彼女は似ていると、藍那は言った

 三人で喫茶店に入り、改めて俺たちは自己紹介をすることにした。


「堂本奏です。あの時は本当にお世話になりました」


 礼儀正しく頭を下げた彼女の姿に育ちの良さを感じる。

 いや、それよりも俺が気になったのは彼女の名字だった。俺だけでなく藍那も驚いたような表情をしており、彼女はどうしたのかと首を傾げていた。


「あぁすまない。名字に驚いてな」

「名字……ですか?」


 俺は頷いた。


「堂本隼人、それが俺の名前だ」

「……え?」


 ま、そうなるよな。

 別に同じ苗字ってのは珍しいことではない。この場合は助けた側と助けられた側が同じ苗字だったので驚いたのだ。世間は狭い、本当のその言葉通りだと思う。


「隼人君と同じ苗字なんて驚きだね。あ、私は新条藍那っていうの。よろしくね」

「あ、はい! えっと……堂本さんに新条さんですね。よろしくお願いします」


 これ、俺も堂本さんって呼ぶのはちょっとややこしいな。

 どうやらそう思ったのは藍那もだったらしく、クスッと笑みを浮かべてこんなことを言うのだった。


「ねえ、もしもあなたが良かったら名前で呼ばないかな? 隼人君もあなたも自分の名字を呼ぶのはちょっとややこしいでしょ?」

「……いいのですか?」


 藍那の言葉はありがたかった。

 もちろんそちらがいいのなら、そう言って俺は頷いた。


「……それじゃあ、隼人さんと藍那さんって呼ばせてください。その代わり、私のことも奏と呼んでくださると嬉しいです」

「分かったよ。奏ちゃん」


 名前を呼んでもらったことに奏ちゃんは嬉しそうにしていた。そして、何故か俺に目を向けてきた。そのままジッと見つめてきたのだが……えっと、これはつまりそういうことなのか?


「……奏ちゃん」

「あ……えへへ♪ はい!」


 隣で藍那が可愛いねと口にした。

 確かに凄く可愛い笑顔だった。改めて奏ちゃんを見てみると、亜利沙と同じくらいの長さの黒髪、ツインテールにしているのでちょっと子供っぽくも見える。黒い瞳は俺と同じか……顔は小さく誰が見ても可愛らしいと思う顔立ちだろうか。


「奏ちゃんの制服は西城女子のだよね?」


 奏ちゃんは頷いた。

 西城女子、名前はともかく俺があそこかなと思っていた女子高だ。今までずっと共学だったせいか、こうして実際に女子高の生徒と会うと変に緊張するな。お上品というか、共学の生徒にはない特別感みたいなものをちょっと感じる。


「あ、女子高とはいってもあくまで普通の学生です。なので、お二人とも普通に接していただけると嬉しいです。男女か、女だけが通っているかの違いだけなので」


 奏ちゃんはそう言ってくれたものの、西城女子って結構金持ちの学生が集まる場所って聞いたことがあるんだよな……あれ? ってことはつまり、良いとこのお嬢さんというのは間違ってはないわけだ。


「なあ、外もう暗いけど門限とかいいのか?」

「……はっ!?」


 だからこそ、早く帰らないでいいのかと思ったのだが……この反応を見ると思いっきりダメみたいだな。


「……えっと~……全然大丈夫ですよ! というか、この時間まで隼人さんを探していた時点で門限なんてあってないようなものなので! 全然オッケーでございますことよ!」

「……大丈夫じゃないんだな?」

「……はいぃ」


 この子、見た目に反して結構ドジっ子なのではと俺は訝しんだ。

 まあ俺と藍那が彼女を誘う形で店に引き込んだのもそうだし、これは早いところ家に帰した方がいいかもしれない。


「……あ、ちょっと待ってください」


 そこで奏ちゃんのスマホに電話が掛かってきたみたいだ。

 奏ちゃんはスマホの画面を見てうっと言葉を詰まらせ、恐れるように電話に出るのだった。


「……ママ? はい……ごめんなさい。心配を掛けてしまいました……」


 申し訳なさそうにペコペコと頭を下げる彼女の様子に、逆にこっちが申し訳なくなりそうだ。出来れば奏ちゃんのお母さんに俺たちにも原因があるって伝えたいところだけど、男の俺が話をしたら更にややこしくなりそうだ。


「ねえ奏ちゃん、ちょっと貸してもらってもいい?」

「え? あ、はい」


 奏ちゃんからスマホを藍那は受け取った。


「もしもし、突然申し訳ありません新条という者です……はい。今日奏ちゃんと知り合いまして、少し喫茶店でお話をしていたんです。ご心配をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「あの藍那さん、悪いのは私なので……」

「いいからいいから。はい……あ、そうですか? 分かりました。それでは待っていますね。はいそれでは」


 話が終わったらしく奏ちゃんにスマホを返した。

 再び話し始めた奏ちゃんを見つめながら藍那が俺に何を話したか教えてくれるのだった。


「別に怒ったりはしてなかったね。心配はしていたみたいだけど、逆に私が傍に居て安心したみたい。迎えに来るから傍に居てほしいって言われたけどいいよね?」

「あぁ。全然構わないよ」


 そっか、それなら良かった。

 安心して少し気が抜けたのかトイレに行きたくなってしまった。藍那に一言入れてトイレに向かい、スッキリしてから席に戻った。


「……? 何かあった?」

「ううん、何でもないよ」

「……はい。何でもないです」


 楽しそうな様子の藍那と、ちょっと照れた様子の奏ちゃんが気になった。

 別に何でもないと言われたので聞くことはしなかったけど、それから迎えを待つまでやけに奏ちゃんがチラチラを俺を見ては視線を逸らしていた。


「……どうしたんだ?」

「あ、あの……その……」


 俺、何かしてしまっただろうか。

 不安になっていた俺だが、意を決したように伝えられた奏ちゃんからの言葉は全くの予想外のモノだった。


「あの……隼人さんのこと、お兄さんって呼んでもいいですか?」

「お兄さん?」

「はい。私……兄という存在に憧れてまして、隼人さんと話してると漫画とかでよく見るお兄ちゃんみたいな感じだなって思ったんです」

「へぇ……」


 まあ別に俺の方が一つ上だし全然おかしなことはないのか?

 今日会ったばかりの子にそう呼ばれるのはちょっと驚いたが、俺は別にいいかと軽い気持ちで頷いた。


「……お兄さん……お兄さん」

「ふふ♪」


 ブツブツと呟く奏ちゃんを藍那が微笑ましそうに見つめていた。

 それからしばらくして迎えの車が寄こされ、奏ちゃんは頭を下げて背中を向けた。


「不思議な子だったね」

「そうだなぁ……」


 年下ということもあってあまり見るタイプではなかった。

 というよりもどこか親しみのある感じがしたのは何故だろう。俺はとにかくそれが気になった。


「そう言えばさ」

「なに?」

「藍那は奏ちゃんが自分と似てるって言ってたけどどうして?」

「あ~それね」


 藍那はクスクスと笑いながら、俺の問いに答えるのだった。


「隼人君を見る目かなぁ」

「目?」

「うん。とっても似てると思うよ。それに親近感を感じちゃって少し……後は単純に妹が居るとこんな感じなのかなって。隼人君もあんな可愛い妹が居たら嬉しいんじゃない?」


 まあそれは思わないでもなかった。

 一人っ子だし姉が居たら甘えるだろうし、妹が居たら思いっきり可愛がったりするような気もする。実際の兄妹は仲が悪くなることの方が多いらしいけど……。


「さ、私たちも帰ろうよ。姉さんとお母さんが待ってる」

「分かった」


 さてと、色々とあったけど二人を待たせないために急いで帰るとしよう。




【あとがき】


明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

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