように過ごすか、その言葉に二人は腕を組んで考える。
一応決定したこととしては隼人も一緒に過ごすのは当たり前だ。何かご馳走を作るのも良いが、寿司でも食べに行かないかと藍那が提案し全員が頷いた。
「ご飯はお寿司に行くとして問題はその後……よね」
既に街でも有名な高級寿司店を予約しているので、亜利沙が言ったようにその後に何をするかである。街中を彩るイルミネーションを四人で見て回るのもそれはそれでロマンチック、だがやはり帰ってからが大切ではないかと考えた。
「一生忘れられないほどの濃い思い出を作りたいよねぇ」
「えぇ」
「そうね」
隼人があまり考えすぎないように軽めのプレゼントも用意している。咲奈に関しては何万もする財布をプレゼントしようかと考えていたが、それだと逆に隼人が困るからと藍那が説得して断念していた。
「やっぱりさ、私たちらしくドロドロに隼人君を甘やかせてあげるべきなんだよ」
それは今までと同じことだが、それこそが彼女たちの中にある信念そのものだ。
「そうね。たくさん愛してあげないと」
「そして同時に愛してもらわないとね♪」
ちなみに、この瞬間どこかで隼人はくしゃみをしたらしい。
そんな隼人のことは露知らず、このクリスマスの為に三人が用意したモノがプレゼントの他にもあった。
「ちゃんとサンタさんの服も用意したしね♪」
そう、三人分のサンタ服だ。
サンタ服と聞くと想像するのはよく見る布地の多いモノ、露出が多いとしてもスカートが短いくらいだろうか。だがしかし、この三人……特に服をチョイスした藍那を舐めてはいけない。
「ねえ、まだ隼人君が帰るまでかなり時間あるし試しに着てみない?」
「いいわよ」
「……私、似合うかしら」
乗り気の亜利沙と少し躊躇い気味の咲奈だが、もしかしたら咲奈が一番この用意した服の真価を発揮できるのではと藍那は睨んでいる。三人はその場で着替えを始め、少しするとサンタ服に身を包んだ彼女たちが誕生した。
「……ちょっと露出が激しいわね」
「ねえ、本当に大丈夫かしら」
布地の多いサンタ服? 冗談を言ってはいけない。
三人が着たサンタ服は服とは言えない、何故なら布地の部分は大事なところしか隠れてないからだ。頭に被る帽子と羽織るマントは申し訳程度、三人の極上のスタイルを全く隠せていない。
「大丈夫だってお母さん。最高にエロいから!」
不安そうにする咲奈に親指を立てて藍那がそう言った。
隼人と一緒にクリスマスを過ごすため、その為だけに用意したサンタの衣装は決して聖夜を彩るモノではない。誰が見ても同じことを言うであろう――この三人はどうみてもドスケベなサンタ母娘だと。
「……へっくしょい!!」
「どうした?」
「風邪か?」
いや、単に鼻がムズムズしただけだと思う。
そろそろ長い冬休みがやってくるわけだが、クリスマスも年末年始も今年は楽しい日々になりそうで今からとてもワクワクしている。
「……お、めっちゃ可愛い子が居るぞ」
「本当だ……お母さんと一緒なのか? お母さんも美人だな」
あまりジロジロ見るんじゃねえぞ。
特に興味はなかったので友人たちが言っている美人親子に目を向けることはなかった。クリスマスに向けて色んな飾り付けをしている店に目を向けていると、何やら友人たちが慌ただしくなった。
「……え? こっち来てね?」
「なんかめっちゃ笑顔で走って来てるぞ?」
ふ~ん、まあ俺たちが目当てではないだろうな。
そんな風にじっくりと周りを見ていた俺の鼓膜を可愛らしい声が震わせた。
「お兄さん!」
「……うん?」
お兄さん、呼ばれ慣れているわけではないがつい視線を吸い寄せられた。
呆気に取られる友人たちの間を掻い潜るように一人の女の子――奏ちゃんが走り寄ってきた。ツインテールの髪を翼のように揺らしながら彼女はその瞳に俺を映していた。
「こんにちはお兄さん! 会えて嬉しいです!」
「……おぉ奏ちゃんこんにちは。奇遇だね」
「はい!」
あ、友人たち二人の俺を見る目が痛い……。
ニコニコと相変わらず見つめてくる奏ちゃんに苦笑していると、もう一人女性が近づいて来た。奏ちゃんに少し顔立ちが似ている女性……なるほど、もしかしたらこの人が奏ちゃんのお母さんなのか?
「あなたが堂本隼人君ね? 母の
「あ、いえいえ……その、あの時は遅くまで娘さんを引き留めてしまって申し訳ないです」
「お兄さんが頭を下げないでください! あれは私が悪いんですから!」
頭を下げた俺に奏ちゃんがそう言ってくれた。
どうにか頭を上げてほしいと口にする奏ちゃんを見て菫さんが呆気に取られていたがすぐにクスッと笑った。
「まさか奏が……ね。そうよ隼人君……でいいわよね? 私のことも気軽に名前で呼んでちょうだい」
「は、はい……ではそう呼ばせていただきます」
さて、俺がこうして話しているのを友人たちはどうしたものかと見守っていた。俺は軽く何があったのかを話した。
「なるほど、つまりまた助けたってわけだな」
「……俺も仮面を持ち歩こうかな」
仮面は別にモテるためのアイテムじゃないぞ?
それにしても、まさかこうやって奏ちゃんのお母さんに会うとは思わなかったな。娘さんのことで何か言われるとは思ったけどそうではなくて安心した。
「奏、少し隼人君とお話がしたいの。隼人君の御友人かしら、娘を少し預けてもいいかしら?」
「ママ……?」
「少し話をするだけだから大丈夫よ。あなたの大好きな隼人君の御友人だもの信頼できるでしょう」
「っ……ママ!!」
えっと……取り敢えず菫さんと話をすることになった。
気が進まなさそうだったが、ちゃんと目が届く範囲で友人たちが奏ちゃんを相手しているが……すまない、気まずそうだけど本当にすまない。
「さてと、改めまして堂本菫よ」
「あ、はい。堂本隼人です」
堂本……同じ名字ってのは本当に変な気分になってしまう。
何を話せばいいのか分からない俺を見て、幼い子供を見るように微笑ましい顔をした菫さんがこんなことを口にした。
「単刀直入に言いましょうか。私の旧姓は
「……え?」
菫さんから齎された言葉に俺は固まってしまった。菫さんは驚かせてごめんなさいと俺の肩をトントンと優しく叩いた。
「いきなりごめんなさいね。奏からあなたの名前を聞いてすぐに分かったわ。その上で私を含め、夫もあなたに言いたいことがあったの」
「……………」
「お義父さまとお義母さまが心無いことを口にしたこと、それをどうか謝らせてほしいの。あなたと香澄さんを不快な気持ちにさせてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って菫さんは頭を下げた。
……ってそうか、あの時のことを言っているのか。でもそれも大事なことだけどそれよりも……つまり奏ちゃんは俺の従妹になるってことなのか?
「……はぁ」
すみません菫さん、情報量が多すぎて気の抜けた返事しか出来ませんでしたわ。
【あとがき】
前半のドスケベサンタ母娘のインパクトが強すぎて後半の方を覚えていない人は手を上げなさい。
自分もです。
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