瀟洒なメイドとは名ばかり

 もうすぐ冬休みがやってくるということはクリスマスもやってくる。

 去年は友人たちと過ごしていたわけだが、今年は当然彼女たちと過ごすことになっている。友人たちと遊んでいた時は楽しくても、帰ったら一人になることに寂しさを感じる必要はもうない。


「なあ隼人、テストの結果はどうだったんだ?」

「ボチボチだな。いや、今までよりずっといいよ」


 先日に受けていた期末テストの結果も返ってきた。

 今までは可もなく不可もなくという結果だったのに対し、亜利沙や藍那と一緒に勉強をしたおかげかほとんどの教科が高得点だった。


『ねえ隼人君、テストが終わったらデートがしたいわ』


 勉強を教わる傍ら、亜利沙に言われていたことを思い出した。

 一緒に出掛けることはそれなりにあるし、今更デートと言われても特別なことは何もない。それでも日頃のお礼を込めて、亜利沙が楽しめるようなデートにしたいところだ。


 ちなみに、友人たち二人は悪くはなかったが良くもない結果だったらしい。


「隼人に置いて行かれた気がするぜ……」

「まあ俺は亜利沙たちと勉強してたしな」

「……けっ、イチャイチャも出来て勉強も見てもらえるなんて幸せ者だな!」


 確かにそれは言えてる。別に自慢するわけじゃないけどその通りだ。

 ちなみに、二人がこんな風に教室でも大きな声で言うくらいには俺と彼女たちの仲の良さは浸透していた。とはいえ流石に二人とそういう関係だとまでは知られていないし想像も出来ないのか、結局はそれまでだった。


 終礼も終わって友人たちと駄弁っていると、当然のように亜利沙と藍那が鞄を手に教室にやってくる。


「お待たせ隼人君」

「帰ろっか♪」

「あぁ」


 手をヒラヒラと振ってくれる友人たちに、俺を含め亜利沙と藍那も軽く手を振ってから教室を出た。

 その途中、以前俺に絡んできた二人が目の前を通った。

 二人は一瞬俺を睨むような目になったが、次いで亜利沙と藍那に視線を向けて逃げるように足早に去っていく。


「逃げるくらいなら最初から睨まなかったらいいのにね」

「そうね。まあでも関係ないわ。どうでもいいことだし」


 亜利沙の容赦のない言葉に藍那も頷いており、俺は傍で苦笑する。

 それから二人と一緒に帰るのだが、今日は新条家の方にお邪魔する。お互いに行ったり来たりを繰り返しているが、それはそれで悪くはない。


「あれ? お母さん帰ってるのかな」

「みたいね」


 どうやら既に咲奈さんは帰っているようだ。

 リビングに向かうと財布を手に咲奈さんが上着を着ている。もしかしてこれから買い物にでも行くのだろうか。


「あら、二人ともおかえり。隼人君もおかえりなさい」

「はい。ただいまです」


 もはやこっちの家でもおかえりと言われるようになってしまった。

 さて、咲奈さんだが俺が思ったように買い物に向かうらしい。ちょっと冷蔵庫の中が寂しくなってきたとのことだ。


「それじゃあ私が付いてくよ。姉さんと隼人君はゆっくりしてて」

「いいの?」

「うん。いいよね母さん」

「大丈夫よ。それじゃあ行きましょうか藍那」

「は~い」


 荷物持ちなら俺がって言おうとしたのだが、流れるように藍那が決めてそのまま二人は出て行ってしまった。


「行動早いなぁ」

「ふふ、その分早く帰ってきて隼人君分を摂取したいんでしょう」


 摂取ってなにさ摂取って。

 もはや勝手知ったる我が家……とまでは言えないが、本当にここに出入りするのも慣れたものだ。俺は鞄を置いてソファに腰を下ろすと、亜利沙がジュースとお菓子を持って来てくれた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 そのまま隣に座った亜利沙は何をするでもなく俺を見つめている。

 チラッと目が合うと嬉しそうに口元に手を当てて喜びを露わにするその姿に、俺はまるで漫画で見た新婚さんの反応みたいだなと思った。


「二人が帰るまでは隼人君を独り占めね」

「逆もありだけど」

「え?」

「俺も亜利沙を独り占め出来るから」


 亜利沙も藍那も、咲奈さんにも共通することだけど特定の誰かに心から甘えるのはその人と二人っきりじゃないとまだ恥ずかしさがある。だからこそ今は亜利沙と二人なので何も遠慮する必要はなかった。


「きゃっ♪」


 嬉しそうな悲鳴を上げて亜利沙は俺の抱擁を受け入れた。

 咲奈さんが予め暖房を点けていたからか部屋は暖かい。それでもこうして亜利沙を抱きしめるともっと温かくなる。


「隼人君は甘えん坊ね」

「嫌か?」

「まさか、もっと甘えてほしいわ」


 こう言っては何だが、甘えるというのは咲奈さんに似たモノがある。ただあの人の場合はドロドロに溶かされるというか……こうして適度に甘えさせてくれる亜利沙の優しさもやはり心地が良い。


「そう言えば」

「どうしたの?」

「あの時着ていたメイド服はどうしたんだ?」

「ちゃんと仕舞ってるけど……ふふ、見たいの?」

「え? あぁいや……」


 いや、単純に気になっただけだった。

 あれからあのメイド服を着たところは見ていないし……でも亜利沙に見たいかと言われれば急激に見たくなってきた。


「困ったご主人様の為に着てくることにしましょうか。待っててね?」

「……おう」


 しばらく待っていると亜利沙が制服からメイド服に着替えて戻ってきた。

 相変わらずの破壊力に息を吞んでしまう。短いスカートもそうだし、ガーターベルトなんていう普段見ないモノにも目が行きがちだが……胸元の形がクッキリと分かる布地が大変いやらしく見えてしまう。


 ジッと見ていると亜利沙も少し頬を赤くしたが、同時に嬉しそうに笑みを浮かべて俺の隣に座った。


「どう?」

「似合ってる」

「ありがとう♪」


 あの時も思ったけど本当に似合っている。

 お互いに見つめ合っていると亜利沙がこんなことを口にした。


「ねえ隼人君、以前はご主人様とメイドさんっていうシチュエーションだったけどちょっと違う感じにしてみない?」

「違う感じ?」

「えぇ。隼人君に仕えるメイドなのは変わらないけど年上メイドって感じかしら。ご主人様を甘えさせるメイドではあるけれど、年上のお姉さんでもあるからあくまで親しい仲というのは変わらずに」

「……ふ~ん?」


 イマイチよく分からないが、 取り敢えず甘えればいいのか?


「おいでご主人様、亜利沙がたっぷり甘えさせてあげるわ」


 亜利沙から腕が伸びてそのまま抱きしめられた。

 優しく背中を撫でるようにしながら、あくまでお姉さんのようなメイドになり切っているのだろう。


「……それじゃあ甘えようかな」

「任せてちょうだい。甘えてくれてもいいし、何かしてほしいことがあるならしてあげるわ。何でも言って、何でもしてあげるから♪」


 ……取り合えず一言よろしいか? エッチすぎる。

 何かしてほしいことと言われて咄嗟に思い付いたのが膝枕だったが、亜利沙はトントンと膝を叩いて俺を呼ぶ。


「ほら、ここに頭を置いて。うん、良い子ね。可愛いわ」

「……………」


 耳元で囁かれるものだから何とも言えないASMR感がある。

 ただ甘えるだけではなく、言葉と行動リードするお姉さんを思わせる亜利沙のメイドロールにこう言うのも良いなと思ってしまった。


 さて、そんな風に二人で時間を過ごしていると藍那と咲奈さんが帰ってきた。

 面白そうだと笑って加わろうとしてきた藍那はともかく、咲奈さんはメイド服姿の亜利沙を見て真剣に何かを悩んでいた。


「……メイドさんか……いいわね。私が隼人君のメイドさん……一日中傍に控えるメイドさん……ふふ♪」


 ちなみにその呟きは俺たちに聞こえており、藍那がボソッとこんなことを呟く。


「お母さんも似合うとは思うけど……エッチな漫画に出てくるメイドにしか見えない気がするなぁ」


 俺と亜利沙も同感だと頷くのだった。

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