お酒が入るとレベルアップする咲奈さん
「おかえりなさい奏」
「ごめんなさい。遅くなりました」
隼人たちと別れた後、車ですぐに奏は家に帰った。
玄関を開けてすぐに母が出迎え、奏は目を合わせる前に頭を下げた。母が強く怒ることはないと思っているが、それでも謝らないといけないことは分かっていた。
「ふふ、頭を上げて奏。確かに心配していたけど……藍那さん? その子がとても丁寧に説明してくれたから大丈夫よ」
肩に手を置かれてそう言われ奏はホッとしたように息を吐いた。
今日隼人と出会えたことは奇跡だったが、そんな彼と一緒に居た藍那のことも奏は優しい人だと思っていた。
『あの……お二人は恋人さんなんですか?』
『えぇそうよ。といっても隼人君は後二人恋人が居るわね』
『そうなんですね。隼人さんは素敵な人ですし、三人くらい恋人が居ても不思議ではないですよね』
本来ならおかしいことなのだが、相手が隼人だからこそ奏の中の彼に対する価値観が少しばかりバグっている。あの大きな背中、優しさを持っているからこそ三人くらい恋人が居ても普通だと本気で思っているのだ。
『あんな風に言ってたから嫉妬でもされると思ったんだけど』
『嫉妬……いえいえ、そんなことは断じてしません!』
決して嫉妬などしない。
確かに隼人に対して魅力をこれでもかと感じているのは確かだが、あくまで奏の願いは彼の妹になりたくて、そして兄になってほしいという想いなのだ。もちろん、その関係性の中で色々と深い仲になれればそれはそれで幸せだと思っているが、だからといって嫉妬心は全く抱かなかった。
それでも、隼人がトイレに行った時に囁かれた言葉に奏の心は揺れた。
『私ね。隼人君に助けられたんだよ。薄汚い男に体を汚されそうになった時に、あの背中が私を守ってくれたんだ』
『背中……が?』
『うん』
奏と同じだった。
藍那も隼人に救われ、彼の背中の大きさに魅せられ、心を囚われた。
『奏ちゃんは私に似ている。ねえ、それで満足できるの? もっと隼人君と仲良くなりたいって思わないの?』
『……それ……は』
会えただけで嬉しかった、そんな心を揺さぶる藍那の誘惑だった。
兄って呼びたい、妹のように接してほしい、頭を撫でてほしい、その膝に自分を乗せて抱きしめてほしい……それこそ背中の骨が軋むくらい強く! 強く抱きしめてほしい! そんな想いが濁流のように溢れて出してくる。
『お兄さんって呼んでも良いですか?』
その言葉に隼人が頷いてくれた時、心が歓喜に包まれた。
正直それだけで満足していたが、藍那と連絡先を交換したので時間が合えばいつでも会えると言ってくれた。
「……えへへ」
「あら、嬉しそうじゃない奏」
「うん! 素敵な出会いだったのママ!」
嬉しさが溢れ出して止まらない、だからこそ奏はその名を口にした。
「藍那さんと一緒に居た男性は私を助けてくれた人なの。とても素敵な人で、名字も一緒だったんだよ?」
「そうなの? 珍しいことがあるものね」
「そうなの! 堂本隼人さん……それがその人の名前なんだ!」
「……え?」
奏が発した隼人の名前に母親は目を見開いた。
どうしたのかと首を傾げる奏だったが、何でもないと母親は笑うのだった。
「そう……彼の息子が奏を。これも運命なのかしらね」
少しだけ嬉しそうに母親はそう呟くのだった。
「亜利沙、藍那……俺が悪かった」
奏ちゃんと知り合った夜のことだ。
いつものように四人で夕飯を食べている時、俺の軽はずみな発言が大惨事を引き起こしてしまった。
「うふふ~♪ 隼人君はぁ……私のこと好きですかぁ?」
「……大好きですよ?」
「きゃんっ!? 私も好きですぅ♪」
ギュッと咲奈さんに抱きしめられた。
咲奈さんの体から放たれる良い香りに混じるように酒の臭いも混じっていた。
「だから言ったのよ……」
「うん……お母さんすぐに酔っぱらうからねぇ」
さて、何が起きたのかを説明すると簡単だ。
俺はあまり咲奈さんがお酒を飲んだところを見たことはなかった。嫌いなのかなと思ったけどそうではなく、単純に飲む機会がなかったとのことだ。
『それなら飲めばいいんじゃないですか? 確か買ってましたよね』
そう言った時の亜利沙と藍那の何を言ってるんだって顔は忘れられない。その時の俺は何も分かっていなかったが、今となったら二人の視線の意味がよく分かる。ビールを一缶すら飲んでいないのに咲奈さんはこうなってしまった。
「隼人君を捕まえますぅ♪」
「え!?」
服を捲り上げ、その中に俺を閉じ込めるように被せた。
そのまま押し倒されたがおかしい……何故だ。何故痛くないんだ!? 後ろがソファというのもあるが、後頭部に感じるのはモコモコとしたセーターの感触、そして目の前にあるのは巨大な膨らみだ。
「……さ、咲奈さん! ちょっと退いてください!」
「嫌ですよぉ……このまま食べちゃいたいくらいです。このまま私の胸に抱かれたまま一体化してしまいたいくらいですよ?」
物理的に食われてしまいそうなくらいに圧を感じた言葉だった。
少し背筋がゾクッとしたが、それを和らげる咲奈さんの胸の感触……まさかそれを見越しての技なのか? 酔っぱらったとしても計算高い部分は変わらないのかもしれない。
「もうお母さん! 久しぶりのお酒でテンション上がってるのは分かるけどご飯食べないといけないんだから!」
「いやん!? もう藍那ったらぁ!」
藍那のおかげで天国と地獄の境目から生還することが出来た。
正直なことを言えば幸せな感覚だったので嫌ではなかったけど、流石にあれをずっとやられてしまうと色々と大変なことになっていた。
「隼人君も気を付けてね? お酒を飲むとお母さんは言葉だけじゃなくて、雰囲気も色気が溢れてくるから」
「……あ~」
まあ色気に関しては普段も溢れまくってるとは思うけど。
でも何だろうな。頬が赤くなって目がトロンとしていると確かにエロい。お酒の力を借りて普段抑えられている魅力が上限突破しているような感じだ。
「ほら隼人君、まだおかず残ってるから食べましょ」
「そうだな……って藍那は……あ」
そう言えば藍那が静かだなって思ってそっちを見てみると……とても言葉に出来ない光景が広がっていた。
「うふふ♪ 私はあなたの母親よ。あなたの弱いところは全部、ぜ~んぶ知ってるんだから♪」
「は、はやとくん……姉さん助けてぇ!!」
ガシっと逃げられないように藍那を抱きしめ、その手が体に触れる度に藍那は体を震わせていた。流石に藍那が色んな意味で可哀想だと思ったので、俺は咲奈さんの腕を引っ張るように距離を離した。
「はぁ……はぁ……もうお母さん!!」
「あら……もう少しイジメたかったのにぃ」
それ、母親が娘に向ける目ではありませんぜ……。
「隼人君に引っ付いてていいなら大人しくしてます♪」
「……それでお願いします」
「は~い♪」
それから再会した夕飯だが、ずっと咲奈さんは俺に引っ付いて胸元に人差し指を当ててクリクリと当てていた。振りまかれる色気がやっぱり半端ないが、それも全てこの状況を生み出したのは俺の一言だ……甘んじて受け入れるしかない。
「そんなことを言ってぇ……こんなにドキドキしてるのにですかぁ?」
「……くぅ!!」
「隼人君、それが酔った母さんの怖さよ」
「お母さんテクニシャンだわ……」
咲奈さんがテクニシャン……言い得て妙、というかそれが良く分かるあたり俺も染まったなって気がする。取り敢えず、咲奈さんの誘惑を耐えつつ俺は夕飯を頑張って食べるのだった。
【あとがき】
後半の絡みは書き上がったものを一旦全部消して書き直しました。
つまりはそういうことです……ふぅ。
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