銭湯でも相変わらずの彼女たち
「……ふぅ、良いお湯だね」
「そうね。気持ちいいわ」
とある平日のこと、私たちは家族で銭湯に来ていた。
私の隣でお湯に浸かる姉さんが気持ちよさそうな顔をしており、お母さんも鼻歌を口ずさむように堪能していた。
さて、どうして銭湯にやってきたのかそれには理由がある。
『銭湯とかちょっと行ってみたいかな』
そんな隼人君の呟きを聞いたお母さんが頷いた結果、こうして銭湯にやってきたというわけだ。普段と違う景色、多くの人とお湯に浸かるというのは新鮮な気分になるが……私たちは一つだけミスをしてしまった。
「隼人君が居ない……」
「隼人君が居ないわ……」
「隼人君が居ないじゃない……」
ほぼ同時に私たちはそう呟いた。
いやそれは当然のことなんだけど、こうやって新鮮な気持ちになれても傍に隼人君が居ないのでは楽しみは半減してしまう。男湯と女湯を隔てる壁が憎い……あぁいやそうなると他の男が居るのか、それはダメだ絶対に。
「まあでも仕方ないわ。帰ったら存分にイチャイチャしましょう」
「そうだね♪」
今は一緒でなくても帰ったら隼人君は傍に居る。
最近は学校でも本当に遠慮することがなくなったし、隼人君の方から特に意味もなく抱きしめられたりして本当に幸せだった。
『……あ、また抱きしめちゃったな。もう藍那が居ないとダメだ俺』
そんなことを恥ずかしながら言ってくれるのだ。
一緒に居る時間が多いせいか、私たちと同じように隼人君も求めてくれる。さっきみたいなことを言われるたびにキュンキュンして色々と凄いことになるが、好きな人と一緒に過ごせるのは本当に素晴らしい。
「隼人君も結構抜け出せなくなったよね私たちから」
「そうね。でもそれは隼人君も望んでいることだわ。それなら私たちはもっと包んであげればいい。未来永劫に渡って、抜け出せない奈落の中に引きずり込めばいいの」
あはは、姉さんは物騒なことを言うなぁ。
でもその意見には賛成だ。私と姉さん、お母さんは隼人君のことをそれくらい強く想っている。だからこそ、絶対に逃がすことはしない……絶対にだ。
「……って、私たちの方が隼人君から抜け出せないんだけどね」
そう言って苦笑した。
隼人君を逃がさない、絶対に溺れさせてみせるとかつて豪語した私たちだけど蓋を開ければ反対だった。隼人君は確かに私たちに溺れている、でもそのお返しが何倍にもなって返ってくるのだ。
『愛されるだけじゃダメだと思うから。俺も三人からもらったものを返すだけだ』
……隼人君、その返す威力が凄まじいんだよ。
ただ傍に居てくれるだけでいいのに、それなのに隼人君は芯がしっかりとした様子で私たちに接してくる。何というか、あの出来事がなかったとしてもこんな風に接してもらっていたら普通に恋に落ちちゃってたと思う。
「ふぅ……良いお湯ね本当に」
お湯を掬って肩にかける。
お母さんのその仕草に娘である私もちょっと視線を向けさせられた。昔から綺麗で美人なお母さんだけど、隼人君と過ごすようになって更にその美しさに磨きが掛かっている気がする。
「あら、どうしたの藍那」
「え……あぁうん。お母さん最近色々と凄いなって」
「……どういうこと?」
……ま、これがお母さんだよね。
自分がどれだけ綺麗になったのか、どれだけエッチになったのか、それに気づいてない風に首を傾げる姿は少し天然だ。
「私たちもそうだけど、隼人君とイチャイチャするとそんなに変わるんだなって」
「……ふふ、そうね。隼人君は凄いわね……あぁ素敵♪」
一体どっちの意味で素敵って言ったんだろうか、たぶんどっちもだろうけどそれは私たちも分かっている。お母さんだけ知っていると思うなよふんだ!
「……どうして睨むのよ」
「睨んでないもん!」
「全くもう……藍那、おいで」
「わぷっ!?」
伸びた腕に肩を抱かれ、私はお母さんに抱き寄せられた。
「いつになっても藍那は可愛い娘だわ。本当に自慢の子よ」
「……むぅ。こうされると私は弱いなぁ」
クスクスとお母さんに笑われ、姉さんも微笑ましそうにこちらを見つめていた。私は恥ずかしさを隠すように鼻の下までお湯に浸かってブクブクと泡を立てる。
「照れちゃったわね」
「照れたわね」
「……………」
しょうがないじゃん。
やっぱり大好きな家族に想われるって幸せなんだから。
それからしっかりと温まってから外に出た。
隼人君は既に出ていたのか、スマホを片手に私たちを待っていた。私はすぐに彼の傍に駆け寄り抱き着いた。
「お待たせ」
「いや、俺も今出たところだ」
「えへへ~♪」
うんうん、やっぱりこうして隼人君の腕を抱くのは幸せだ。
他の利用客でもある同年代くらいの男の子が隼人君に変な目を向けてきたのでつい威嚇するようにキッと睨みつけた。
「……っ」
その人はビクッとして走って行ってしまったが……本当にどうして人ってこうなんだろうね。
私たちはお互いに今の関係を望んでいて一緒に居る。
それなのに何も関係ない外部の人間がどうでもいい口出しをして私たちの邪魔をしてくる。学校での同級生のように、今のように視線だけでも向けて……。
「藍那、よしよし」
「……あ」
少し気分が荒れていた私を落ち着かせるように隼人君が頭を撫でてくれた。
あぁ……落ち着く。私、どうしようもないほどに隼人君が好きすぎる。……あぁもうだからなんでこうやって普通に頭を撫でられただけでエッチしたくなるんだ私はもう少し節度を持ってよ本当に!!
「……はふぅ」
「帰ったら思う存分イチャイチャするか。な? 藍那」
「するぅ!!」
……こんなのズブズブに落とされるに決まってるよぉ。
隼人君に頭を撫でられていたが、何故か隼人君が困ったように笑っている。どうしたのかと思っていると姉さんが肩に手を置いた。
「藍那、そういう表情は帰ってからにしなさい」
「……え?」
何やら周りの人が顔を赤くして私たちを見ていた。
表情ってなに、そう思って窓ガラスに目を向けると……そこには完全に出来上がった顔をした私が居た。
「……あ、あはは……はぁ」
うぅ、節操無しって思われないかな大丈夫かな。
それから私たちはその視線から逃げるように銭湯から出るのだった。
姉さんとお母さんだけだった私の世界、その中に隼人君が加わって更に幸せが溢れるようになった。
この幸せはずっと続いていく、そんな確信が私の中にある。
そう、そんな時だった。
「あの! すみません!!」
「え? 俺?」
限りなく私に似た目をした女の子が現れたのは。
私と彼女は何かが似ている、そう思わせる年下の綺麗な女の子……。
堂本奏、彼女はそう名乗った。
【あとがき】
咲奈さんはあまり人気がないと思っていたのですが、みなさんの反応を見る限りそうでもないのかなと安心しました。
でも申し訳ない、本当に書くのが難しくて……(笑)
藍那→91
亜利沙→88
咲奈→107
ちなみにですが、あれを数字にするとこうなります。
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